第515話 攻撃⑪口撃
「少し、お話がしたいのです」
弱々しい微笑みを浮かべるのは、その方が断りにくいと、わかっているからじゃないかと邪推してしまう。
ここで逃れて、いつまでもつきまとわれても面倒だ。
仕方ない。もふさまと一緒にメロディー嬢についていく。
中庭のベンチに彼女は腰掛けた。わたしも少し間をあけて隣りに座る。
「リディアさまが、私のことを誤解なさっているんじゃないかと思いましたの」
誤解?
「あなたの最愛の婚約者を護衛にして、さぞお怒りのことと思います」
いつの話だ。
「誤解などしていませんし、そのことで怒ったことはありません」
メロディー嬢は、プッと吹き出した。そんな仕草も、上品から外れないのだから、嫌になってしまう。
「リディアさまは、正直でいらっしゃること」
「そうおっしゃるメロディーさまは、嘘つきでいらっしゃいますね」
「まぁ、酷い言われようだこと」
笑うところじゃないのに、メロディー嬢はにっこりと笑う。
「私はリディアさまのことが、少しも怖くありませんわ」
は?
「わたしもメロディーさまのこと、怖くありませんわ」
ふふふとメロディー嬢は笑う。
「あら、怖くないのに、私のこと探ってますの?」
「わたしがメロディーさまを探ったと? なぜそんなことする必要があるんです?」
「そうね、あなたは今困りごとがある。そしてそれを私がしたことだと思っている。そうじゃありません?」
違うとでも言いたげだ。
アダムは早速、探り出したのかしら?
「私はあなたを傷つけないわ。婚約者と約束いたしましたしね」
「本当ですか?」
わたしに向けていた目を、前方へと戻した。
「私の気持ちは誰にも理解できないと思いますわ。だからあなたも私を非難するような目で見るのでしょう」
隠せてないとは思っていたけど、メロディー嬢にダイレクトに伝わっていたわけね。でも、わたしはあなたを、おいそれと信じることはできない。
なりふりかまわず兄さまを傷つけようとしたあなた。心に傷を残すやり方で。
アダムがあなたを止めるというから、彼の意思をひとまず尊重する。
そうね、兄さまへの執着はなりを潜めたように思う。また気持ちがロサに戻ったのかとも思う。でもそれもまた危険だよね。
彼女は絶えず、自分以外の何かに執着しているということだから。それがまたいつ、ロサから他のものに移り変わるかはわからない。
胃のあたりがキリキリと痛んだ。
「あなたがどんな目で私を見ても、どう私を思おうと、それくらいのことで私は傷つきませんわ。だって、あなたに私の気持ちがわかるはずありませんもの。だから怖くないの」
わたしはイライラしていたんだと思う。お腹が空いているし、胃も痛いから。
気がついたら〝口撃〟していた。
「わたしが怖いのは野望がある人です。成長したいと思っていて、良くなるためになりふりかまわず行動して。そういう人は人を惹きつける力があって、人を巻き込んでみんなで良くなっていくんです。そしてとんでもないところに登り詰める。そういう人は良くも悪くも怖いです。でも、人の足を引っ張るためだけに何かに執着する人なら、ちっとも怖くありません」
メロディー嬢の手が膝の上で固く握り締められた。
メロディー嬢が冷たい目でわたしを睨む。
彼女に睨まれたのは初めてだった。憎悪がむき出しだった。
お腹の下の方まで痛み出す。
『わふっ!』
もふさまが犬のように鳴いて、現実に引き戻される。
「リディアさま、具合が悪いんですの? 顔色が悪いですわ」
え、幻覚でも見ていたのかと思うほど、打って変わってわたしを心配するメロディー嬢がいた。
わたしは微かに首を横に振る。
「寮に帰っておやすみになられた方がいいですわ。送りましょうか?」
わたしは断った。
「そうですね、嫌いな相手に送られても、気まずいだけですわよね?」
とニコッと笑う。
具合の悪いときに時間をとってもらってごめんなさいねと、メロディー嬢は謝った。そして微笑む。
「ねぇ、リディアさま。ご忠告、申しあげますわ。同じことが起こっても同じ行動を選ばない人だけが、その行動をした人を責めることができるのだと思いますわ」
忠告?
どういう意味?
同じことが起こっても同じ行動を選ばない?
ウチの領を潰しにきてるのよね? まずは商会から。
商会を潰されても、ペネロペを潰すなってこと?
潰されたからってペネロペを潰したら、あんたも同じ穴のムジナよって言ってる?
あー、思考がまとまらない。イライラする。お腹はすくし、痛いし。
そんな取り散らかった思いで、メロディー嬢の背中が小さくなっていくのを見ていた。
それから2日が過ぎた。
週の真ん中の家族のランチもパスした。
ヤバイ。マジでヤバイ。食べられない。
砂糖水と蜜水で繋いでいる。
だって固形物を口の前に持ってくると、まだ口に入れてないのに吐き気がするんだもん。
もふさまやもふもふ軍団にもいい加減、怪しまれている。
なんだかんだ理由を作って、一緒には食べていないから。
これが物理的な怪我なら光魔法で和らぎそうだが、いかんせん心の問題なので、光魔法は効かない。
医者に相談するとしたら、あの出来事を話す必要があるわけで……。そうしたら何もかもバレてしまう。
元気そうにしているつもりだけど、食べていないのに身体は重たくて、動くのも億劫だ。でも学園を休んだら、先生に知らされ家族にも連絡がいくだろう。
大人しく何もしないのが得策に思えた。
「リディア、やっぱり体調悪いんじゃない? 保健室に行こう?」
ダリアに心配される。
「ちょっと寝不足なだけだから」
机に伏せる。
「リディー?」
兄さまの声? ノロノロと体を起こすと、兄さまが両目を見開き、そして愕然とした顔になり、わたしの顔を両手で包んだ。
どうして兄さまが?
兄さまが静かにわたしを抱き上げた。抵抗する気も起きなくて、兄さまの胸に頭をもたせかけた。
<12章 人間模様、恋模様・完>
いつもお読みくださり、ありがとうございます。
リディアピンチですが、12章完結です。
次章では、やっとこさ年末の試験と魔法戦メインのあれこれとなります。
ペネロペとも衝突予定です。
読んでいただいたことがわかるPVを見て、モチベーションを持ち続けている日々です。ありがとうございます。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
御礼申し上げます!
次章でもお付き合いいただければ、嬉しいです。
kyo 拝




