第547話 魔法戦⑤起きた!
「みんな、静かに離れて。ドラゴンが起きてる」
わたしは震えた声でみんなに伝え、後ろ向きで下がる。みんなもしずしずと下がり始めた。
ドラゴンはわたしたちを攻撃したりはしなかった。
多少遠くにやられた骨に気付いて、顔をあげ口を使って骨を引き寄せた。
あーーーー。骨の一部がドラゴンの足の下におさまってしまった。
ひとところに固まって、押さえた声で相談する。
「足の下だぞ、どーすんだよ?」
「総攻撃しかねーだろ?」
「なんだか可哀想」
「あんた、試験をなめてんの?」
怒りの声をあげたのはマリンだ。
「そうじゃないけど」
「白いの持ち帰らなかったら負けるのよ。A組に負けるのよ? それでいいの?」
「それはよくないけど」
「魔物に同情なんかしてんじゃないわよ」
「ダリアは優しいだけだわ。そんなふうに言わないで」
キャシーが勇気を奮い起こすように言う。
「骨だって気づいたら誰だって心苦しいのは一緒でしょ? それをわざわざ言葉にして、みんなの士気を下げるなって言ってるの。あんたが空気を読めないっていうのはそういうところをいうのよ」
「マリン!」
アンナがマリンを言い過ぎだと嗜める。
「で、どーすんだよ、大将?」
イシュメルが、コトをおさめろといいたげにアダムにふった。
「僕は魔物と人は分かり合えないと思っている。……リディア嬢、君は?」
え。いきなりだな。聞かれたので、わたしは答える。
「人族を捕食としない魔物とは、共存できる世界になったらいいなと思ってる」
「今、思想を語ってる場合?」
アイデラがイラッとした声をあげた。
「ごめんごめん。ハハ、やっぱ、リディア嬢は僕の思いつかないことを言うね」
アダムがわたしを、なぜか哀しげに見る。
「魔物と分かり合えないと思っているけど、ここは誰かの作った空間で、あのドラゴンも生きている魔物じゃなくて、魔の森のために作られて存在すると思うんだ」
「作られて?」
「ああ。記憶かもしれない。昔そんなドラゴンを見たのかもしれないね。それが今魔の森で息づいているんだ」
「それと試験と何か関係があるの?」
チャドが問いかける。
「あるかもしれないし、ないかもしれない。でも、試験の一部には組み込まれている」
「どういう意味? ズバッと言ってよ、ズバッと」
「ばか、お前、声おっきぃ」
イシュメルがアイデラの口を押さえた時は遅かった。
ドラゴンが顔をもたげてわたしたちを見た。息を吸う。
「風、来る、散って!」
みんな走り出す。
アダムに手を取られた。
勘は当たって、ドラゴンは口から風を吹いた。
恐らくあちらにしては、うるさいからふっと風を出したぐらいだろうけれど、わたしたちはその風に巻き込まれて、風の通り道の中でくるくると回転する。
風が止み、アダムに抱えられていたのでわたしに衝撃はなかったけれど、アダムは体を打ちつけた。みんな起き上がる。
ダメージは受けたみたいだけど、そこまででもない感じ。わたしを庇ってくれたアダムが一番痛かったはずだ。
「だ、大丈夫?」
「……僕は鍛えているから平気。そんな顔をしないで」
「ごめん、ありがと」
お礼を言うと、アダムは笑った。
手の打ち身に傷薬を塗り、アダムは勘がいいので、ほんの少しだけの浄化にした。それから聖水を飲んでもらった。体力回復だ。
「これって……」
やっぱり何か感じてるんだね。
「聖水なの。メリヤス先生に穢れを払うのにもらった。飲むと、体が楽になるでしょ?」
これで聖水にそんな効能があったのかと思うだろう。カモフラージュだ。
さて、振り出しに戻ってしまった。どーするよ、あの白いの。
ドラゴンの一息でわたしたちは転がされるぐらいだ。
「そういえば、A組は違う物だったのかな?」
レズリーが呟いた。そういえば来ないね。
「違う物だったのかもね」
と隣のニコラスが頷いている。
「総攻撃しても負けそうだな。どうする、本当に」
オスカーがアダムに尋ねる。
わたしは考えた。
「さっき、白いの引き寄せたよね?」
わたしが言うと、隣にいたベンが不審な顔をする。
「うん、大切なんだろ?」
あの白いのはドラゴンにとって大切……。
「アイデラ 、幻影であの骨を少し離れたところに見せて、ドラゴンが引き寄せようとしたら、幻影をどんどん遠くにやるとかできる?」
「……できると、思う」
アイデラはごくんと喉を鳴らす。
「その間に本物を砕くの? さっきできなかったよ」
「けど、丸ごと持って帰るのは、無理そうだ」
うーーむ。
「あ、収納袋! リディアの収納袋になら入れることできるんじゃない?」
あ。ラエリン天才!
「それさ、どうしても骨の一部が取れなかった時にしない?」
ドムが言って、その発言にダリアが顔をあげた。
「そうね。それがいいんじゃない? 試験のためにあのドラゴンの守っているものを奪う、どう考えても私たちの方が悪者だもの」
ジニーが冷静な声音で言った。
「異議なし」
マリンがそう言って、他の子もみんな頷く。
アイデラが幻影で白い物を見せて、ドラゴンに取りにいかせる。幻影部隊はアイデラ、オスカー、イシュメルだ。
その他の子で、骨の一部をなんとか……。
「シュタインさんは、ベトラジアーゼなんて、やっぱり持ってないよね?」
エトガルが頭をかきながら言う。
「ベトラジアーゼって、薬草学で使った薬品よね?」
ジョセフィンが聞き返す。
「あ」
アマディスが小さく叫ぶ。
「何? どうしたの?」
「あ、悪い、エトガルが言って思い出した。あれ骨をもろくできるんだよ、だろ?」
エトガルは嬉しそうに頷いた。




