第557話 友達からの手紙
わたしはその日、傷を母さまに治してもらいに行くと言う名目で、王都の家に帰る許可をもらった。
クジャクのおじいさまには、口裏を合わせてもらう手紙を送る。
転移で母さまのところに連れていってもらうことにした、というね。
家に帰ってきたのは、怪我のことだけではなく理由がある。
わたしは光魔法で傷を治した。
そしてゆっくりと時間をかけてお風呂に入った。
もふもふ軍団もダンジョンから帰ってきたので、一緒にだ。
しっかり乾かして、グルーミング。ふわふわのところに顔を埋めまくる。
これぞ、至福!
そしてご飯をしっかりいただき、自分の機嫌をとり、疲れていてベッドが恋しかったけどそこは我慢して、アルノルトに〝彼女〟を呼んでもらった。
ヘリと同じお仕着せを着ていた。今日は残ってもらっていた。
彼女は部屋に入ってくると、深々と頭を下げた。
緊張しているのが、こちらにも伝わってくる。
わたしはソファーに腰掛けるよう合図した。
ためらった彼女にアルノルトが、そうさせていただきなさいと促した。
わたしの膝に顔を乗せている、もふさまの頭を撫でる。
もふもふ軍団は部屋にいてもらっている。
「シュタイン領主から、説明があったと思いますが、わたしから詳しく話させていただきますね」
彼女はしっかりと頷いた。
「メロディー公爵令嬢をご存知ですね?」
念のため、確かめる。
「はい、私をペネロペ商会の支部長に推薦してくださった方です」
「ペネロペ商会とウチが、裁判を起こすまでになった因縁があることもご存知ですね?」
「……はい」
支部長だから知っているのは当然だと思うけど、一応確かめておいた。
もふさまがあくびをした。
「メロディー公爵令嬢にあなたのことを頼まれました。あなたは仕事ができるからペネロペに推したのだし、商会の仕事をしていただけだ、と。ペネロペは縮小され、ユオブリアから引き上げるだろう。ユオブリアでペネロペの仕事をしていたあなたは、これから職探しをするのが大変なはずで、だから面倒を見て欲しいと」
彼女が顔を上げる。
「わたしはお断りしました」
告げれば、彼女の顔が微かに歪む。
「商会に所属するあなたは、商会の指示に従うのは当たり前。けれど、あなたはシュタイン領で幼馴染みたちを利用しましたよね? 情報を聞き出した。みんなは幼馴染みだから、記憶のあなたを信じた。そんな思いを利用した。
わたしは領地の友達が大事です。だからその友達を利用するような人とかかわりたくない、わたしは今もそう思っています。
けれど、あなたがウチとペネロペの争いに巻き込まれた被害者だというのも事実。
あなたは仕事ができるそうだけど、それをわたしは見ていないし、心根をよく思っていません。ですから他の商会にあなたを紹介することはできません。
それであなた自身に選んでもらうことにしました。
仕事が決まるまで、ウチのメイドとして働くかどうかを。
アルノルト」
アルノルトを呼べば、お給料や仕事内容、条件が書かれたものと、ウチで見知ったことを秘匿する誓約書をスッと渡してくれた。
「こちらがお給金の明細です。そして仕事内容。この家にはメイドがひとりいます。彼女と執事のアルノルトに仕事を教えてもらうことになります。わたしは普段は学園に行っていて、休息日の前日から兄たちと帰ってきます。でも、あなたの就業時間は夕方までなので、光曜日にすれ違うぐらいだと思います。
仕事をきちんとしてくだされば対価をお支払いしますし、仕事を探しに行くのなら前もってアルノルトに相談してくだされば、対応します。
住むところはヘリと同じ長屋でもう暮らしているのよね?」
彼女は頷く。
「他のところに住みたければ、そうしてもいいの。あなたの好きにしていいわ。
仕事に私情を挟まないつもりだけど、わたしはあなたをよく思っていない。
それでも我慢してここで働けるというなら、働いてください。
ここで働く場合は、この家で見知ったことを外で話さない誓約書を交わしてもらうことになります。それはあなただからではなくて、働く方全員と交わすことです。
ここで働けないというなら、好きにしてくださって構わないわ」
わたしは真っ直ぐに、ペリーを見た。
「……ペネロペの名前が出ると、どこの商会からも断られました。支部長で商業ギルドの名簿に載ったことがあるので、商会は全滅です。
お嬢さまとお話しする前に、シュタイン領主さまやアルノルトさんから仕事を探していいと言われましたので、王都に来てからも、商会とは関係ない仕事も探しましたが、推薦がないと王都の仕事は難しいことを知りました。
仕事を探したのは、こちらでの仕事が嫌なのではなく、お世話になるのは厚かましいと重々承知しているからです。私は、シュタイン領と……友達を利用していました。だからとてもこちらでお世話になるのはしのびありません。
けれど、どこにも雇ってもらえません。私は稼いで家族を養わないといけないのです。お願いします。お嬢さま。どうか置いてください」
「わかりました。誓約書はアルノルトと手続きをお願いします。
……それから、悪いけど、あなたの家のことを少し調べさせていただきました」
ペリーが顔を上げる。
もふさまが毛繕いを始めた。
「あなたが商会で働くようになってから、ご家族はあなたに頼りきりになって働いていないようね、健康であるにもかかわらず」
ペリーは不安そうな顔。
「17歳の子に、自分たちは働き盛りでもあるのに、全てを被せているなんて由々しき問題よ」
「え?」
「職が変わったんだから、そういって仕送りは前のように送ってはだめよ」
「……でも」
「あなた金銭面でも、一生面倒見ていくつもりなの?」
「けれど……」
「病気なら考えるところはあるけれど、十分健康なのよ? 最低限の暮らしができるぐらいは働いてもらわなくちゃ。あなたに家族ができた時どうするの? どちらも養っていくの? 助け合いの心はあっていいと思うわ。でも、どちらかがそれをアテにするようになったら、関係は破綻するの、家族でもね」
ペリーの水色の目に涙が浮かぶ。
「後でアルノルトから資料を見せてもらって。ご家族ができそうな仕事をリストアップしておいたから。あの借家はメロディー公爵令嬢が用意したものね。家賃も高いから、もっと一般的なところに引っ越すのがいいわ。それで働いて自立してもらうの。あなたは支える立場。間違っても大黒柱になるんじゃないのよ。指針をあなたが決めればアルノルトが手配してくれるから。お互い自立して支え合うの。そうしないと、あなたが壊れちゃうわ」
「……なんでそんなに良くしてくださるんですか? 私、お嬢さまの家のことを探る手伝いをしたのにっ」
やったことは変わりはしないけど、言わなければいいのに。涙をボロボロ流して。
「優しくなどしてないわ。よく思ってないことも伝えて、あなたは居心地が悪いでしょう? でも条件を知った上であなたに選んで欲しかったから、わたしは告げたの」
わたしは横に置いた袋を手に取る。
袋を逆さまにして、入っていたメモをテーブルの上に巻き散らかす。
ペリーが不安そうにわたしを見上げる。
「シュタイン領のペネロペ商会がなくなった時、父さまから仕事が決まるまでウチで働くかの打診があったでしょう? あれを知った領地の子から届いた手紙よ」
ペリーがメモ用紙に恐る恐る手を伸ばす。
〝ペリーを雇ってくれたんだって? ありがとう〟
どれもそんな内容だった。
みんなペネロペとの裁判があったこと、わたしたちが襲撃されたことも知っている。だからペリーのことが心配でも何も言えるような状況ではなかった。けれど、父さまから打診があったと知って、わたしに、あんなことがあったのに、それでもペリーを路頭に迷わないで済むように雇ってくれてありがとうと、お礼の手紙が届いた。エリンとノエル経由で。
一つ一つ手に取り、涙が溢れ、嗚咽を堪えきれずにいる。
「ウチを出て行きたくなったら出て行っていい。けれど、路頭に迷わない算段ができてからにしてちょうだい。わたしの友達が、みんなそれを望んでいるから」
わたしは後のことをアルノルトに任せて、もふさまと部屋に引きあげた。




