第571話 記念パーティー⑤似合うから
わたしたちに訴えるのでは埒が明かないと思ったのか、キリアン伯は大声を出した。
「皆さま、お気づきでしょう? このヨハネス・バイエルンは傍系の出身。前バイエルン侯が罪を犯し死亡したことから、侯爵の地位を賜りました。前バイエルン侯にはひとり息子がいました。小さい時に亡くなったとされていますが、生きていたのです。前ランディラカ伯の養子になり、シュタイン嬢の婚約者になったフランツ・シュタイン・ランディラカこそ、前バイエルン候の罪を償うべきクラウス・バイエルンなのです!」
会場がざわざわっとしている。
「……わたしの婚約者を犯罪者呼ばわりするとは、確たる証拠があっておっしゃっているんですわよね? まさか、顔立ちが似ているだけを理由に騒ぎ立てているわけではありませんよね?」
冷たい声でぴしゃんと告げる。
証拠があるなら出しやがれ。
兄さまがクラウス・バイエルンだってことは、誰にも証明できないのだから。
血液で親子鑑定する技術はあるらしいけど、前バイエルン候さまがお亡くなりになっているから、鑑定することも不可能だ。
「血縁でもないのに、こんなに似ることがありましょうか?」
「そんなすっとぼけた理由で、わたしのパーティーを台無しにしましたの?」
素で言ってしまった。何もかもが本当に不愉快だ。
証拠がないからって、わざわざめでたいパーティーで噂をばら撒こうとした小汚さも。おどおどして自分は連れてこられただけで、無害と言いたげに見えるバイエルン侯も。侯爵がなんで伯爵家の言いなりになってんのよってとこも腹立たしい。
「証拠は今からお見せいたします」
はぁ?
「キリアン伯よ、その言葉に嘘偽りはないか?」
ロサが進み出て、キリアン伯は顔を青くして礼をする。
「こ、これはブレド王子殿下! 小さき太陽にご挨拶申し上げます!」
茶色い髪の人も、バイエルン侯も慌てて礼をしている。
「今日はリディア嬢のめでたい席。それをわかっていて、こんな無礼な乱入をしたんだ。ただ悪戯に騒がせるために、我が友を犯罪者と言ったのなら、私も伯に相応の評価をくだす」
「い、悪戯などとは、とんでもありません。私はリディア嬢のために」
「わたしのためなんて見えすいた嘘はおっしゃらないでください。わたしのためを思い、本当に犯罪者がいると思うのなら、最初に申し上げましたように、騎士や衛兵に訴えれば良いのです。それをなんですか、呼ばれてもいないパーティーで、わたしの大切な方たちの時間を奪うなんて」
「リディア嬢の言い分は尤もだ。
どんな建前を並べようと、ここにキリアン伯とバイエルン侯が乗り込んできている時点で、この会場の者全てを敵に回したと同じことだ。それを言葉で繕うのも無駄なこと。それに聞き苦しい」
ロサに一刀両断され、彼らは顔を青くしている。
「キリアン伯、バイエルン候、そして、その後ろのお前は何者だ?」
ロサが茶色の髪の人に尋ねる。
「私は上級魔法士にございます」
「上級魔法士?」
「はい、キリアン伯さまより、依頼を受けまして、ある方にかかっている魔法を解くよう言われております」
「ほう、ある方とは誰だ?」
「それは……」
チラッとキリアン伯を見ている。
キリアン伯は言った。
「フランツ・シュタイン・ランディラカがクラウス・バイエルンである証拠でございます。バイエルン家といえば、現バイエルン候もしかり、真っ黒の髪の者が生まれます。男子であればほぼの確率で。罪人、クラウス・バイエルンも真っ黒の髪でした」
「フランツの髪の色が、実際は黒いと言いたいのか?」
「そこの者が辺境に現れた時、真っ黒の髪だったと教えてもらいましてね」
教えてもらった?
「上級魔法士よ、あの者に魔法がかかっていると言ったな」
キリアン伯は連れてきた上級魔法士に確認する。
「はい。微々たるものですが、魔法がかけてあります。本来の髪の色と変えているのでしょう」
「本当に愚かで失礼だこと」
わたしの呟きは、案外響いた。
「そう、涼しい顔をしていられるのも今のうちだ。あの者の本当の髪色を皆に見せるんだ!」
盛り上がっている。
「わたしの婚約者の髪色を、なぜあなたが気にするんですの?」
「罪人だからだ。罪人は罪から逃れられない!」
「もし、髪の色が黒かったら、わたしの婚約者がクラウスさまだとおっしゃいますの?」
「そうだ!」
「ずいぶん乱暴な話ですこと」
わたしはチロリと睨みあげる。
「その理論でいくなら、髪の色が黒くなかったら、クラウスさまではないと二度と言いがかりをつけないでいただけます?」
キリアン伯は鼻で笑う。
「ふん。そんな言葉に惑わされませんよ。魔法を解いてみればすぐにわかる」
兄さまの髪が黒いと確信しているようだ。
「ライラック公に申し上げる」
おじいさまはロサに礼を取った。
「しゃしゃり出て申し訳ないが、ここまできたら、しっかりと誤解をといておいた方が後腐れがないだろう。この者のいう通りにフランツに魔法がかかっているというなら、それを解いてもらおうじゃないか」
おじいさまは、兄さまを見て、わたしを見て、それからロサに頷いた。
「第2王子殿下にお任せいたします」
「それで良いか、キリアン伯」
「は、はい、もちろんでございます」
「その代わり、ただ悪戯に騒がせただけなら、相応の覚悟をしろよ?」
キリアン伯は大きく頷いた。
「フランツ、お前に魔法が掛かっている、事実か?」
兄さまは微笑む。
「はい」
会場がざわざわした。
「それは髪色を変える魔法か?」
「はい、そうでございます」
「ほらみろ! 皆さま聞きましたな! 自ら白状いたしましたぞ!」
「キリアン伯、黙れ!」
ロサが一喝した。
「なぜ、髪色を変えている?」
「殿下、それはわたしから申し上げますわ」
「リディア嬢、君が?」
「理由を話してもよろしいですか?」
「ああ、聞こう」
「フランツさまの髪色を変えたのは、わたしと母の趣味です」
場がシーンとした。
「……しゅ、趣味とは?」
ロサも少しだけ引きつっている。
「皆さまご存知だと思いますが、わたしとフランツさまは年少の頃より一緒におりました。今はとても凛々しくカッコよくなられておりますが、小さい頃は天使のようにかわいらしかったのです。それは双子の兄たちも同じでした。
母を小さくしたような、かわいらしい顔だちに、プラチナブロンドの髪。そして青い瞳。フランツさまにはプラチナブロンドの髪が似合うのです! ですから、魔法でそう見えるようにしていました」
「いうにことかいて!」
キリアン伯は笑い出した。
「犯罪者だとわからないよう、髪の色を隠しただけでしょう?」
「フランツ、場を収めるためだ、本当の髪色を晒しても良いか?」
「小さき太陽のお心のままに」
兄さまが礼を取れば、ロサは上級魔法士に兄さまの髪にかかっている魔法を解くように言った。
魔法士が何か唱えると……。
「そ、そんなばかな…………」
キリアン伯のひどくうろたえた声が響いた。




