第598話 君の中のロマンチック⑧魔法の言葉
「なぜそこで王宮が出てくるんだ?」
「兄さまは今も貴族。偽有権者の土地を買ったことか、その先の何かを兄さまのせいにする、かなり無茶だわ。兄さまは正式にエレブ共和国へ行ったことがないのだから」
「捏造するつもりだろう」
兄さまの声が低くなる。
「うん、でも兄さまは対外的には14歳の子供よ。それにウチでずっと一緒に暮らしている。入園してからは学園で多くの時を過ごした。兄さま、ひとりで行動したことある?」
「え? それは……領地内や砦内、学園でもそれはあるけれど」
「短い時間でしょ?」
「……そうだな。〝所在〟は確かだ。家を出るまでは」
「そこよ!」
自分の中で盛り上がっていたみたいで、思ったより大きな声が出た。
膝の上の猫ちゃんがビクッとした。
ご、ごめん。
「エレブ共和国の誰か、例えばあちらの現場担当をジャックにおっかぶせるとして、それを兄さまが指示していたとする。手紙とかそういうものを出してくるでしょうね。手紙じゃ弱いわよね。何か物的証拠なるものを考えてくるでしょう。でも実際やってないんだから、ちゃんとした調べが入れば捏造だとわかると思うの。誰かと一緒にいて、所在は確かなのだから隙はない。
つけ込まれるとしたら、家を出てから現在までの間。決定的な証拠を突きつけてくると思うのよ。誰にも気づかれないようにやっていたんだ。けれど家から出たから足がつくことになったと言わんばかりにね」
「だから、誰も手を出せない絶対権力の箱庭で安全に匿われていろ、と?」
兄さまが荒ぶれる。
「兄さまが言ったのよ?」
「私が言った? 匿われていろ、と?」
「いいえ。わたしに貴族子女の戦いをしろ、と。指示を出して戦え。安全な場所にいることに気が引けるなら、全てを守る采配をしろ、と。だから、ランディラカ辺境伯の弟君であるフランツ・シュタイン・ランディラカにお願い申し上げます。ユオブリアの有力権者の危機です。何をされようとしていたのかを探り、そしてご自身を守って、本当に悪いやつを逃す駒にはならないでください」
兄さまがハッとする。
「君には驚かされてばかりだ」
兄さまは立ち上がってわたしの前にきて、跪いた。
猫ちゃんを撫でていた手を取り、その指先に口をつける。
「レディ・シュタインの望むままに」
そう言って顔を上げる。アイスブルーの瞳に射竦められる。
どきっと胸が音を立てた。
『フランツが王宮に行くとなると……王宮はわたくしたちには入りにくいところですねぇ』
ベアが気持ちのんびりと言った。
『じゃあさ、マンドリンのところへ行こうよ』
クイが提案をする。
え?
『それ、いいな。そいつならなんか情報を持ってそうだ』
喜んだ声をあげたのはレオだ。
「ちょっと何言ってるの?」
『リディアには貴族子女としての戦い方があるように、魔物には魔物の戦い方がある』
え。魔物の戦い方って、それはバイオレンス一択だよね?
『我らの主を脅かしてきたんだ、突き止めて潰しておかないと』
「ど、どうやって?」
『そりゃ、ブチっと』
ブチっとって、何する気?
「ひ、人族は人族の法に則って裁きたいの。横の繋がりを全部知りたいから、口を割らせたい。それに協力してくれるかな?」
もふもふ軍団は穏やかに見えていたけれど、頭にきていたらしい。けっこう怒ってたみたいだ。
確かに強さで優劣を決める彼らだ。その頭と仰いでいるわたしの家が荒らされた。それは彼らが激怒する原因となるのかもしれなかった。
みんなで顔を見合わせている。
『リディアがそう言うなら、生かしておくか』
ブチってやっぱり……。
「ありがとう!」
わたしはすかさずお礼を言って、〝生かす〟方向を決定事項にした。
悪い奴らのせいで、ウチのもふもふが人に害を成したなんて言われたりしたら、あったまきちゃうから!
そして、そうと決まればロサに手紙を。
「レオ、ロサに伝達魔法を……」
「それは私が自分でやろう」
兄さまに止められる、が、渋い顔をしている。
兄さま、人に頼るの苦手だからね。
「ロサだけじゃなくて、みんなに手紙書かないとダメだよ」
「……みんな?」
「イザーク、ダニエル、ブライ、ルシオ、みんな心配して手紙くれたよ。兄さま一方的に送りつけて、届く手紙は拒否したでしょ?」
わたし宛のわたしを助けようとしての手紙だったけど、みんな兄さまを心配して兄さまの消息を知りたがっていた。
兄さまは視線を落として、短く息をついた。
「そうだ。だから、こちらの願いがある時ばかり、手紙を送るのはバツが悪い」
「……魔法の言葉を教えてあげる」
「魔法の言葉?」
『魔法か?』
レオが楽しそうに言った。
わたしはレオに笑いかけた。
ちょっと違う。
「助けてくれっていうの。友達はみんな喜んで手を貸してくれるよ」
兄さまの顔が微かに朱に染まる。
「恥ずかしいとか、情けないとか思ってるんでしょ? こういう時は頼ればいいの! それで、今度誰かのピンチには兄さまが助ければいい」
兄さまがゆっくりと目を閉じた。
一瞬後に目を開けて、わたしを見る。
「わかった、そうするよ」
いっぱい喋ったら眠くなってきた。
と、水色の鳥が飛んできて、もふさまの肩に止った。
鼻先で鳥の嘴を軽く寄せる。
落ちた封書をもふさまが持ってきてくれた。
封書を開けながらあくびが出た。
!
『領主はなんと?』
「わたしの死亡説が出てるみたい」
どうしたもんかなぁ。
わたしが死んでないとバラす方がいいのか。
思惑通り死んだことにした方がいいのか。
頭が働かない。死んだことにしたら、何か見えてくるかな?
でもその後、本当は生きていたって問題になるかな?
一層の事、トカゲになったって言ってみる?
「死亡説? 姿が見えないから?」
兄さまに軽く首を横に振る。
「多分、呪いをかけた人が待ちきれなくなったんじゃないかな。呪術は成功しているのに、わたしが死んだって発表がされないから」
兄さまが目を大きくして固まった。




