第556話 魔法戦⑭完膚なきまで叩く
アダムには勝てないと思ってわたしを指名か、いい根性してんじゃない。
先生はわたしを見て、ビルダを見た。
「どう決着をつけるんだ?」
「普通の練習試合を同じ方式で。どちらかが倒れるか、参ったと言うまで。魔法も武術もどちらも可、です」
「お前はその結果を、今度こそ受け入れられるか?」
「はい? ええ、対抗戦の結果まで書き換えてくれとは言いません。個人的に、リディア・シュタインより俺が優れていることが証明できればいいんです」
「指名されたが、どうする、シュタイン」
「わたしが勝ったら、どうするの?」
わたしはビルダに尋ねた。
「跪いて、シュタインさまって3回言ってやる」
なんてお子さまなの?
「それは嬉しくもなんともないのでやめてください。今後D組に言いがかりをつけない、絡まない、約束できますか?」
「ああ」
笑ってる。負けると思ってないみたいだ。大した自信だ。
「先生、やるからには証人になっていただき、もしそれが破られた場合、相応の罰を下していただけますか? 先生がこの件に責任を持ってくださるなら、戦ってもいいです」
往生際が悪そうなので、予防線を張っておく。
「……責任を持とう」
真顔だ。よし、言質はとった。
「リディア」
女子たちから不安そうに名前を呼ばれる。
「よし、では日にちを」
「今からです」
先生を遮ってビルダが言った。
「今から、すぐにやりましょう。こんな悔しい思いのまま、俺は眠れそうにありません」
……こいつ、もしかして……。
『リディア、お前、まだ歩くのがやっとだろう?』
もふさまが、わたしを心配そうに見上げた。
「どうする、シュタイン?」
「受けて立ちます」
足もガクガクだし、とても走れるような状況ではない。
ギフトもいっぱい使ったから、魔力も結構消費している。
でも、一歩も動くつもりはないし、魔力を使わなくても、学園内での試合だったらその辺の魔素だけでどうにでもなりそうだ。
「では、15分後、第二演習場に集合だ」
ビルダはニヤリとわたしを見て笑った。
嗤った!
もふさまに第二演習場まで運んでもらう。運んでもらいながら、チョコトリュフを食べた。少しでも体力回復だ。
第二演習場にたどり着くと、なぜかギャラリーが。15分経ってないのに、どこでいつ知ったんだ?
D組が多いけど、A組もけっこういる。
もふさまから降りて立ち上がると、アダムに手を取られた。
「本当に戦うのか?」
「指名されちゃったからね」
「……まだ回復してないだろう、傷だって」
心配そうにアダムの顔が歪む。
「あいつ、多分それが狙いよ」
「わかってるなら!」
「そんなわたしに、こてんぱんにやられたら、少しは堪えるかと思ってね」
わたしは心配してくれたアダムの肩を叩く。
他の子もみんな心配顔だ。
マリンなんか泣きそうだ。
ゆっくりと演習場に入っていく。
「なんだ、お前、制服でいいのか?」
「ええ」
汚すつもりはないから。
先生の審判だ。
「では、これより、ビルダ・バンナとリディア・シュタインの試合を始める。練習試合と一緒で、魔法も武術も可。どちらかが倒れるか、参ったと言うまで。始め!」
ビルダはロングソードを持っていた、それで切り込んできた。
わたしは風で払った。右側ばっか攻撃してくる。腕の怪我をしたところを狙ってくる。ほんっと、汚いやつだ。けれど魔法戦においては優秀なのかもしれない。魔法戦は生き残るためならなんでもありなのだから。
腕を攻撃したいみたいなので、やらせてあげた。
といっても、本当に刺されたわけではなく、怪我したところを動かさなきゃいけないポーズをしただけだ。顔も歪めてあげよう。
うわー、至福って顔してる。最悪だな!
実は痛みも、もう大したことない。自分で魔法を使うと学園にバレるけど、魔素を集めるなら感知システムには引っかからない。だから、わたしはもふさまに揺られて移動しながら、魔素で傷を治してきた。だから、まだ傷口は塞がってないけど、そこまで痛くはないのだ。
あー、ヤダヤダ。どれくらいの実力なのかと様子を見たけど、やっぱり大したことなかった。これなら、基本魔法を使うふりで、もう終わらせよう。
「どうした? 参ったって言えば、やめてやるぜ?」
相手の状態も計れないくせに、よく言う。
「風の……上昇気流」
「ぅわっ」
風で高速の上下運動。ヘロヘロになったところで地面に放り出す。
「参ったって言えば、やめてあげるけど?」
言わないね。
今度は水の帯に入れて上下にシェイク。もちろん時々息継ぎはさせてあげてるよ。
「参った?」
「誰が! 火の」
魔法を出す前にまた水でシェイク。今度はちょっと長めに。
ポイっと地面に出す。
ビルダの放り出したロングソードを風で拾う。
上にそのまま持ち上げる。剣先を下にして、ビルダに向かってヒュンと落とす。
彼の足元に長い剣が突き刺さる。
彼は悲鳴をあげた。
もう一度風で剣を上にあげ、頭上で剣先を下に向ける。そのまま……
「ま、参った!」
「リディア・シュタインの勝利」
先生が片手を上げて、宣言をした。
「二度とD組に絡むんじゃないわよ?」
わたしは言葉を投げかけて、背を向ける。
『リディア!』
もふさまが叫んだけれど、わたしも後ろの様子に気づいていた。
……往生際の悪い……。魔力が馴染んでいると魔法の発現も早い。
すでにわたしにベールを巻くように風の防御幕を作っていたけど、振り返れば、アダムと先生がビルダを取り押さえていた。
試験の時はシールドを解除していたのを思い出して、こちらは元通りにしておく。思い出した時にやっておかないと忘れるからな。
「自分を省みるいい機会になるかと思い、お前の気持ちを汲んでやったのに、お前は自分が受け入れると言ったことも守れないのか?」
「お、俺は強いんだ! あんな女に負けるはずない!」
何か言ってやろうと思ったのに、ただなじる言葉しか思いつかない。
アダムがビルダの喉元をつかんだ。
ふたりの隣にいた先生の緊張が、こちらに伝わってくる。
空気が凍ったかのように、冷たく張り詰めた雰囲気。
アダムは普通の声量しか出していなかった。それなのに、それはその場を威圧するのに十分な力を持っていた。
「いや、君、負けたんだよ。魔力が150しかない、満身創痍で腕に深い傷を負った子に、完璧に沈められるぐらい、弱いんだ。
君は何度やっても、永遠に彼女にも、D組にも勝てないよ。僕が絶対に勝たせないから。A組の他の生徒の援助があればまだマシなのに、君ひとりだからこんなあっけなく終わるんだ」
さらに首をガクンとさせて自分に近づけて、何か耳打ちした。
ビルダの目がビー玉みたいになった。表情が抜ける。力が抜ける。
何を言ったんだろう?
でもそれより気になる。
アダム、なんでわたしの公言している魔力が150って、数値を知ってるんだ……?
もふさまが寄り添ってきて、膝裏に背中を入れてきて、カクンとなったわたしを自分の上に座らせてくれた。
ふぅと息をつく。
あー、疲れた。今日はもう何もやりたくない。




