第507話 攻撃③子息
「母さま、苦しい」
「我慢なさい。このドレスは、ウエストを締めてこそ、かわいいのよ」
「か、かわいくなくていい」
「リディーはお茶会に、何をしに行くつもりでいるの?」
「お茶菓子を食べるため」
母さまは、大きくため息をついた。
「いくら婚約者がいても、もう少しお茶会に参加させるべきだったわ。あなたの年頃の女の子はね、みんなお洒落に目覚めて、レースひとつのことで涙を流したりするものなのよ?」
どんな女の子像なんだ。
……と言ってる母さまも、自分の少女時代、お茶会を楽しんでいたわけではない。王室からのスカウトがあり嫌がらせも始まった頃だ。だから娘には少女時代を楽しんで欲しいという思いが根底にあって、思い入れがあるみたいなんだよね。
わたしは今まで最低限しか参加してこなかったから機会は少なく、用意を整えるっていう楽しみを我慢させていたみたい。今回はわたしから行くって言い出したから、わたしが何かに目覚めたのかとちょっと期待したらしい。
「お洒落関係はエリンに任せるよ」
そう言うと、きつくウエストを締められた。
これじゃあ、お菓子が食べられないよ。
「ねぇ、リディー、あなた、もしかして第二王子殿下に思うところがあるの?」
ふと真顔になり、小さな声で言って、瞳を奥まで覗き込まれる。
母さま、何の心配を……。
「違うよ。話をする約束をしていて、それがたまたまお茶会にぶつかっただけ」
母さまは少しだけ瞳を和ませる。気を取り直したように言った。
「おばあさまたちが、リディーのためを思って用意してくださったのよ。その上、ライラックのおばあさまがレースをつけてくださった。見てごらんなさい、この素晴らしい繊細なレースの模様を」
母さまがドレスの裾を持ち上げて、うっとりとした視線を向ける。
母さまのおばあさまにあたるライラックおばあさまは、手芸が得意なようだ。
確かに見事なレースで、それもドレスが一番活きる形であしらわれている。
仮にも王子殿下のお茶会なので、持ってる中で格式高いドレスにしようとは思っていたが、話が伝わった途端、仕立て屋さんが寮に来た。さすがに仕立てるのは間に合わないが、既製品のサイズ直しをするとかで。
子供服の見立てとか、皆さま大好きらしく、大騒動になってしまった。
ドレスも大変かわいらしい素敵なものだけど、わたしはボンネットタイプの帽子が一番気に入った。レースのお花をあしらったもので、とってもかわいい!
「リディー、こっちをむいて」
頬紅をポンポン顔にのせ、それから薄いピンク色の紅をさしてくれた。
「とってもかわいいわ」
母さまは満足そうに笑った。
「ありがとう」
部屋を出ると、兄さまがいて驚く。
「リディー……」
頭のてっぺんから足元までじっくり見て、ヘニョっと笑う。
「とってもかわいいよ」
「あ、ありがとう。兄さまも素敵」
大人、みたいだ。シックにまとめている。
どんなものを着ていても、兄さまはかっこいいけど。
「こんなかわいいリディーを、他の人に見せたくないな」
差し出してくれた手に、手を乗せる。
もふさまも今日は首に緑のリボンをして、お洒落をしている。
1階に降りていくと、皆さまが揃ってらした。
わたしのドレス姿を見るのに、父さまや母さまを転移で連れてきてくださったのだ。
帰ってきてから、皆さまに打ち明けることになっている。
「姉さま、素敵!」
「僕がエスコートしたい」
下の双子の頭を撫でる。
「リーはどんどんきれいになっていくなー」
「うん、ちょっと心配だ。兄さまから離れてはダメだよ?」
上の双子にうんと頷く。
「リディー、とてもきれいだ」
父さまは心からそう思っているようで、目が溶けちゃいそうなほどゆるんでいる。
親戚のおじいさま、おばあさまたちからもベタ褒めだ。極め付けはアルノルトから美辞麗句が飛び出した! 要所でしか褒めたりしない人だけに、これはクルね。
みんなに見送られて馬車に乗り込む。
本日は王宮ではなく、1区にあるゲストハウスでのお茶会なので、王宮よりは気が楽だ。
「リディーは今日のお茶会の趣旨を、把握しているんだよね?」
「ロサの婚約者候補選びなんでしょ?」
兄さまもそう言っていた。
「他国の王族や、爵位が上の子息たちも来るんだ」
「へー、そうなんだ」
「なぜだと思う?」
「え?」
「女性だけではなく、子息たちを呼ぶ理由」
「女の子たちだけだと、あからさまだから?」
兄さまは苦笑する。
「あからさまなところは気にしないと思うけど……王位を継承した時の臣下の約束だよ」
「ええ?」
「このお茶会に参加した子息は第二王子の派閥で、忠誠を誓う者と受け取られる……」
「兄さま、招待を受けたの?」
「私じゃなく、リディーがね。このお茶会に参加することで、ランディラカとシュタイン、そしてその後ろ盾の親戚の皆さまが第二王子殿下の配下に入ったと思われる」
「そんなぁ」
「まぁ、今回参加してその後一切催しに参加しなければ、決裂したんだと言われるだけだけど」
「……ロサはそんなこと思ってないと思うよ。わたしと話があって、ただそれだけの理由だから。ロサは兄さまとの友情を利用したりしないから」
「え? リディーの気にするところが予想外だよ。なんだって私と殿下の友情なんて話が出てくるの?」
兄さまは気付いてないのかな?
「兄さま、ロサと言い合っている時とか、すっごく楽しそうだよ?」
「私が楽しそう?」
「うん、好敵手っていうか、どんな返答が返って来るか楽しんでいる感じ。ロサもそうだと思うよ。だから、兄さまをお茶会には招待しなかった。兄さまは友達だから。でも、わたしの婚約者だからエスコートで来させることになっちゃった、ごめんね」
「君は……」
兄さまが腰を上げて近づいて、わたしの頬に口を寄せた。
動く馬車の中だったので驚く。
わたしを熱っぽく見つめてから、今度は口づけた。
兄さまの口がほんのりピンクだ。
「あ、紅をとっちゃった、ごめんね」
とニコッと笑う。
そんな兄さまの向こうでもふさまがそっぽを向いていた。
ゲストハウスといっても王族が来るところなので、魔力探知機みたいのは仕掛けられるだろうと思い、もふもふ軍団はお留守番だ。
「エスコートを申し出てくれてよかった、ひとりで行くって言ったら怒ったよ」
そう言われて、ひとりでも行けると思っていたので、兄さまを誘ってよかったと思った。




