第540話 ペネロペ裁判(後編)
2024.06.15〜06.30まで1日4話UPします。
8時、12時、17時、21時。最新話にご注意くださいませ。
ペネロペ商会の人は言う。
傍聴席にいるわたしに目をやり、わたしが毒のついた雪くらげの住処もあると言った、と。
その証人としてクレソン商会のトップだった人を連れてきた。
馬鹿なんじゃないの?
思わず、そう思う。
もう、ウチに打撃を与えることだけを考えて、他のことが見えなくなってるんじゃない? クレソンとの繋がりを自ら打ち出してくるなんて。
潰したクレソン商会のトップは、やさぐれていた。
あの時はインテリな感じが少しあったのに、今はどう見てもゴロつきだ。
彼は嘘はつかないと宣誓してから、わたしが毒のある雪くらげの住処を使ったと言ったと証言した。その証拠に、触ってしまった自分に解毒剤を渡されたとも。
馬鹿じゃないの?(2回目) じゃなくて馬鹿なんだね。
わたしは呼ばれて、傍聴席から立ち上がる。
父さまは最後の最後まで自分が証人になるって言ってたけど、わたしがやりたいと勝ち取った。
父さまに手を取られる。やり切ってこいのメッセージにわたしは頷く。
わたしも宣誓をして、裁判に参加だ。
さてさて。
わたしの作ったぬいぐるみに毒があったのか、正直に答えろと言われ、わたしは毒はないと真実を答えた。
「神聖なる裁判で嘘を言うな! お前は雪くらげの住処に毒がついていたから、それを触った人が死ぬんじゃないかと言ったじゃないか!」
目を血張らせて言うことじゃないと思うけど。
それに裁判員を無視して話しまくっている。
もっと敬うべきだ。
わたしは第一書記官さまの言葉があってから、静かにけれどはっきり告げた。
「お客さまにお売りするものに、毒を入れるわけないじゃありませんか」
何当たり前のことが分からなくなっているんだと、わたしは非難する。
「書記官さま、この少女は嘘をついています。私は確かに言われたんです! ぬいぐるみの中に使われている雪くらげの毒が私の手についただろうとね」
そんなこと言ってないよ。
書記官さまは困った。わたしは毒なんか使ってないと言うし、証人はわたしが毒のついたものを使っていると言ったと言うし、平行線だ。
「そもそも、なぜ、ぬいぐるみの中の雪くらげを触られたんです?」
わたしは素朴な疑問を返した。
「それは、中身を鑑定したら雪くらげの住処とでた。それがなんだか分からなかったので、中を出してみたんだ」
「なぜ、中身を知る必要があったんですか?」
「それは中身がなんだか調べろと言われたからだ」
「誰に?」
「ペネロペ商会にだ」
はい、よくできました。
わたしは数々の証拠の品を、書記官さまに提出した。
なんだと聞かれたので、クレソン商会とやりあった時の詰所の調書などだと答える。
「これは……」
目を走らせた、裁判のスタッフの方々が、いろいろ察したようだった。と言うか、証拠があるからね、全部。
クレソンとペネロペ商会の人たちだけがついていけてない。
「証人であるリディア・シュタインさんが、ぬいぐるみに毒を使ったと言ったのはいつのことですか?」
書記官さまが尋ねたので、クレソン氏は喜んで答えた。
「半年ほど前の夏前のことでございます。クレソン商会に馬車を襲っただろうなど言いがかりをつけてきたんです。そこで、そのお嬢さんが言ったんですよ、中の住処を触っていたら毒が回って死に至るとね」
「それはこのことですね」
わたしは録音されていたものを再生した。
ーーほら、わたしのぬいぐるみだけ、雪くらげの住処が足らなかったでしょう? 父さまから絶対ダメって言われていたけれど、売るのではなくてわたしのだからいいと思ったの。
ーーそれで?
ーーわたしは絶対に中身を出したりしないもの。だから、雪くらげの〝毒〟を抜く前の、雪くらげの住処を使っていたの。
ーーああ、なんてことをリディー。あの毒は触ると大変なことになるだろう。
ーーそうなの。最初はなんでもないのだけど、2日、3日と経つうちに皮膚が爛れてきて痛みが出てくるそうよ。そして呼吸が少しずつしにくくなってきて、ひと月もすると亡くなる人もいるって。
ーーいくら触らないからって危険なものを使っちゃダメじゃないか。
ーーごめんなさい。だって、毒を抜かない方がふわふわさは格別にいいんだもの。直接触らなければ害はまったくないし。それに万一に備えて解毒薬は持っていたから。
わたしの声と父さまの声が交互に聞こえる。
「そう、これです! ほら、お嬢さんは毒があるって言ってるし、その父親も認めている! それなのに、お嬢さんは神聖なる裁判で嘘をついた!」
「あら、裁判で嘘はついていませんわ。わたしはぬいぐるみや商品に毒のあるものは使っていないと言ったのです。そこに嘘はありません」
「確かに鑑定の結果でも、商品に毒は使われていませんよ」
第一書記官さまが言う。
「住処には毒はないと言ってました。雪くらげに毒があると。ですから、雪くらげが使ったものかどうかで毒がつくかどうか分からないものなのですよ。そんな危険なものを商品にしているのです」
「書記官さま、鑑定していただいたように、雪くらげにも毒はありません」
「では前に言ったのはなんだったんだ!」
「ここまで言って分からないのですか? あの時言ったことが嘘なのです。でも、あなた方が先に嘘をついたのですよね。わたしたちを襲ってないと言いましたよね? 濡れ衣だと。
ぬいぐるみの中身を知りたくて裂いたなら雪くらげの住処を触っているはず。それなら口を破らせるのにと、毒の話を作り上げたのです」
「嘘だ!」
「第一書記官さま」
おじいさまが声を上げる。
おじいさまはここまでの裁判の記録に〝押さえ〟を発動してほしいと願い出た。明らかにペネロペがギョッとしている。
後から聞いたんだけど、〝押さえ〟とは裁判の記録を、証拠能力があるとして留めておくことを言うそうだ。この裁判が取り下げられたとしても新たに訴え裁判を打ち出しますので、これらは証拠能力があるとして取っておいてねと言う約束ごとらしい。
訴えがあるから裁判をしているので、不利となりやっぱり訴えるのやめますと言う人も出てくる。そうなると裁判とならなかった裁判の議事録は残るものの、証拠についてはその裁判に対しての証拠だから、他では証拠能力がなくなってしまうこともあるらしい。
わたしたちはここで、クレソンがペネロペの指示だったよって言質をとるのが目的だった。父さまよりわたしが証人の方が油断するだろうということも見込んでいた。まさかあんなに簡単に言うとは思わなかったけど。
けれどここで不利になり訴えをやめられてしまったら、次にこちらが訴えた時にはペネロペに指示されたなんて言葉の綾ですと言い兼ねない。だからおじいさまは続きをするからね、と宣言したのだ。
〝押さえ〟は受理され、裁判は続く。
半年前の件はわたしが嘘をついた調書も書き込まれている。それも録音されている。
一旦話がついた後も襲われ、そんなことはなかったのだと言っても信じ切っているのも録音されている。それで仕方なく、詰所の人たちと相談して解毒剤を受け渡す経緯になったのもだ。もちろん解毒剤も水と鑑定済みだ。だって詰所の人と整えたんだもん。
録音が流されていくと訴えた人の顔色はどんどん悪くなっていき、訴えを取下げ、裁判は終わった。
おじいさまは即座に、半年前の出来事を含んだ、売れ筋商品であるぬいぐるみの中身を知るために、幼い子供たちの乗った馬車を襲撃し聞き出そうとしたのがペネロペ商会であること。それから、ぬいぐるみを危険なものだと騒ぎ立て、名誉毀損として訴えた。
これはまた違う裁判になる。
何はともあれ、裁判は終わった。




