第574話 記念パーティー⑧災難
「災難だったな」
ダニエルが兄さまの肩を叩く。
「騒がせて、すみませんでした」
兄さまはそう言って、来賓の方々にも頭を下げている。
おじいさまたちもだ。
そしてドリンクを勧めたりして、おもてなしをしている。
〝引き続きお楽しみください〟の〝引き続き〟に戻れるよう尽力していた。
わたしは肉をひたすら食べていた、反省。
でも、わたしがもぐもぐ食べていたら、上品なご婦人方たちの気をひけたのか手を伸ばすようになったから、少しは役に立ったと思おう。
「魔法で人の顔に似せるなんてこともできるんだな。お前みたいな顔になれるなら、そんな魔法を買う奴はわんさかいると思うぞ」
ブライの中では慰めの言葉なのか、真顔で言ってる。
「ああいう魔法は本人の顔を変えるわけではなく、見ていた人の意識にかかるものだから、似せる者の対象が近くにいたり、知っているものではないと意味をなさない」
イザークが魔法の講釈をしてくれる。
そっか。前バイエルン侯の顔に似せたのかと思いきや、みんな知っているとは限らないから、兄さまに寄せたってことか。悪どい。
「どうした、考え事か?」
俯いた兄さまに、イザークが声をかける。
「実は去年、前バイエルン侯に似ていると言われたことがあるんだ」
「マジか」
ブライに兄さまは頷く。
「けれど、反応が怯えているというかなんか変だったから、前バイエルン侯のことを少し調べた」
そう皆さまに前置きして、兄さまは前バイエルン候のことを語る。
兄さまの声が一段と低くなる。
一度こんな話が出た以上、これからも変なことを言い出す人がいるのではないかと思えて、不安だと言った。けれどこの事件はどこかおかしいとも感じている、とも。
「確かに、聞いた限りでは、罪に問えるような証拠ではない気がするな」
「あのキリアン伯はどうして、前バイエルン侯の子供を罪に問いたいのだろうな?」
国の重鎮である貴族子息たちが、忌憚なく話している。
「フランツはその件を、今後も調べようと思っているのか?」
そうロサが兄さまに問いかけた時、ああ、ロサは知っているんだと思った。
アダムも知っていそうだったもの、ロサが知っていてもおかしくない。
ロサは平等な人だから、兄さまの魔法を解かせたのかな?
だって知っていたなら、本当は黒髪と予想がついたはずだから。
でもロサは全然焦ってなかった……。
知らなかったのかな?
でもこれは確めることができない。薮蛇だし。言葉にして知ってしまったら、ロサは兄さまを突き出さなければいけない立場の人だから。
「はい、私や家族、リディーにどんな難癖がつけられるか分からないので、調べておきたいと思います」
兄さまは答えた。
「私は詳しく知らないんだが、前バイエルン侯はいつ亡くなったんだい?」
ダニエルが兄さまに尋ねる。
「13年前だ」
「13年前か……7年前からなら、子供が7歳以下の場合、親の罪を子供に引き継がせない法律ができたけどね。あ、借金は別だけど」
「13年前に起きたことだと、その法律は適用されないってことなの?」
わたしがきくと、ダニエルは頷いた。
やっぱり枕を高くして眠るには、前バイエルン候の無実を証明する必要があるってことだ。
「フランツ、調べるときに私の力が必要なら、いつでも言ってくれ」
「ああ、私も手伝うよ」
「俺も! 考えるのは苦手だけどな」
「手始めに、資料を見てみるよ」
「神殿側から知れることがないか、調べてみます」
兄さまにも、ピンチの時、力になろうとしてくれる友達がいっぱいいるね。
今日の出来事は衝撃的だったけど、兄さまの味方がいっぱいいると思うと、胸が熱くなった。
それにしても、キリアン伯とバイエルン侯が乗り込んできたのは、意外だった。
わたしは兄さまの正体を暴いてくるのは、メロディー嬢の息のかかった人間だと思っていたから。
キリアン伯は、砦に兄さまが来た時は黒髪だったと教えてもらったと言ってた。
その教えた人物が怪しすぎる。自分は手を汚さず、その情報を喜ぶ人に撒いたわけだからね。それが……メロディー嬢かペネロペだったりして。
海外追放される前に、置き土産とばかりにキリアン伯に流していった?
メロディー嬢か、違う人なのか分からないけど、結局確かな証拠はないんだろう。証拠に繋げられる細い糸であった、髪の色が黒いも潰したわけだし、これ以上言いがかりをつけられるなんてないよね?
そんなハプニングはあったものの、ダンスが再開され、お料理やデザートに舌鼓を打ち、温かく盛り上がったまま、パーティーはお開きになった。
皆さまを見送り、盛大なパーティーを開いてくれて準備してくださった親戚の皆さまにもお礼を言った。
今日は王都の家に帰り、王都で少し過ごし、それから転移で領地に帰ることになっている。
朝から慣れないドレスを着て、ダンスをいっぱい踊ったこともあり、わたしは疲れていた。馬車の中でうつらうつらしていたみたいだ。
『危ない!』
切羽詰まったもふさまの声で目が覚めて、大きくなったもふさまにみんな包まれる。
『大丈夫か?』
一体何が?
マップを見れば、いくつかの赤い点に囲まれていた。
剣のぶつかる音も聞こえ、何かが馬車に当たる音もした。
この馬車には兄さまとアラ兄、ロビ兄、わたしともふさま、もふもふ軍団が乗っている。その前の馬車には父さまと母さま、エリンとノエルが乗っている。
「母さまたちは?」
窓から外を見ようとすると、後ろに引っ張られて、伏せるようにロビ兄に言われた。
「おれが見てくる。兄さま、中のことよろしく」
ロビ兄、短剣を持ってる。ドアを開けると、喧騒が飛び込んでくる。
「犯罪者を出せ!」
「いるのはわかっているんだ!」
な、何?
ふと顔をあげれば、兄さまが蒼白だった。
これは兄さまを出せと言っている?
「お前たち、貴族の馬車に何をしているのかわかっているのか?」
父さまの重たい声がした。
「貴族だろうが何だろうが、犯罪者と犯罪者を庇っているなら、罪人だ!」
「捕らえてくれ」
父さまの指示を出す声がして、乱闘になっているような音が聞こえた。
「俺たちは悪くねー、犯罪者を出しやがれ!」
「その犯罪者とは誰のことで、どこに証拠がある?」
「ああ? 証拠だのしゃらくせー! リディア・シュタインの婚約者。そいつが罪人だ!」
「うちの娘の婚約者が、どんな罪を犯したのか、ゆっくり聞かせてもらおう」
「おら、立ちやがれ!」
ガーシたちの声がしている。
静かになったと思うと、ロビ兄が馬車に戻ってきた。
「誰も怪我してない?」
わたしが尋ねると、ロビ兄は頷いた。
「こっちはな。襲撃してきた奴らは捕まえて、フォンタナ家が詰所に突き出してくれる」
わたしはとりあえず、胸を撫で下ろした。




