第591話 君の中のロマンチック①緑のリボン
「こいつ、ひと懐っこいなー。ジャックに喉鳴らしているじゃん」
なぬ? この目の前にいる、ちょっと陰りがある悪そうなのがジャックか。確かに悪そうな表情をしているけど、甘いマスクってやつかもしれない。
ん? ってことはここ、新しい仕事場なんじゃないの?
わたしってひょっとして潜入の才能があるのかも!
わたしは人に見つかって追いかけられたことを忘れ、そんなことを考えていたし、猫ちゃんと袋の中で一晩眠っていたことも気がつかなかった。
「ずっと中にいたなら、腹減ってんじゃねーか?」
「水と、猫って何食うんだ?」
「知るか」
猫ちゃんにお水とパンが用意される。
猫ちゃんはお皿のお水をペチャペチャと飲む。
「明日にでも返しに行くか」
「え、すぐに返しに行かないと心配してるんじゃ」
猫ちゃんが首をかくようにして、わたしに降りろと言ってる気がする。
わたしが床に降りると、お皿を勧めてきた。
水を飲めということらしい。
わたしも失礼してピチャピチャといただいた。
「今日は客がくっからなー」
「それもそうか」
パンの欠片をお裾分けしてもらったので、それを咀嚼する。
あんまりおいしいパンじゃない。喉につっかかりそうになりながら、いただき、顔を手入れして、早々に猫ちゃんの首によじ登る。
バタンとドアが開いた。
いかつい男が入ってきた。年はジャックやひょろんとした男と同年代で20代半ばってとこかな。
「おい、例のアレ、ユオブリアのシュタイン家がかかわっていたらしいぜ」
え?
「おい、黙れ!」
興奮したようにいかつい男を嗜めてから、ジャックとかいうやつが、魔具を操作している。
あ、盗聴防止の魔具あたりかね。
「あ、悪い。けど、俺らしかいねーじゃん。何警戒してんだよ?」
いかついけど立場的にはそうではないらしく、3人の権力図でいくとジャックが一番上っぽい。
「警戒しすぎて悪いことはねー。それに忘れたのか? 農場でだってあんなに気をつけていたのに、バレただろ」
「あっちは俺らからバレたっていうけど、こんな辺鄙なところで誰にどうバレて、ユオブリアに伝わったっていうんだよ? あっちの誰かが漏らしたんだ。それらを俺らのせいにしているだけだろ?」
ひょろんとしたのが、憤っている。
「それでも細心の注意を払え」
「わかったよ」
いかついのは、ジャックの言うことに頷いた。
「それで?」
「それで?」
「だから、シュタイン家がどうかかわってたんだ?」
「知らねーけど、訴えのあったキートン家のバックにウッド家やら、何やらついていて、それが全部シュタイン家繋がりって話だ」
「……シュタイン家、なんか聞いたことあるな。近頃なんかあったよな?」
「あれか、シュタイン家の秘蔵っ子の婚約者が前バイエルン侯の忘形見だとかなんとか」
ジャックが顎を触り、真剣な顔をした。
「そういうことか」
「どういうことだよ?」
「知らないのか? 農場の前の持ち主は、前バイエルン候だったんだ」
「え? カルビの親父の農場がか?」
「カルビの親父は雇われオーナーだ。所有者は元王族だぞ」
「元王族?」
「はは、面白くなってきたじゃねーか」
「どこらへんがだよ?」
ひょろんが首を傾げる。
「貴族ってのは、狡猾で人の命なんかなんとも思わない連中だ」
「そうだな、でもここは共和国だ」
「違いねぇ。けど、貴族の心根ってのは変わらないもんなんだ。農場の主人は、全部罪をおっかぶせて逃げる気になったんだ」
「え? どういうことだよ?」
いかついのが焦った声を上げる。
「きっと、なんかバレそうになったんだ。それで切り捨てることにした」
「何を?」
「農場や俺たちを」
「ええ?」
「ここは前バイエルン侯の罪が見つかったとされる場所。そこで新たな犯罪が行われている物証が見つかる。バイエルン侯は死んでいるのに。人はどう思う?」
「え? そりゃ、死んじまってるやつが犯罪を起こせるわきゃねーから、他の誰かがやったんだろうな」
「それは誰だ?」
「そりゃ、そこの持ち主か、働きにきているかかわっている連中だろうな」
「そうだよな。前バイエルン侯の真似をしたのかと思うかもしれないし、逆に前バイエルン侯がはめられたと思うやつが出るかもしれない」
「んー」
「人は入れ替えているはずだが、所有者は犯罪とは無縁でなければならない。だとしたらやることはひとつ。罪をおっかぶせることだ」
「お、俺たちに?」
「それも考えているだろうけど、もっといい立役者を見つけたな」
「誰?」
「その前バイエルン侯の忘形見さ」
「前バイエルン侯は犯罪者だから、その忘形見も犯罪者だよな?」
「だからちょうどいいんだろ。捕まえて、農場に転がして、バレた悪事を全部そいつのせいにすればいい。世間は都合よく親の犯罪を受け継いでいたか、世の中を恨んでいた忘形見が犯罪に走ったかと思うだろう」
「きったねーな、自分たちがしておいて。それにしてもそんな都合よく忘形見が見つかったものだな? ん? もしかして……」
「ああ、連中にしたら忘形見が本物かどうかなんて関係ないんだよ。筋が通ってみえて、世間が納得する筋書きに見えたなら、それは真実になってくんだ」
「で、俺たちどうなんの?」
「そいつに罪を被せる時に、真実を知ってるやつがいたらまずいから、消されるだろうな」
「そんなぁ!」
「忘形見だとかいうやつを捕らえるまでは何もしないさ。現れる前に今まで働いた分の金をちょうだいして、ずらかろう」
「今日来るやつとは会うのか?」
「いいか、俺らが感づいたことを悟られたら、消されるのが早まるだけだ。今までと変わらないように過ごすんだ」
なんかすごいことを聞いちゃった気がする。
けど、ヤバイ。トカゲ、キャパ少ない。わかったような気がすることが、どんどん漏れていく気がする。
「なーご」
「腹いっぱいになったか?」
「あれ、こいつリボンなんかしてる?」
「リボン?」
3人が覗き込んでいる。
ジャックっていうやつがわたしの尻尾を摘み上げた。
「リボンじゃねー、トカゲだな」
「ぎゃーーーーーーー」
いかついのが大声をあげた。
「なんだよ、うるせーな」
「捨ててくれ、俺はそういうヌメっとした感のある皮膚のやつが大嫌いなんだ!」
「へーー、お前、こういうの嫌いなんだ?」
ジャックはわたしの尻尾を持って、いかつい男に近づけるようにする。
「お前、ふざけんな!」
いかつい男がジャックの手を払い、わたしは吹っ飛んだ。
床に背中でバウンドした。これはちょっと痛い。回転して、急いでその場を離れる。
「くっそー、お前なんかこうしてやる」
足で潰そうとしてくる。
いやーーーーーーーーーーーーっ。
わたしは逃げる。割れ目に逃げ込んで、通り抜けると外だった。
やだ、怖い、怖い、怖い!
木に張り付いて様子を見る。外まで追いかけてはこないようだ。
バサっと音がした。
え?
飛んでる? 鳥に咥えられている。
いやーーーーー! ジタバタすると、鳥はわたしを落とした。
また背中でバウンドして痛かったが、そんな場合じゃないと、草の下に潜り込む。
葉っぱの後ろに張り付いて擬態する。
鳥は落っことした獲物を探していたけれど、落ちたのを探すより新たな獲物を探す方が早いと思ったのか、諦めてバサバサと飛んでいった。
農場から知らないところに来てしまった。その上、その建物からも出てしまって、もう帰り着けるとは思えない。
ひ、非常に困る。おまけに外はやっぱり寒い。
鳥や獣から目につかないところを移動して……。
どうしたら農場、みんなのところに帰れるだろう……?
心臓がまだバクバクしている。それなのに、寒くて、もう身体を動かしにくい。
どうしよう……、わたし、トカゲになったまま死んじゃうのかな?
ヨタヨタと、それでもどこかに向かおうとしていると、掬い上げられた。
あったかい手。わたしを映す優しい瞳。
わたし、こんな時なのに夢を見ている。
いや、こんな時だから夢を見ているのか……。
こんな幸せな最期なら悪くないと思えた……。




