第534話 使者①供給源?
いいのですか? と問えば、長老は軽やかに笑う。
だってさ、聖なる方につけてもらったシュシュ族という名前。そしてお役目。
それも地上に降りて来られなくなったから、役目を知っているし伝承しているけれど、やったことはないってことだよね。でもその状態でずーっと今まで耐えながら生きてきたわけだ。
それをさ、住んでいた場所を捨てるといい、シュシュ族は絶滅したと言っていいなんて……。
「お心遣いありがとう存じます。けれど、神さまも、聖なる方も思えばいつもそばにいてくださります。私たちだけが御坐す場所を作れることはなくなりません。だからいいのです。今、生きている者が佳く生きることの方が、よほど重要ですから」
長老たちはミラーハウスも気に入っているようだけど、シュタイン領の後ろの聖域である山、ノベリア山脈も一度行ってみたいというので、お連れすることを約束した。
アダムに伝達魔法で長老の話を伝える。
アダムは先触れの手紙をよこして、王都の家にそっとやってきた。
外国への対策は早くするに越したことはないので、と。
詳しく話すとシュシュ族のことに驚いていたけれど、立ち直るのは早かった。
その案に上乗せし、できるだけのことをしようと考え込んだ。
瞬時に、どのことを第一王子の自分は知らないこととして話を進めるか、どの情報をわたしから兄さま経由でロサに伝えるかを吟味してわたしに指示を出す。
帰り際に、ワーウィッツのことはロサが詰めているから、大丈夫と言われた。
わたしはアダムの指示通りに、急いで兄さまへ伝達魔法でシュシュ族のことや、神聖国の復興の目的と思われる仮説を書いて送った。すぐにロサに知らせると手紙がきた。
兄さまは寮にいるのではなく、ロサとゲストハウスで取り調べをしているとあった。そしてこのことはまとめて父さまにも報告しておくとある。
あ、父さまへの連絡を忘れていた。
その夜遅く、わたしの部屋に父さまが訪れた。
「父さま!」
「夜遅くにごめんよ、眠るところだったかい?」
みんなでベッドの上に集まり弾んでいたから、バレバレだね。
眠る前の儀式なのだ。
わたしは頷いてから、どうぞと父さまを招き入れた。
「フランツから手紙をもらった」
そういえば、兄さまの伝達魔法の魔具、わたしが借りっぱなしになっているのに、兄さまも使っている。
そう思っていると、父さまは宿題は考えたか?とわたしに尋ねた。
「……北に聖域があるから」
父さまは、すっごくびっくりしたみたいだ。
うっすら口が開いている。
「そこまでたどり着いてしまったか……」
「そこまで?」
「ああ。一般的な〝答え〟は王都に簡単には行かせないため、だ」
「東、西、南には転移門があるわ。そっちから攻め込まれるかもしれない。王都に簡単に行けちゃうわ。他の方向はなぜいいの?」
その〝王都には簡単に行かせないため〟という答えだというなら、その疑問が出ると思うんだけど。
父さまはよく出来たと言いたげに笑う。
「ということにしている。次に用意された答えは、王族の脱出口が北のあるところに設置されているからだ」
そっか、元々転移門があるのか。それが王族の危険時のみ使用の脱出口。
だから他の人たちは使えない。
「それを知るのは王族と、北の辺境伯のみ」
あ。
「でもそれも、真意ではないのだろう」
父さまが苦笑する。
「フランツからシュシュ族、聖域のことを聞いて、父さまも思い当たった。なぜ王族の脱出口が北にあるのか」
「……真意は聖域を守るため」
父さまは頷いた。
「でも聖域は入れる人が決まっているはず……」
おかしいと首が傾いでいたけど、そこまで言って気づいた。
バンデス山にワーウィッツの人が入れたように、王族は聖域に入れるのかもしれない。
「恐らく、王族は入れる何かがあるんだろう。そして合わせて考えると、瘴気を押し留める魔法陣の源が〝聖域〟ではないかと思うんだ。想像だけどな」
あ。
わたしが気づいたのに合わせて、父さまがまた頷く。
「そうだ。聖女候補のお嬢さんに未来視で陛下が倒されたとき、陛下だけか、周りにもっと何かあったことを見てもらう必要があるな」
『リディア』
『リディア』
もふさまをはじめもふもふ軍団に名前を呼ばれる。
息が荒くなっていた。
「ああ、リディー、ごめんよ。驚かせたね」
父さまにぎゅーっとされる。
「リディー、息を深くするんだ。リディー、知ることで回避できることがある。辛いけれど、ちゃんと受け止めなさい。このことに関わっていくと決めたのだろう?」
ああ、そうだ。わたしは世界をなくしたくない。ユオブリアにいる出会った、大切な人たちをなくしたくない。だから、できるだけのことをするって決めた。
父さまに言われたように、深く息をする。ドッドッと胸は早く波打つけれど。
陛下がお隠れあそばれた途端、国が瘴気の渦に巻き込まれたと言っていた。
陛下の魔力に頼っている部分はもちろん違いないけれど、たったひとりの魔力がそこまで瘴気を封じ込め、魔法陣を抑える役割があったのかとガタブルしたけど。
もうひと工程あったのではないだろうか?
北に聖域があるなら、そこが魔法陣の供給源なら、まず、そこを叩かれることが予想される。そしてその近くであるシュタイン領は……無事であるとは思えない。そう思い当たって、呼吸がおかしくなっていた。
少しずつ呼吸が戻ってくる。
北の聖域が魔法陣の供給源、あり得る話だ。
ユオブリアを攻撃したい場合、もしそのことを知られたら、北を攻撃してくるだろう。
わたしは顔をあげた。
「外国からの動きがあって、中で揉めている時じゃないのにね」
「ん?」
「父さま、わたしジュエル王子とロサと兄さまが話しているところを、ルームで見ていたの」
父さまの目が少し大きくなる。
「ワーウィッツに進言しにきたフォルガードの使者は、メロディー嬢の紹介だった。ロサたちはわたしに伝えたくないみたいだけど、わたし知っているの。放って置いたらメロディー嬢は今後も何かしてくるわ」
父さまに尋ねられるまま、ルームで聞いたことからアダムに話して聞かせたことを伝える。
「……リディーはずいぶん、エンターくんを信頼しているようだね」
思わぬツッコミに驚く。
「ロサや兄さまと違って、メロディー嬢のことを隠さなかったもの」
そういうと、父さまは目を伏せた。
「フォルガードのことや、メロディー家の令嬢のことは、今確認をとっているようだから、わかったら父さまからも教えよう」
「絶対よ」
「ああ、わかった」
父さまは頷いた。父さまは隠したりしないだろう、そう思ったけど、どうしてか穏やかな気持ちにはなれなかった。




