第583話 ある意味モテ期⑤スキル発動
それは突然起こった。
「リー、本当に大丈夫なのか?」
ロビ兄に尋ねられた時だった。
みんなで昼食を食べ、その後片付けに向かう時だった。
フラッとしたり、時々意識を失ったので、みんなから心配されている。
みんな休んでろと言ってくれるけど、わたし自身は本当になんでもないんだ。
振り返って大丈夫って言おうとした時に、視界が赤く染まって、驚いてお皿を落とした。
お皿の割れる音が響き、みんながわたしに注目し、大丈夫かと声をかけてくる。
もふさまたちにも何も答えられなかった。
頭の中に響く声。
スキル 星読み発動ーー 星読みの先駆者にスキルアップ
ボーンラドア神の祝福「お前が赦せる心根の持ち主ならば、術で獣に落とされても、死に至ることは決してないだろう」
スキル 変化の尻尾切り が追加されました。
スキル 呪詛回避発動ーー 変化の尻尾切りが施行されました。
頭が痛い。
頭を抱える。
目を開けていられない。
「リディー?」
誰かに抱きかかえられた。
体が痛い。
何これ。
痛いし、気持ち悪いし。
え。なんなの?
わたし、もしかして死んじゃうの?
『リディア!』
みんなの呼ぶ声がする。
けれど、声を発せられない。
気持ち悪すぎて。体中痛くて。
目をギュッと瞑っていても、赤いフィルターがかかったように全てが赤い。
体がビクビクっと痙攣したようになって……。
あ、治った。
わたし、また布団の中?
顔を出すのに苦労する。下にも上にも布がいっぱい。
やっと布から顔を出す。
もふさま、大きくなったの?
『リディア、だな?』
もふさまが、わたしを覗き込み、確かめるように言う。
なんでわたしか?なんて聞くんだろう……。
上を見て驚く。巨大化した家族たちが、わたしを見ている。
あれ、テーブルまでが遠い。
みんなが大きくなったんじゃなくて、わたしが小さくなった?
視線を落として、息を飲む。
手っ、手がヌメっとした……。
「リ、リディア、なんだな?」
父さまに言われて頷く。
「ピーー」
え? 〝父さま〟って言ったのに、聞こえた音は「ピーー」だった。
こ、これ、もしかしてわたし……。
ラグの上を走っていく、四つ足で!
鏡!と思ったけど、その前にハンナがいつも磨き上げてくれている棚の側面にわたしのシルエットが映った。
こ、これって、トカゲ?
わたし、トカゲになっちゃったの?
『リディア……』
『リディア』
「なんでトカゲ!?」
「あ、しゃべるとリディアでち」
「え、アオは、リーがなんて言ったかわかるの?」
「なんでトカゲ?って言ったでち」
「アオにはリディアの言ってることがわかるんだな。私たちにはピーーという鳴き声に聞こえている」
『我もリディアの言っていることがわかるぞ』
『私もだ』
『リー』
もふさまや、もふもふ軍団には、わたしの言葉がわかるみたいだ。
「わたし、トカゲになっちゃった。なんで、どうしてー?」
「わたし、トカゲになっちゃった。なんで、どうしてー? って言ってるでち」
わたしは布の中、多分わたしの服の中に急いで戻った。
うわーん、なんでトカゲ?
「リ、リディア、出ておいで」
わたしはその場でうずくまり、首を横に振る。
「お願い、リディア、顔を見せて」
うえーん。母さまのすがるような声に、渋々顔を出す。
みんなほっとした顔だ。
父さまがそっと手を出してきて、わたしを両手で掬った。
「ね、姉さま、トカゲだけど、とてもきれいよ」
「ああ、さすが私の娘だ。トカゲでもかわいいぞ」
「うん、こんなかわいいトカゲ見るの初めてだよ」
アラ兄がいえば、ロビ兄も褒め称えてくる。
「瞳の色は同じだね。体も、目の色を薄くしたみたいで、とってもかわいいよ」
トカゲの姿を褒められても。
「な、何が起きたかわかるか?」
わたしは首を横に振ったけど、思い出す。
あ、声が聞こえた。
「声が聞こえた!」
そう言うと、もふさまもレオもアリも、会話ができるようになる魔具を触ったのか、わたしの発言を父さまたちに伝えてくれた。
「目の前が赤くなって……スキルの〝星読み〟が発動して……〝星読みの巫女〟が〝星読みの先駆者〟にスキルアップした。その後に、ボーンなんとかっていう神さまの祝福とか言って」
なんだったっかな。
「わたしが許せるのなら、術で獣に落とされても、死に至らない、とかなんとか。そしたらスキル変化の尻尾切りが追加されたってアナウンスがあって。……あ、呪詛回避発動、変化の尻尾切りが施行されました、とか言ってた」
思い出しながら、言葉を紡ぎ出す。
何度か重複しながら、もふさまたちが伝えてくれて、父さまは頷いた。
「すると、もう呪いがかけられていたのだな」
え、トカゲ化は呪い?
「それがリーのスキルで、トカゲに変化して死には至らないんだ」
あ、そっか。トカゲになる呪いをかけられたんじゃなくて、呪いの死を回避するための変化で、トカゲ化したと父さまたちは思ったんだ。
わたしも自分でもう一度考える。
頭に響いた言葉を咀嚼して……、うっ、頭を整理するのにいつもより時間がかかる気がする。
でも、父さまたちのようにスキルを理解するのが、一番妥当に思えた。
けど、そんなことより……。
「わたし、ずっとトカゲ?」
うわーーーーーーん。
それに仮定されていたのは〝獣〟だったはず。別にトカゲじゃなくてもいいじゃん。
どうせ獣になるなら、ウサギとかがよかった。ふわふわの鳥でもいい。
もふもふになりたかった!
なんで爬虫類にいくかなーーーーー。
酷い、酷すぎる!
「と、とりあえず、生きているんだ。素晴らしいことだ!」
父さまがいい方向に話を持っていこうとしている。
「お嬢さま……」
ハンナが目の端に涙を浮かべる。
ハンナ……。
「お食事は、やはり〝虫〟でしょうか?」
「いやーーーーーーー! 虫なんか食べないから!」
「拒絶してるでち」
「では、今までと同じでよろしいんですね?」
ハンナがわたしの頭を人差し指で撫でる。
みんなも代わるがわる撫でてくる。
父さまがテーブルの上にわたしを置いた。
「あ、あたし、姉さまのベッド作る! ハンナお菓子の缶あるわよね?」
「ああ、王都のクッキーの缶はいかがでしょう? 今のお嬢さまの背丈にぴったりです」
「それ用の布団がいるわね」
ハンナも母さまも、エリンと俄然張り切りだす。
わたしはアオに抱えられた。
「リディアが小さいでち。かわいいでち」
『アオ、俺も抱っこしたい!』
アオがレオにわたしを渡す。
『私と似ているし、かわいいな』
抱っこされるとあったかい。
なんだか急に寒がりになったみたいだ。
『気をつけろ、うとうとしだしたぞ』
もふさまの声がしたような気がした……。




