第555話 魔法戦⑬「納得できません」
更衣室で制服に着替える。
運動着、血はクリーンできれいになるとして、縫うのはわたしがやると不揃いになるんだよな。畳みながらため息がでる。
腕は動かすとちょっと痛いので、着替えるのに時間がかかってしまった。
みんな着替え終わっていたから、先に行ってもらった。
最後だったので明かりの魔具を消して、更衣室を出た。
部屋の前で番をしていてくれた、もふさまが立ち上がる。
「お待たせ」
『血の匂いがする』
「運動着についちゃったから」
2限から始まり5時間の試験だったので、もう放課後だ。あたりには人がいない。
そっか、みんなお昼食べてなかったんだ。お腹空いてるだろうな。わたしはさっき食べちゃったけど。試験で気分が高揚して、お昼を抜かしたことに全然気がつかなかった。
「もふさま、何かいいことあった?」
歩くとき、尻尾がいつもより揺れている気がする。
『いいこと? いいことなど一つもないが、……昔馴染みには会った』
え、学園で? 少し不思議に思ったけど、わたしは頷いた。後で詳しく聞こう。
「そうなんだ、よかったね」
怪我のせいか、疲れているからか、教室までを遠く感じる。
「もふさま、先生たちってどうやって森の中の様子を見てたの? 誰かがついてきてたのかな?」
『あの森を作ったものが、ハウスのようにモニターを出して見せていた』
げっ。そういうことか。
もれなく見られて、声も拾われてそうだ。
一応、魔法使う時に偽装しておいてよかった。
負傷するとそれで連絡がいく腕輪なんて魔具を取り付けられたから、てっきりその魔具で無事や位置情報を確認するぐらいなんだと思っていた。
ってことは、ウチのクラスが捏造していたことは、全部バレバレだったってことね。
今回は魔法戦の授業だからそれが通ったけど、悪いことはできないってことだ。それに先生の言う通りだ。
後悔ってどこで生まれるかわからないから、自分でわかっていながらの後悔は作るもんじゃない。ま、A組に汚いことされたし、ちょっと意地悪な気持ちがあったのは認める。でもそういう行いも、全ては知られるってことなんだね。知られて後悔するようなことは、やるべきではないことなんだ。
バタバタと走ってくる音がする。
「リディア!」
ダリアとアンナが全速力で走ってきた。
ただならぬ様子だ。
「どうしたの?」
「A組のビルダとかいう奴に、マリンが連れていかれた! 他も貴族男子で止められなくて! 私たちはリディアに言いにきた」
「どっちに行ったの?」
「校舎の裏の方」
「わかった、ふたりは先生を呼んできて!」
「わかった!」
走ろうとすると足がもつれた。
『リディア、乗れ』
もふさまがトラサイズになってくれた。
わたしは荷物を収納ポケットにしまって、もふさまに乗り込む。
もふさまは走り出し、すぐに校舎裏にまわったが誰もいない。
「もふさま、何か聞こえる?」
もふさまは一瞬止まって、第二校舎の方に目を向ける。
『あちらで子供たちが騒いでいる』
「そっちへお願い!」
うわぁ。団子状になって混戦中だ。
マリンがビルダにつかまれていて、それを助けようとするD組女子。さらにそれを引き離そうとするA組男子の図。
『どうする、吠えるか?』
その時ビルダが吠えた。
「こんなことして、ただで済むと思うのか? 父上に言って、お前たちの親が働けないようにしてやる!」
D組の子たちの動きが止まる。
反抗が止まったからか、ビルダがマリンを強く押した。転ぶマリン。
そのマリンを上から蹴ろうとしたので、わたしは小さな風でビルダを転がした。魔力を込めなくても、漂う魔素が風になってくれる。
学園という空間で、わたしの魔力がかなり馴染んでいた。
「カッコ悪っ」
大きい声で言ってやった。
ビルダは座り込んだまま、わたしを睨みつける。
「「「「「「リディア!!」」」」」」
女子みんながわたしを見る。
「お前が転ばせたんだな? 何すんだ?」
「それはこっちのセリフ。あんたたち、何してんの?」
問いただしてやれば、ビルダ以外は自覚があるようで、怯んだ表情になる。
「俺たちは平民が貴族を傷つけたらどうなるか、教えてやってるんだ」
「暴力をふるったの?」
マリンの顔に赤い跡がある。
「だから、教えてやったんだ」
得意げな顔。
「じゃあ、わたしも教えてあげる。あんたは貴族の家に生まれただけ。何もしてないあんたは、まだ貴族になれてないのよ。それに、何? カッコ悪い」
「これはお前が、魔法で俺を転ばせたから」
「そんなこと言ってるんじゃないわ。勝負において負けたのに、それを認められないところがカッコ悪いって言ってるの!」
「お前たち、捏造したんだろ!」
「あんたたちが横取りしたんでしょ? ドラゴンと戦う勇気もないくせに」
「クラス対抗だから負けたんだ」
「あんただけでも絶対負けるわ。最初にマリンに怪我させられたって言ってたわよね? それはね、あんたが弱いからマリンに負けたの! それをわからずに、こうやって親の威を借りているところが、カッコ悪いって言ってんのよ」
わたしは人差し指を突きつけた。
「シュタイン、何事だ?」
魔法戦のクラク先生だ。その後ろにはダリアとアンナもはるか遠くにだけど見えている。
ダリアとアンナに前情報は聞いているはず。でも、わたしに尋ねてきた。
「A組の男子が、D組の女子に難癖をつけてきました。暴力も振るわれています。魔法戦の試験の途中で怪我をされたそうですが、それを根に持って、みんなのご両親の働き口をなくすだとかなんとか言っています」
わたしは鼻息も荒く、いいつけた。
「先生、俺は平民から攻撃を受け、怪我をしました。これは許されることではありません」
は?
「……それはいつ、攻撃されたんだ?」
「魔法戦の最中です」
「戦いの最中に、貴族も平民もないし、学園ではお前たちは同じ生徒だと思うが?」
「納得できません! A組がD組に負けるなんてあるわけないし、俺が、俺が大将だったら、絶対負けなかった!」
ここまで阿呆だと、もう言葉は通じない。
「お前はどうしたら、事実を認められるんだ? クラス対抗は何をしても覆らないが、お前が大将としてD組の大将と一対一で試合をするか? それで堂々と戦い、その結果を受け入れるか?」
先生? 何言ってるの? とわたしは見上げた。
ビルダは嫌な笑いを張り付かせて立ち上がる。
「俺が大将……の大将戦」
呟いて拳を握る。
「戦わせてください。けれど、大将はゴーシュ・エンターではなく、そこのリディア・シュタインで」
はぁ?




