第545話 魔法戦③ズル
中央に近づくにつれ、トラサイズの魔物に遭遇するようになった。ダンジョンに行ったことがある子、狩りなどしたことがある子が中心となって、倒しながら進む。腕輪が点滅した。1時間経った合図のようだ。まだ中央にはたどりついていない。帰り着くのに同じぐらい時間を見ないとだからな。もし2時間かかったら往復で4時間。白い像をいただくのに1時間しか残り時間はない。
何が起こるか、どんな状態かもわからないから、時間はできるだけ多くそっちで確保したい。
と、思っているけど、1時間もハイペースで歩けば、いいかげん疲れてくる。
その心の声に気づいたかのように、アダムが休憩を取ろうと言った。
わたしは体力回復のおまじないをかけた聖水を配った。それとお菓子も。
レニータたちから休んでろと言われて、彼女たちが聖水やお菓子を配ってくれる。
アダムから大丈夫かと聞かれた。
実際、体力が削られていた。たった1時間でこうなのだから嫌になってしまう。普段ダンジョンに行っても自分のペースで歩くから、ここまで疲労度が強くはない。
レニータたちが集まってくる。
「リディア、大丈夫?」
「顔色、悪いよ」
ダリアがわたしの頬に手を伸ばす。小指を首に少し触れさせ熱をみたようだ。
「お前、ダンジョン行ってる時はどうしてるんだよ……あ、お遣いさまか」
イシュメルが尋ねてきて、自分で答えを導き出す。
「それに過保護な婚約者とお兄さんたちが、君を運ぶか」
アダムが付け足す。
その通りでもあるけれど。
「……魔具を使ってるの」
「え? なんだって?」
小さい声で言ったからか、聞き返される。
「移動するのに、魔具を使ったりしてる」
「「「「「「「使えよ!」」」」」」
何人もの声が重なる。
「君のことだから、持ってるんだろ?」
「……でもみんな使わないのに」
「リディア」
ズルになるからと言おうとしたら、マリンに遮られた。
「身体のことだから言いたくはないけど、あんた体力なさすぎだし、歩くのも遅いのよ」
アンナがマリンの袖を引っ張っている。
男子がこえーと小さな声で言った。
「あんたがその魔具を使えるなら、私たちはチンタラ歩かなくてすんで助かるの!」
え、あのハイスピード、チンタラ歩いてたの?
「魔具を使って悪いと思うなら、他のあんたのできることで役立てばいいでしょ? あんたが運動系以外ではすごいのみんな知ってるんだし」
そっか。移動手段ではズルすることになるけど、他のことでサポートすれば許してくれるし、それができるでしょと言ってくれてるんだマリンは。
「ありがと」
わたしはみんなにズルいけれど、移動を魔具に頼ってもいいかを確認した。
みんな頷く。
わたしは家宝の収納袋から出すふりをして、スケボーを取り出す。
本当はスクーターが安定感があっていいのだが、あれはちょっとやりすぎな気がする。座るわけだからね。その点スケボーなら立って乗る物だから。
それにスケボーは魔石ひとつにつき、ひと工程と、普通の魔具と同じようにして作っている。簡素な魔具だからだ。その代わり、魔石を永久に使えるヤツを仕込んでいるだけだ。
「何、その板」
「それで移動できるの?」
「スケボーといいます。移動が楽にできます」
主に男の子たちの目を釘付けにした。
「どうやるの?」
リキに聞かれて、わたしはボードに乗っかり、後ろのボタンを踏んで魔具を発動させる。ふよふよと浮かび上がる。
「おおーーーーー」
「どれくらい速度出るの?」
アダムに聞かれた。
「結構出る。でもバランス取るのは難しくなるの」
わたしも歩くスピードだったらスケボーに乗れると思ったのだ。
「リディア、座った方がいいんじゃない?」
「うん、落ちそうだよ」
え。
わたしがスケボーにブランコのように座ると、みんな安心したみたいだ。
「リディアはそう乗ったほうがいいよ」
「うん、それなら安心」
「……ありがと」
「なー、シュタイン、一度のらせてくれねー?」
うずうずした感じでイシュメルが言った。
「いいよ」
ボードから降りて渡すと、イシュメルは飛び乗った。そして踏み込んで結構な勢いで先に進み、木を避けながらまた戻ってきた。
次々に俺もとみんなが乗りたがり、……初でどうしてみんな乗りこなせるかなー?
「シュタイン家はすごいね。どこで乗るの?」
「ダンジョンとか」
そう答えるとアダムは大きく頷いた。
「さ、そろそろ行こうか」
スケボーを返してもらう。そしてスケボーに腰を下ろし、少し高めの位置で飛ばした。
「少し休んだら、回復したな」
「お前も? 俺も」
アダムがチラリとわたしをみる。
「何?」
「いや、なんでもない」
それから15分ぐらい経っただろうか。魔物や鳥さえも気配がなくなった。
「あ、あれじゃない?」
ジョセフィンが指さしたのは、一際背の高い木。
「あ、あっちにも」
みんな3本の木を見つけた。その真ん中って言うと……。
あのあたりか。
A組もまだ来ていないようだ。ちょっとそれはおかしいと感じる。
わたしたちは最初攻撃を受けないように逃げた。その分余分に時間がかかっているはずだ。それなのにまだ来てないって……持ち帰る物が違うのかもしれない。
「あ、穴が開いている」
「そのままだな」
「どうする?」
リキがアダムに尋ねる。
「行くしかないだろ」
「ちょっと待った」
「どうした?」
「シュタインさん、そのスケボーちょっと貸してくれない?」
「いいけど、どうするの?」
「中がどうなのか、偵察してくる」
スコットが言った。
「偵察って、お前」
「だって、穴もどれくらいの深さなのかわからないだろ? 落ちて怪我するかもしれない。ドラゴンがどこにいるかもわからないし」
「でも、お前が危険じゃん。それにひとりになってはいけないし」
「ペアの私が一緒に行くわ」
「ライラ!」
女子の声が重なる。
「私、土の属性持ってるの。なんとかなるわ」
「俺は魔法はあんまり使えない。けど、こういうのならできそうな気がするんだ。見てくるだけ、すぐに引き揚げてくる」
みんなが司令官であるアダムを見上げる。
「頼んだ」
アダムが短く言うと、スコットは嬉しそうな顔をした。
「気をつけて」
そう言って、みんなで送り出す。
不安だったけど、スケボーに乗り込んだ二人は数秒で戻ってきた。
ふたり乗りもできちゃうって、体幹バランス素晴らしすぎ。
「どうだった?」
「中は広い草地だ。所々に木がある。地面まで3メートル以上ある」
先生……。生徒落ちたらどうするんですか。
「あ、風」
ダリアが呟いた。
「風?」
「うん、今下から微かにだけど」
「スコット、もう一度見てきてくれないか。風の通り道って書かれていたし、例えばどこかを押せば風が吹くとか、何分置きに風が吹くとか、生徒がここを降りても問題ない何かがあると思うんだ」
スコットとライラはもう一度穴へ降りて行った。
長く感じたけど数分だったと思う。
「当たりだ。数分置きに下から風が吹き上げている。そこに立っていたら吹き上げられた。風が止むと落ちた」
風がない時に飛び降りていたら大惨事じゃん。
ということで、みんなで風が吹いた時に順番で下に降りることになった。
わたしは風魔法が使えるので、通り道の風の補佐をするというと、ライラも自分は土で補佐するからと、先に下に降りることにした。
スケボーはしまい、4人で淵に座った。微かな下の方の風の音がした時、アダムに手を引っ張られて、下に落ちる。
それはまさに落ちる感覚だった。
落ちたっと思った時に下から吹き上げられる風で速度が緩み、風が止むと落ちた。お尻打った。みんな上手い体勢で降りてて、お尻を着いたのはわたしだけだ。
「風魔法使えるんじゃなかったの?」
………………………………。
アダムはそういいながら、手で引っ張って立たせてくれた。
すぐに場所を空け、ライラと補佐をするよう待ち構えた。
でも魔法を使うようなことは起きなかった。
みんな上手に吹き上げられた風を使い、地面に降り立つ。
わたしたちはその広い草地を見回した。
山となった何かが見える。ドラゴンか、……ドラゴンだろうな……。
わたしたちは気を引き締めて歩き出した。




