第573話 記念パーティー⑦声紋
「ほう、それで?」
「その小さい時のクラウスの声と、その者の声を鑑定したいのです。同一人物であるかどうかを」
周りの人たちが息を飲む。
「アラン」
ロサがアラ兄を呼んだ。
「はい、殿下」
アラ兄がロサの前に進み出る。
「魔具に詳しいお前に聞きたい」
「はい、何でしょう?」
「録音録画の魔具が作られたのは、どれくらい前のことだ?」
アラ兄はスラスラと答えた。
「単独のものは15年ぐらい前、そして一つの魔具で録音録画が同時にできるものは12年前です」
「性能は?」
「初期の頃のものはノイズが酷いです。魔具回路をひとつずつ繋げて増やしていく方式を取ったので、魔石の消耗も激しかったですし、雑音が多いものでした」
「ありがとう。マクマリア候、教えていただきたいことがある」
クジャクのおじいさまのお友達だ。立派な髭を生やした老紳士は、少しだけ前に来て、胸に手を当てる。
「はい、殿下。なんなりと」
「法定において、それらの魔具は信用に値されるものだったかな?」
「はい、殿下。現在では裁判に録音や録画の魔具に証拠能力を認めております」
ふっとバイエルン侯の口の端があがる。
マクマリア侯は続けた。
「ですが、その魔道具の製造年日が7年前のものからです。それまでに製造されたものは、アランくんの言ったように雑音がひどく、証拠として認められません」
「マクマリア侯、ありがとう。バイエルン侯、あなたのお持ちの魔具、それから音を取ったのは7年より前ではありませんか?」
お、顔が歪んどる。悔しそうだ。
「……ええ、その通りです」
「髪の色だったり、声で、フランツをどうにかして犯罪者にしたいようだが、どちらも証拠になるようなものではないな」
バイエルン侯は、クッと顔を歪めた。
「さて、フランツ。犯罪者呼ばわりをされたのはお前だ。この者たちをどう罰して欲しい?」
「私に云々は自分でこれから対応させていただくので構いませんが、婚約者のせっかくの晴れの日を、台無しにしたことが許せません」
兄さまはキリアン伯とバイエルン侯に冷たい視線を送った。
「そうだな。リディア嬢はどうして欲しい?」
「今は思いつきませんが、とりあえず、今すぐにおふたりには出て行って欲しいです」
わたしはふんっと顔をふたりから背けた。
「それは尤もな感情だな。追って沙汰を出す。今日のところは今すぐに出て行ってくれ」
バイエルン侯とキリアン伯は同時に胸に手を置き、そして身を翻した。
ライラックおじいさまがパンパンと手を叩くと、楽隊が音楽を奏でだす。
「騒がせて申し訳ありませんでした。さぁ、皆さま、引き続きパーティーをお楽しみください」
人々は三々五々に、散っていく。わたしはバイキングのところに行って、お肉を少し多めに取った。
イラッとしたので、口にお肉をいっぱい詰め込んでもぐもぐと飲み込んでいたけれど……これは悪くない結果かもしれないと思い直した。
ラッキーなことにロサがいた。一国の王子が。
王子の見ている前で、兄さまの元の髪の色が、黒くないことを知らしめることができた。
……メロディー嬢にわたしたちは探られていた。
ペリーに聞いた。答えるかどうかはわからないけれど、何を調べるよう言われていたのかと。ペリーはメロディー嬢たちに言わないように言われたこともないようで、難なく話してくれた。特に決まりはなく、なんでもウチのことに関することならどんな情報でも良くて集めてくれと言われたのだと。
それで幼なじみたちにも、わたしたち家族のことを聞いたようだ。
でも、町の子たちが知っていることは、シュタイン領に来た時からのことだ。
わたしは、メロディー嬢なら砦にも人を送っているんじゃないかと思った。
砦。人の移り変わりはあったと思うけど、もしかしたら兄さまが来た時や、双子が来た時のことを知っている人がいたかもしれない。
もちろん古くからずっといる人はおじいさまの信頼もあり、ウチが不利になるようなことは言わないとは思うけど、何かの拍子に、連想させるようなことをいうことがあるかもしれない。
血での鑑定は、前バイエルン伯がもういないことからできない。
あと言われるとしたら、顔立ちが似ていることと、髪の毛の色。
バイエルンの血筋の男子は珍しい黒髪という特性があった。
黒髪だからといって必ずしもバイエルンの血筋とも言えないと思うのだけど、顔立ちが似ていて、そして黒髪という点から、ふたりに関係性を持たせようとするのは十分にあると思った。
兄さまは名前を捨てたときに、魔法で髪の色を変えた。わたしが兄さまの仮想補佐に隠蔽をつけた時から、兄さまは髪の色に魔法をかけていることを隠蔽してきた。今まで兄さまが鑑定されていなかったのは、ラッキーだった。名前を鑑定されたことは、小さい頃あったけどね。もし鑑定していて、記録が残りでもしていたら、髪の色をかえる魔法を隠蔽していたことで、却って気を引いてしまっただろう。魔法はかかってないといっても、解除の魔法をかけられたら髪色が変わってしまうかもしれないから。
兄さまは黒髪に頓着はないというので、一計を講じた。
元の髪の色を抜いたのだ。染物をする薬剤に注目していろいろ試した結果、うまい具合に脱色剤のようなものが出来上がった。人体に悪い影響があったら怖いので、緑草とメーゼを混ぜたものも入れたら、面白い効果が相乗された。普通は薬剤をのせたところに効能が出るはずだけど、髪の一部にこれを置けば、髪を均等に脱色するのだ。
兄さまは時々この薬剤を髪の先端につければ、元の髪は全体的にいい具合に色が抜け、紫がかった銀髪のようになった。黒髪も素敵だし、銀髪も素敵だ。プラチナブロンドは見慣れていて、一番落ち着くけど。
髪のことは対策を練っていたので、うまくいった。
まさか〝声〟の鑑定で詰めてくるとは思わなかった。
録音の魔具が証拠にはならない7年より前のもので助かった。
あちらの兄さまを疑うカードになるものは弾いた。
それを社交界に顔がきく人たちが見ていたのだ。
今後、どんな噂が出たとしても。
証拠不十分と、皆さま分かったはずだ。




