第519話 ロサの辻褄合わせ(後編)
「オーナーは赤い魔石を見た少女を亡き者にしようとした。それに感づいたのが劇団員で、自分が誘った手前、少女を気にし、無事に帰さなくてはと思った。
オーナーは少し前から衛兵たちが劇団をかぎ回っていることに気付いて、最終公演日を早め、その日、王都を去ることになっていたそうだ。赤い魔石を運んでいることがバレたと思って、少女を連れて自分に背を向けた役者に、全てを押しつけ塔から落として、この街から去ろうと思った。オーナーは鐘つき塔から役者と一緒に落とすつもりだったそうだ」
ロサが粛々と話していくと、アラ兄が質問した。
「おかしくありませんか?」
ロサは首を傾げる。
「鐘つき塔ですよね? 丸見えですよね? 男と少女を落としたら丸見えだ」
「そうなんだ。丸見えで……その上、我々はそんな状況をもちろん知らないから、少女を助けようとして、ルシオと神官を少女と一緒に鐘つき塔へ登らせたんだ。その途中で急にオーナーが役者に体当たりをし、その足を持って外へと落とした」
「ばかな……」
「少女は役者が落ちるのを止めようとして、一緒に落ちたそうだ」
「どこもかしこも、おかしな話だ」
アラ兄が眉を顰める。そうだよね。ホーキンスさんのスキルを知らず、そして互いの複雑な心境がわからず起こった事実だけを見ると、とても意味不明なおかしな出来事なのだ。
ロサが含み笑いをした。
え、何?
「やっぱりカートライト嬢がリディア嬢に話して、それを君たちには伝えているってことだね。赤い魔石話には反応するのに、世界の終焉については少しも食いついてこない」
「殿下はおれたちがそれを知っているかどうかを知りたくて、そんな話をしたのですか?」
ロサはふふっと笑う。
「カートライト嬢が、リディア嬢に相談なく、私に打ち明けたことを気にしていたよ。そのうち話があると思うけど。私は私で、その少女の話も未来視のことも聖女のことも驚くべきことばかりでいっぱいいっぱいになった。それで、その話を自分の中で整えたくて、お茶会でその話をしようと思い、リディア嬢に時間をとってもらったんだ」
アラ兄とロビ兄が揃ってわたしを見た。
そっか、ロサは、お茶会へ呼び出した、わたしとの話はなんだったのかという言い訳を作ってくれたんだ。みんなわたしが精神的に追い詰められていたから何も聞かれなかったけど、元気になった後は絶対聞かれただろうからな。
「あの日フランツは、イザークの手伝いに繋がる仕事を頼まれていたんだ。はっきりしてから話そうと思ったのと、聖女やらなにやらで私も混乱していたから、フランツにはこれから話す」
あの時、兄さまが街にいなかったのと、事情を知らなかったのは、イザークの応援になる仕事をしていたからなのか。
「なぜそんなに、手の内を見せてくれるんですか?」
ロビ兄が鋭く言った。
「混乱してるから、と言っても信じてくれないかな?」
「殿下に限って、混乱するぐらいで失態は起こさないでしょう?」
大人びた言い方で、ロビ兄らしくないように感じた。
「いや、失態ばかりだよ。少女が助かったのを見届けてから、とても怖くなった。もし、あの時風が吹かなかったら、少女はこの世にいなかった」
ロサはチラッとわたしを見る。
「3区の塔と目星をつけた。ルシオを少女につけた。でもそれだけでは全然足りなかった。少女を拘束してしまえばよかった。私の権限でそれができた。でもしなかった。少女の命を軽んじたわけではない。信じなかったわけでも、信じたわけでもなかった。それなのに、どうして私は拘束しなかったのだろう? そうやってまた間違えるのではないかと、私はとても怖い。
そしてお茶会では、リディア嬢、君を危険な目に合わせた」
ロサは顔を手で覆う。
「君を失くしたかと思うと、とても怖かった」
ロサにもトラウマを植えつけちゃってたんだね。
わたしがこんなことになったのは、決してロサのせいではないけどさ。
そう言っても、ロサは思い詰めるだろう。
わたしは立ち上がって、ロサの横まで行って腰掛けた。
「怖い目にあった。でも、ロサが助けてくれた」
ロサの手が顔から離れる。わたしはその手を取った。
「本当にありがとう。ロサの的確な判断、そして知識と、それを実行できるスキル、どれか一つ欠けていても、わたしは助からなかった」
手が震えている。ロサはポーカーフェイスがうまくなったけど、胸の一番奥にある感情は昔のままなんだろう。とても熱い魂の持ち主。
だから不安になる時も、自分を戒める時も、熱く魂の赴くままに極限まで、突っ走る気がする。
「ロサ、ひとりで頑張ることないんだよ。誰だって間違うことあるし、不得意なことだってある。それを補い合うからうまくいく。
わたしはアイリス嬢から終焉の話を聞いて怖かった。でも、それが起こるまでに、まだ時間がある。今知ったから、できることもあると思った。アイリス嬢がロサたちに話して、ロサたちはアイリス嬢の話を受け入れられたってことだよね? 仲間が増えた。ということは思いつくことが増えた。終焉でない未来を選べる可能性が広がったんだよ!」
「私が慰められてしまったな」
「うん、ロサが食べられるようにしてくれたから」
アラ兄が咳払いをした。
「リー、手を離そうね」
あ。言われると恥ずかしくなるじゃんねー。
ロサも少し頬を赤くしている。
ロビ兄が大きな息をはいた。
「おれたちもリーの生きている世界が終焉に向かうのは嫌ですから、なんでもするつもりです。だから一々リーを引き合いに出さないでくださいね、今後」
「わかった、そうする」
「アラン、合ってるか逆解きしてみて」
ロビ兄から紙を受け取るアラ兄。
ロビ兄が書き換えたのだろう、それが間違ってないかアラ兄に読み解いてもらい確認して、大丈夫だったら転写するのだろう。
「ああ、いけそうだね」
アラ兄はアルノルトに小さな陶器に穴が開けられるか聞いた。
アルノルトがその用意をする時に、わたしもキッチンへ行って、周りの器部分を土魔法で作り上げる。
そしてコーティングで2つを合わせ、ひとつの器にした。
アルノルトが応接室に持っていく。
ロビ兄が魔石に術を組み込み、それを土魔法で埋める。
ロサはアラ兄が土魔法で、筒を器につけたと思うだろう。
わたしは木の棒を用意した。
魔具を動かして、ザラメンを筒にいれる。
恐ろしいバリっバリって音がしたけれど、少しすると雲の赤ちゃんのような真っ白な煙がどこからか生まれ、ぐるぐると回った。
「「「あ」」」
驚きの声が重なる。
わたしはその雲を木の棒に巻きつけていく。
わたあめだ。本当にわたあめだ。
わたしがまあるく整えて誰が最初に食べる?と視線で尋ねると、みんなわたしに食べろと言った。
ひと口あむり。
あっまい! 口の中でジュワッと溶ける。わたあめだ。
口をつけてないところをちぎってロサに。アラ兄に。ロビ兄に。残りは全部もふさまに。
3人と1匹はひと口に押し込む。
「溶けた」
「甘い!」
「これは、楽しい」
『なんだ、これは!』
クルクル巻きつけるのも楽しい。みんなやりたがって、ザラメンがあるだけわたあめを作って食べてしまった。




