第579話 ある意味モテ期①他国
洒落にならなくなってきたので、領地へと転移で帰ってきた。
わたしの婚約が破棄されたことは、瞬く間に世間へ広がった。
すると掌を返したように、わたしと縁を持ちたがる輩が急増して、毎日手紙やプレゼントや使者がひっきりなしに訪れ、家の前に行列ができて近所迷惑になった。なので領地へと飛んで戻ることになったのだ。
生徒会の皆さまからは兄さまから連絡が行っているようで、わたしのことを心配するお手紙ももらっている。
第1王子の婚約者におさまれって話もくるし、外国からもアプローチがすごい。犯罪者を匿っている家族だったのが、兄さまがいなくなり、その物証がとりずらくなれば、わたしに取り入りシュタイン家を取り込めば、おいしい思いができると思ったのだろう。ウチの領地は少しずつだけどずっと右肩上がりの成果を出しているからね。
っていうか、元々それが目的で大騒ぎされたんじゃないかと思えるぐらいだよ、被害妄想だけど。
領地は、外れのウチに続く道には目眩しをかけ、ある場所からは領地民以外は立ち入れないように結界を張った。
ま、そんなことをしなくても、今は籠り雪で移動なんかそうそうできないけど。
家に籠もっていても、わたしは忙しく過ごした。
やることは山積みだからだ。
自分の別荘を掃除に行くときに、同時に兄さまの別荘も掃除する。
これは会えることを期待してではない。
兄さまは離れて行った人だから、ここを使うことは決してないだろう。
主のいなくなった別荘なので、代わりに掃除をしているだけだ。
兄さまがいなくなり辛くないと言えば嘘になるけれど、わたしにはやることが山ほどあった。その一つが前バイエルン侯の嫌疑を晴らすこと。
兄さまが戻ってこないのはわかっている。戻ってくるのを期待してするわけではない。けれど、兄さまが罪に問われるようなことだけは、ないようにしておかなくちゃ。だって、シュタイン家とかかわってなければ、兄さまがバイエルンだとクローズアップされることはなかっただろうから。それがわたしのけじめだ。
掃除を終えて、町外れの家に戻ると、外に嫌な気を感じた。山側にだ。
このドカ雪の中、領民でない人の気配がする。
わたしはハウスさんにいつものように捕まえてもらって、町の詰所にその人たちを送ってもらった。取り調べをお願いしてとんでもないことがわかる。
その捕まった一行は、ガゴチ将軍孫のガイン・キャンベル・ガゴチとお付きの人たちだったのだ。砦越えをしてそっちのルートからシュタイン領に入ってきたみたいだ。
この雪深い中、そちらのルートを地元民でもないのに辿れるなんて。
身体能力もだけど、あの山道で間違いなく一本のルートを辿れたところが野生児すぎる! そして父さまとわたしと話がしたいと言ってるらしい。
雪深いを理由に断ろうと思ったけど、また家まで来られたら面倒なので、町まで行くことにした。
父さまと魔具にしたジェットそりに、もふさまを抱っこの3人乗りをして町まで行った。
普段はこんな大雪のなか移動なんて、自然に逆らうようなことはしないので、目新しく結構楽しめた。
野ウサギやリスに似た獣が、雪に埋もれながらも活動しているのを見ることができた。こんな寒いのに、みんな頑張って生きようとしている、ってそれだけのことでも慰められるものだな、と思えた。
おじいちゃんたち、強者!
王族と聞いても留置所に入れたままだった!
温石は渡していたけど。
仕方ないので、町の家に入ってもらう。ガインとおつきふたりまでだけどね。
町の宿はもう塞がっているので、他の方々は留置所しか空いている場所はないと言い含めた。だって真冬に何の連絡もなしに来る方が悪いんだよ。すべてが寸断される地に。
「久方ぶりだな、リディア嬢」
「お久しぶりです」
わたしはにこりともせずに言って、カーテシーをする。
「若に不敬だろう!」
お付きの右側の人はご立腹だ。青い短髪の成人したてぐらいの人。
左側は暗い赤毛の人で、こちらも成人したてぐらい。髪は長く伸ばしている。
ふたりとも武術が長けているのは、その体つき、視線のやり方でわかる。
礼を尽くしたのに、不敬とはずいぶんだ。
「先に無礼を働いているのはこちらだから、そう怒るな」
わかっているのね、無礼ってことは。
「婚約破棄されたそうだな?」
銀短髪のガインが一瞬ビクついたのを見て、わたしは睨みつけたことに気づいた。嫌だわ、淑女にあるまじき行為だ。
けど、前言撤回。無礼な自覚がなさすぎ。
確かにその通りだけど、そう言葉にされるとイラッとくるのは何でだろう?
ふっとガインは笑った。
「婚約破棄された令嬢は、だいたい寝込んで起き上がれないものだと聞くが、君が元気そうで安心したよ」
お前が話があるって呼び出したんじゃないか!
ガインはニヤリとした。
「単刀直入に言う。俺と結婚してくれ」
は?
「お断りします」
「即答かよ。少しぐらい悩むそぶりを見せろよ、傷つくなー」
「ガイン君、お戯れはそれぐらいにしていただけますか?」
父さまマジ怒りだ。ただ言葉を発してるだけだけど、威圧感がすごい。
お付きの人が剣に手をかけると、ガインがそれを止める。
「シュタイン伯、俺は戯言を言うのに、雪の山越えをするほど酔狂ではないぞ」
ガインが目を細める。
「まぁ、シュタイン伯が苛立つ気持ちもわかる。けれど、聞いて損はない話だ」
そう言って、テーブルの上の紅茶を上品に飲んだ。




