第61話 呪符
本日投稿する2/2話目です。
「誰にもわからないように、外に出るんだ」
うるさいなー。さっきから誰かがなんか言っている。
「早く出て来い」
誰に言ってるの?
『手洗いか?』
もふさまの声がする。
「誰にも言わずに外へ。そうだ、庭に出ろ」
ちょっと寒い。足の裏がなんだか痛い気がする。
「そのまま進め。そうだ。えらいぞ。よくできた」
ふわっと抱きあげられた。
「靴、履けって言い忘れたか。傷だらけだな。まあ、足の裏なんか誰も見ないか」
知っている人の声だ。そう井戸のところで、哀しみを含ませた……。
ん? わたしは誰かの肩に顎をのせていて、抱えられて揺れている。
父さまじゃない。母さまでも、おじいさまでもシヴァでもない。
移動している。わたしは後ろ向きだ。森の中は薄暗いが、ところどころ陽が差しこんできている。森? なんで? 誰?
ぼんやりとしながらわたしは思った。
「起きちまったか?」
……カーク、さん?
「ここ、どこ? ……何?」
ひどくぼんやりしている。
「田舎の領地だから侮ってたけど、嬢ちゃんの血筋はなかなかいいんだってな? お妃候補になるぐらいに」
何を言っているんだろう? なんかふわふわしている。
「んで、親族をお妃にしたい貴族が、嬢ちゃんが邪魔なんだってよ」
はい?
「殺すように言われたけど、嬢ちゃんの飯うまかったからな、礼として見逃すことにした。売りはするけどな」
ずいぶん物騒なワードだ。身動ぎすると、抱え直されて、動きを止められた。
「なるべくマシなのに売られるよう口添えしてやるから、大人しくしてろ」
低い声で言われる。こんな状況なのに、不思議と怖いとは思わなかった。まだちゃんと目が覚めてないのかもしれない。
わたし、さらわれた? もふさまと一緒に眠っていたはずだ。もふさま、無事だよね? 敷地に入ってきたら仕掛けがなるはずだ。みんなは?
「……どうやって、連れてきた?」
カークさんは吹き出した。
「気になるの、ソコか? まぁ、いいや。去年行った町で隷属の呪符をみつけてさ、そこまで効果は期待していなかったんだけど、見事、自分から出てきてくれたよ?」
れいぞく……隷属だろうな。さすが異世界、そんな危険なものがあるのか。
それなら、自主的に出てきて、みんな怪我してたりしてないね。そこは良かったが。
ということは、誰もわたしがいなくなったことに気づいてないということだ。朝になってわたしがいないことを気づいてからの捜索になる。
そして、このスッキリしない感覚、その隷属なんちゃらの後遺症じゃないの?
「ステータス、マップモード」
小さく唱える。状況を確認しなくちゃ。地図では、もうすぐイダボアに到着する感じだ。
少し先にも赤い点が数個見えた。
今、逃げても、追手が増えたらその方がまずい。
「……ウィリアムさんたちも一緒?」
一応、合流しそうな赤い点がAランクなのか尋ねておく。
「これは、おれが単独で引き受けたんだ。お前、ずいぶん落ち着いてるな。それともわかってないのか? 泣き喚かれるよりいいけどな」
「……なんで依頼受けた?」
「お前の家に接触したしな。ついでだ」
父さま、王族以外の貴族にも、わたしは目をつけられたようです。
「お前はただ貴族に生まれ、ひもじい思いをしたこともなく、大切に育てられた。でもそれはたまたま貴族に生まれたからなだけ。それなのに、病気になれば医者にも見てもらえるんだろう。あ、お前の場合は母ちゃんに光魔法で診てもらえるのか……そういうのってズルいよな。ただ、たまたま、生まれついただけなのにさ。だからなんの力もない平民のおれが、お前の運命をいじってやる」
なんて理屈だ。
「じゃあ、わたし、ただ、たまたま、平民に生まれついたカークさん、運命いじる」
カークさんが足を止める。そして抱き方をずらして、わたしの顔を見る。
「へー、どういじるんだ?」
「わたし、家帰る。カークさん、罰受ける」
カークさんは笑い出した。
「ちっこくても貴族の嬢ちゃんってのは気が強いんだな。希望を持っても無駄だぞ、何も考えるな。ほら、あいつらに引き渡せば、お前は今日の昼には遠くの市場で売られるんだ。逃げる隙なんてどこにもねー」
懐から何やら引っ張り出している。
そしてわたしを下ろし、手を持ったまま、その札みたいのをわたしの額に当てる。
「俺が許すまで、声は出せない」
?
あ、声が出ない。隷属のなんとか……。
「本当よく効くな。隷属できる時間も短いし、接触しないとだから面倒だけど。あ、でもこれで永遠に出来たり、接触しないで出来たら、とんでもないことになるか」
ははは、と軽く笑う。笑い事じゃないと思う。でも、そんな未来の心配より、わたしの直面している未来の方が問題だ!
その札から手を離す。札は自然の理により地面に落ちた。じっと見ていたからか教えてくれる。
「3回までなんだよ。今ので3個目だから、使い終わった。いらないってわけ」
ただの紙になった札は、風に舞い木の根元に引っかかる。
重心をズラしたようで、足の裏が石で擦れて痛んだ。
「あ、痛いよな」
カークさんはもう一度わたしを抱えた。
赤い点が近くなり、実際でも目視できる。目つきの悪い3人の男。
「売りたいというのはソレかい?」
「ああ。借金でまわらなくて、育てられないから売るってよ。女の子だし、まだ5歳だから、なるべくマシなとこに売ってやってくれ」
「泣きもしないか」
「ちょっとした細工っすよ。子供の声は響くから」
「顔に傷はない、と。ふーん、悪くはねーな」
そう言ってわたしの髪を引っ張る。
「きれいな髪だな。何だこの手触り。いい油でもつけてんのか? 借金で首がまわらなくてもこんな小綺麗なのか?」
「少しでも高く売るために頑張ったんじゃないっすかね?」
「魔法の属性はなんだ?」
「後で、こいつから聞いてくださいよ。あ、このガキ、妄想癖がありましてね、自分をどっかの貴族のお嬢さまでもあるように喋る癖がありますから、そこは聞かないでくださいよ」
男はカークさんに硬貨を渡した。
「色つけてくださいよ」
「お前も知ってんだろ? 流れの人売りは今は危険なんだ。こっちは危ない橋を渡っている。お前みたいな受け渡しには十分な額だと思うぜ?」
カークさんはもらったコインを指で弾いて上に飛ばし、それをまた捕まえる。
「んじゃ、毎度あり」
そういって、男のひとりにわたしを渡した。
「じゃあな、嬢ちゃん。あ、声はもう出していいぞ。全て、解除だ」
男たちは動き出し、後ろにあった荷馬車の積まれた樽の中に入れられる。騒いだら殴るぞ、静かにしていろと脅された。
隷属なんちゃらの効果は切れたみたいだ。不安が膨れ上がり、とどめなく涙が溢れ出る。声が出ないように必死に抑える。
リディア、大丈夫。魔法とギフトで、絶対家に帰れる。ただ今すぐそうしないのは、怪しまれない魔法とギフトに絞る必要があるから。向こうは5歳の幼女は何もできないと思っている。だから、勝機は絶対にある。だから、泣くな。絶対に家に帰って、カークさんには罰を受けてもらう。それからこの、流れの人売りさんたちも野放しにはしないよ。