第536話 使者③没収
「……ユオブリアの生まれなので」
「やはり、そうでしたか」
「ユオブリアの方なんですか? それがどうしてフォルガードの?」
「ユオブリアに来るのには、言葉が達者な私がいいと、お役目をいただきました」
「初めからユオブリアにも、いらっしゃるつもりだったのですか? 私どもワーウィッツにはフォルガード語で十分なはずだ」
ジュエル王子もどこか腑に落ちないものを感じたんだろう。尋ねてから、不思議顔だ。
「メロディー公爵令嬢と親しいそうですね?」
アダムが話しかける。
使者である自分のことは、ワーウィッツにしか告げていない。けれどアダムから令嬢の話を持ち出された。
使者の目が細くなる。
「お前、誰だ?」
アダムはうっとおしい長めの前髪を、後ろに払った。使者はアダムを睨みつけている。
「私を知らないとは、フォルガードの王族と関係ないのは確かだな」
アダムがニヤリとする。
と、アダムは言うけど、第1王子は病弱の触れ込みで、露出も少ないはず。気づいたジュエル王子の方が凄いと思ったが、言葉を飲み込む。
そいつが動いた時、もふさまに噛みつかれて大声をあげた。
わたしを盾にしようとしたっぽい。もふさまがそこをガブっといった。
「捕獲せよ」
短くアダムが言って、外からも護衛が雪崩れ込んだ。
「ジュエル殿下、彼が使者で間違いありませんね?」
ジェエル王子は頷く。
「ジュエル殿下、裏切ったか?」
「私は何もしてないですよ。あなたがユオブリアまでついてきて、勝手に怪しまれているのでしょう?」
ジュエル王子は難なく言った。なかなかのメンタル。
ワーウィッツはこれから、世間の非難を浴びて大変なことになると思うけど、そういう心持ちの方なら、わたしは罪悪感でナーバスにならずにいられそうだ。
「リディアさま、私はやるべきことができましたので、ここで失礼いたします。リディアさまはどうされますか?」
「わたしも一緒に行きます」
こんなとこに残されても困る。慌ててアダムに言った。
アダムは、ではとわたしをエスコートする。
あ、荷物って思ったけど、全部運ばせるからと、そのまま馬車へと移動した。
もふさまとわたしとアダムの馬車の中で、アダムは言った。
「フォルガードの者じゃないな」
「発音でわかったの?」
「あ、ああ。あれはひっかけだよ。本当に〝使者〟の発音が変なわけじゃないんだ。逸話であるんだよ。ユオブリアがフォルガードの者をそう言って揶揄って仕掛けた時、フォルガードがユオブリアの母国語の〝死者〟と同じ発音に聞こえるからわざと変えているんですって返して、挑発されたが収めたという小噺でね。フォルガードじゃユオブリアをやり込めた有名な話だから、誰でも知っている。あれはフォルガードの王族が送り込んだ使者ではないね」
「じゃあ、敵はフォルガードでも、メロディー嬢でもないってこと?」
「まだ確定じゃない。これから口を割らせる。少しはわかってくることがあるだろう」
「アダム」
「ん?」
わたしは話したい気持ちに突き動かされた。
「急に信じられないと思うんだけど、未来視ができる人がいるの」
もふさまがわたしを見上げる。
「それまた突拍子もない……でもないか。それで?」
父さまがいうように、わたしはアダムを信用しているんだろう。
「いずれ、聖女も現れる。けれどユオブリアが攻撃され……瘴気が溢れて世界は7分の6を失うの」
「……なぜユオブリアが攻撃されると瘴気が溢れ出すんだい?」
「アダムはそのわけを知らないの?」
アダムは目を逸らした。
「どこに攻撃されるんだい?」
「詳しいことはわからないの。外国からだけど、中にも裏切り者がいるでしょうね」
「……なるほどね、情報が行き渡っているわけでないのに、ずいぶん勘がいいと思っていたんだ。外国からの攻撃に敏感なのも、ユオブリアに神経質になっているのもそのせいなんだね。……君の婚約者はもちろんとして、ブレドは知っているの?」
「他のルートから知ったみたい」
「……そうか」
「ねぇ、わたしたちの仲間になってくれない? 世界が終焉に向かわないようにするために」
「……考えてみるよ」
快く承諾してくれると思っていたので、衝撃を受けた。
だって、そのままでいたら瘴気が溢れちゃうんだよ?
馬車の速度が緩まった。
え、ここ王都の家。
「アダム?」
「家に着いたよ」
「ちょっとー」
「ここより君にとって安全な場所はないだろ?」
荷物と一緒に下ろされる。
「じゃあ、また学園で」
すこぶる笑顔で言われ、ドアは無慈悲に閉まった。
アルノルトに寮に帰るって言っちゃってあるのよ、ここで帰ってきたら、バレるじゃない。
『早く中へ入ろう。長く外にいては風邪をひくぞ』
躊躇っていると、ドアのところで音がして……もふもふ軍団が乗っかったアルノルトだった。
「お帰りなさいませ、お嬢さま」
ガウン姿の仁王立ちで、アルノルトが言う。
笑っているけど、笑ってないね。
「た、ただいま」
「中へお入りください」
玄関へと入れば、外とは全く違ってあったかい。
もふもふ軍団が飛び込んでくる。
『私たちを置いて行ったな?』
「ごめん、そういうわけじゃないんだけど」
「お嬢さま、すぐに温かいミルクをお持ちします」
「アルノルト、夜遅くにごめんなさい。すぐに寝るからミルクはいいわ。もふもふ軍団と一緒だからすぐにベッドもあったまるし」
心配だったらしく、アルノルトは部屋の中に入ってきて、わたしがベッドに入るのを見届けた。コートの中が夜着だったのも驚いたみたいだけど、何も言わなかった。
そしてそのツケは朝食後にやってきた。
サブサブサブルームへと呼び出され、父さまから事情聴取だ。
勝手なことをし、アルノルトに嘘の手紙を出したとし、1週間の伝達魔法の魔具の没収と、今日は謹慎で、学園を休むように言われてしまった。
どこにも出かけてはダメなのでダメージではあったが、幸いやることはいっぱいある。
ペネロペとの裁判に向けて、策を練ることにした。
ほとんどウッドのおじいさまがやってくださるんだけどね。
参考人としてわたしが出廷して、クレソン商会にされたことを暴露するつもりだ。ぬいぐるみが危険なものとの認識はクレソン商会のあの事件にかかわってないと出ないことだからね。
それからご飯の作りだめして、その日は終わった。




