第611話 秘密の謁見③開示情報
「皆さま、百聞は一見に如かずと申します。ステータスとお唱えください」
父さまは神妙に切り出した。
皆さまが口にした後、揃ってものすごく驚いた。
わたしとしては、陛下も知らなかったとは予想外だ。
でもそっか。冒険者ギルドや商業ギルドは国の干渉を受けない独立した機関だ。冒険者たちの上層部が、高位の冒険者のみにと秘匿しているのかもしれない。
「な、なんだ、これは?」
「冒険者が高位になれば、自分の能力値をみる術がある、などという話を耳にしたことはありませんか?」
「それは聞いたことがある」
宰相が答え、ふむふむと頷いている。
父さまはオープンまでつけると、他の人にも見えてしまうから気をつけるように注意を入れた。
「そこにスキルが記載されていると思います。娘もそれで、そのスキルの名前を知ったのです」
「呪術回避と記載があるのですか?」
宰相さまに聞かれる。
「娘のスキルは特殊でして、スキルのレベルがあがるのではなく、どうやら進化するようなのです。それで名前が変わっていきます。そのうちのひとつが、スキルを読み解くものらしく、それでスキル名を知っています」
ユオブリアのお偉いさまたちが、なるほどという感じに頷く。
でも自分のボードをチラチラ見てしまっているのは、なんだか可愛らしかった。気になるよね。
「では、呪術をかけられスキルが発動し倒れたが、スキルを見て呪術を回避していたことを知ったということか?」
「その通りではありますが……。詳しく申し上げれば、スキルが発動し、わたしは変化しました。それでスキルが発動したことを知ったのです」
「変化?」
「はい、わたしはトカゲに変化していました」
場がシーンとした。
みんなにわかには信じられないのだと思う。なんと言っていいのか、言葉を繋げずにいるみたいだった。
父さまもそこは端折ってもいいんじゃないかと言った。伯爵令嬢の体裁を保つためにね。でも外国にまで広まり、ここまで話が大きくなってしまった以上、わたしには国の保護がいる。権力の。守ってもらうためには、全部はさすがに打ち明けられないけれど、ある程度は話すべきだろうと思ったのだ。
「トカゲの尻尾切りと洒落たつもりなのか、トカゲに変化して、呪術を回避したようです。魔力を消耗し、幸い人型に戻れましたが、しばらく起き上がることもできませんでした」
「トカゲとは、あの独特な皮膚の、四つ足で壁にも垂直に移動できる、あいつのことでいいかね?」
わたしと父さまは同時に頷いた。
「今もその姿になれるのか?」
騎士団長に恐る恐る聞かれる。
「戻れたのも魔力が戻ったからかと思っています。変化して魔力がなくなり、体が辛い散々な目にあったので、もう一度なろうと思ったことはありません」
みんな頷く。ロサが珍しく、呆気にとられた顔をしている。
「ではリディア嬢を亡くなったとし、罪を被せようとしている輩は、恐らくリディア嬢に呪術をかけた者……」
わたしはアダムに頷いた。
「そうだと思います。ひと月療養したからって、普通死んだとは思わないですよね? そして罪を被せてくるのは、本当に意味がわからないのです」
「ゴット、お前はどう思う? 元お前の婚約者がかかわっていると思うか?」
「コーデリア嬢を追放した時、後をつけさせました。彼女のしたことは弁明の余地はありませんが、生粋の公爵令嬢。メロディー家から破門され、……つまり彼女は生き延びられないと思えたのです」
陛下が顎を触る。知ってたろうと思うし、恐らくロサも同じように手を回したのではないかと推測している。なんだかんだいって、ロサもアダムも心根は優しいし、情がある。
「それで?」
「追放されたその地に、彼女の迎えが2組ありました」
「ほう」
「ひとつはメロディー公爵の使いだったそうです」
それには、みんな驚く。
なぜって公爵は、コーデリア嬢を最初に見限ったと聞いているから。
「余を欺いていたのだな」
陛下が肘掛けに肘を置き、つまらなそうに言った。
「家門を手放したら、娘も助けられないと思ったのでしょう」
宰相さまがもっともなことを言った。
そっか、メロディー嬢はお父さんに見限られたわけじゃなかったんだ。そこは素直によかったと思う。
「けれど、コーデリア嬢は、その手を取らなかった」
え?
「……もうひと組は、何者だったのだ?」
「それが、調べてもわからなかったのです」
陛下も宰相たちも訝しげな顔をした。
「コーデリア嬢は公爵家の使いに言ったそうです。自分は死んだものと思ってくれと。渡された手紙が、今までで一番嬉しい贈り物だと。そうして馬車の者に従者に手荒なことをしないよう、自分はこの馬車で行くのだからと言ったそうです」
静けさが舞い降りた。
公爵家の保護を蹴る。それが彼女の矜持なのだと思う。着服という悪いことをした自分に対しての。公爵令嬢としてのプライド。
「それでお前は、この一連のことにコーデリア・メロディーが関係していると思うのか?」
「駒にされているのかもしれないとは思います。でもそれを望んだわけではないでしょうね」
「どうしてそう思った?」
「それは……。彼女は私を嫌っていて、私の婚約者に返り咲くことを望んでないと思うからです」
え。ちょっと待って。彼女は第1王子の婚約者に返り咲けるの?
うそぉ。着服が唆されたものなら、追放は解かれるってこと? いや、彼女がやったことなんだから……。脅されたとなれば話は変わってくるか。うーむ。敵が話をそう持って来るってことも、考えられるってことか。
メロディー嬢が仕組んでいた場合、第1王子と結婚するという利点が作れるってことか。
でもわたしもそこは引っかかるな。メロディー嬢は第1王子さまの婚約者であることが嬉しそうではなかったから。アダムの言うように、メロディー嬢はアダムの婚約者を嫌がっていたように思えるから、今更返り咲きたいなんて考えない気がするけど。
「お前は婚約者の気持ちも、繋いでおけなかったのか?」
「……申し訳ありません」
ただ頭を下げるアダム。わたしだったら〝知らないよ!〟って怒りたくなっちゃう。
陛下は肘をついて、頬に指を添える。
「シュタイン家でも敵の姿が見えてないとなると、困ったな」
って、陛下は全然困ってない口調なんだけど。
「リディア嬢、あなたは炙り出す方法を、すでに考えられているのではありませんか?」
アダムにそう促される。
「なんと、そうなのか、シュタイン嬢?」
「……ウチの仕掛ける網ぐらいでは、敵は引っかからないようです」
「それはもっと大きな網なら、敵が引っかかると言っているのかな?」
「さようでございます、陛下」
わたしはとっておきの笑顔で、にこりと笑って見せた。




