第550話 魔法戦⑧横取り
傷口の上をリボンで縛る。
「リディア!」
レニータとヒックのペアがわたしを背に庇う。
「大丈夫?」
「平気」
「大丈夫か?」
抱きかかえられた、と思ったらアダムだった。
「大将は?」
「少しの間は起き上がれないだろう」
「じゃあ、今のうちに森を出て!」
レニータに言われる。
「僕たちが行けばA組は追ってくるだろう。その方がみんなからも離れる」
わかったと頷いたとき、爆発したような音がした。
アダムがわたしをそっとおろす。
な、なに?
A組の青い髪の男の子が、マリンの髪を掴んで引っ張っていた。
「こっちへ来い!」
「痛い!」
「庶民が俺に怪我をさせたんだ、命をとらないでいるだけ、ありがたいと思え!」
「ビルダさま、なんてことを!」
A組の女の子から悲鳴があがっている。
「君、貴族として恥ずかしいぞ、離したまえ」
座り込み、手当てを受けているA組の大将が、ビルダとか言う子息を注意する。
「ニヴァさま、弱いなぁ。公爵ってかさにきて、弱いくせに大将なんかになるから、A組がこんな有様なんですよ」
ビルダとかいう青い髪の奴はマリンの髪を引っ張ったまま、アダムに偉そうに言った。
「おい、ゴーシュ・エンター。白い像を出せ」
え?
「こいつと交換だ」
なんて汚い!
「やめて! 渡さないで! 私はどうなってもいいから!」
マリンが力の限り叫んだ。
ビルダがマリンを蹴る。
「きゃーーー」
いろんなところで悲鳴が上がる。
「何、尻込んでるんだ? D組がとってきた物を横取りするって決めたところで、みんな汚い考えだろ? 今更、いいやつヅラするなよ」
その声で、ビルダを諭す声も聞こえなくなった。
「私は怪我しても先生に回収されるだけ! その白いものを持って森を出て、勝って! お願いだから!」
アダムがビルダの顔に、骨の欠片を投げた。
「いてっ」
「それを持って消えろ!」
凄い迫力だった。アダムの周りの空気が歪んで見える。
アダムのいるところのずっと下から、大地を巻き込んだ怒りが湧き上がってくるような幻影が見えるぐらいに。
ビルダはアダムの迫力に一瞬でも飲まれたのが悔しかったのか、顔を歪ませたけど、マリンの髪の毛から手を離して、落ちた白い欠片を拾った。
「命拾いしたな」
マリンに捨て台詞を残して歩き出した。その背中を追いかける子、力なくその場で座り込む子、3分の2は残っていて、大将の元に集まっている。
マリンに駆け寄る。
「どうして助けたりしたのよ? 勝つのが目的でしょ!」
目は涙でいっぱいだ。
「わたしはエンターさまのとった行動を誇りに思うよ。ああしてくれてよかった」
わたしが言うと、みんな次々にアダムを称えた。
マリンは髪はぐちゃぐちゃだし、擦り傷やら凄いけど、傷は深くなさそうだ。
「マリンもよく頑張った。偉いね」
マリンが泣き出した。
怖かったよね。痛かっただろうし。
でも、勝つのが目的だと言い放った。すごい覚悟だ。
ダリアをはじめとして女子でマリンの手当てをする。
腕輪が光った。残り2時間を切った。
残っていたA組の生徒たちも、わたしたちの目を見れないでいて、下を向いたまま、去って行った。
「どうする? もう一回、下に降りて、骨を?」
「ごめん、チオノス使い切った」
「じゃあ、骨を丸ごと?」
マリンがきつく唇をかみしめている。
わたしは親指の爪を噛んでいた。
「アイデラ」
「何よ?」
「さっきの骨みたいにさ、一度見たもの、そのままの幻影を作り出せる?」
「え? ええ、そこまで複雑でなければ」
よし、勝った!
「何、どうしたの?」
「何か思い浮かんだの?」
「わたし、白い像を持ってる」
「え?」
本当は白くない。木彫りのふくろうみたいなものだ。
落ち込んでいたとき、部長のタルマ先輩が、パパパッと彫刻で鳥みたいのを彫ってくれた。元気づけるために。わたしにはふくろうに見えた。両手で持てるぐらいの大きさ。像と呼ぶにはふさわしいんじゃないかしら、こっちの方がよっぽど!
あれを袋から出すときに、白い石膏でコーティングしちゃる。
「……でも、それドラゴンが守っている白いものじゃないよね?」
「一瞬でも守っていれば、守ったもので良くない?」
アダムがふっと吹き出す。
「アイデラの幻影魔法で、その白い像をドラゴンに見せるんだね?」
「でもそれを守っているってことにはならねーじゃん」
ドムがもっともなことを言う。そうね、これからわたしが白い像にするわけだし。ドラゴンには何のかかわりもない像だ。
「だから証拠を持っていくのよ」
「証拠?」
「ドラゴンがその白い像を持ってるところを録画して、録画したのと白い像を持って帰るのよ」
「ドラゴンが守っているものは何かとは書かれてはいなかった……」
ニコラスが呟く。
「ただ、ドラゴンの守りし、白い像とあった」
オスカーも頷く。
「そう。だから、証拠があればこれも持って守っていたものと言えるでしょ? 証拠がないあちらはどうなるかしら?」
みんな意味に気づいて湧き立つ。
わたしは慎重に生成しながら、真っ白なふくろうを取り出した。
「これは凄い」
「アイデラ、できそう?」
アイデラは頷いた。
「シュタイン、録画の魔具って誰でも使えんの?」
「ええ、ボタン押すだけ」
「じゃあ、俺やる。お前、休んでろ、顔色悪い」
魔力はまだ余裕があるが、実は足がガクガクだ。
わたしはイシュメルにお願いすることにした。
偵察部隊が、またドラゴンはさっきのところでゴロンとしていると言っていたので、任せた。
他の子たちが、また穴の下に降りていく。
アダムと一緒に地上で待った。
わたしたちが帰り着けるかが勝負だ。体力温存を心がける。
みんなが戻ってきた。
一応録画したものを見せてもらう。
今回はドラゴンに幻影を見せたわけではなかった。
録画の魔具に幻影を見せたというのが正しい。
ドラゴンが眠っているところに、ふくろうの像の幻影を出して、そこを録画してきていた。
凄い、ドラゴンがこの像、抱っこして眠っているみたい。
白い像は収納袋の中。
さて、では森を全力疾走?と思ったら、皆からスケボーに乗り、ふたりで先に行ってくれと言われた。
確かに撮影の時間でかなり時間は押している。わたしの足では時間内に絶対辿り着けないだろうし。
「わかった、先に行く!」
アダムが判断を下す。
「任せた!」
みんながアダムに力強く願うように言った。
アダムはスケボーに立った。両足を広げておいて、わたしをその間に立たせる。後ろから支えてもらっている形だ。
「じゃ、後で。魔物に気をつけて」
「そっちも」
アダムはわりとスピードを出した。少し行きみんなが見えないところで、スピードを緩める。
「立ってられる?」
うんと言いかけたけど、かなりまずい状態だ。
アダムは一旦スケボーから降りて、スケボにまたいで座った。わたしを前に座らせる。
「後ろだと、君が落ちたら困るから、前にするね」
そう言ってふよふよと上に上がった。それからスピードを少しずつあげていった。




