第506話 攻撃②お茶とお茶会
「リディア嬢は、本当にここが好きだな。会えてよかった。これを渡したかったんだ」
ロサは上着のポケットから、小さな封筒のようなものを出した。
お花が立体的にデコレーションされている、かわいらしいものだ。
ポケットに忍ばせてよく潰れなかったなと、余計なことを考える。
メロディー嬢が息を呑んだ。
「ロサさま、それはいけませんわ。今度のお茶会は大切なもの。もう婚約者のいるリディアさまは相応しくありません」
「そんなこと言ったら、コニーもだよ」
ロサが吹き出している。
「お茶会の招待状だ。来てくれるだろう?」
不意に真面目な顔になる。
ーーわかった。信じる。けれど、今度お茶に付き合ってくれ。すべて話してくれるね?ーー
ウィッグの髪を一房手にとり言われた時の、ロサの真摯な眼差しが同じだ。
お茶って、お茶会のお茶? 王子のお茶会なんて面倒ごとでしかない。だから今まで関わらないようにしてきたのに。
それにメロディー嬢の言い方からして、何やら含みのあるお茶会くさい。そんなところに招いて、あの時の話をさせようとするなんて。
言葉が繋げないでいると、ロサが言う。
「一人が嫌だったら、フランツと一緒でもいいから」
譲歩だろう。
「いけませんわ、ロサさま。ロサさまの婚約者候補を決める、大事なお茶会ですのよ? リディアさまがいらしたら、リディアさまも候補だと思われますわ」
え?
「それはコニーの考えすぎだ。リディア嬢はフランツと婚約しているのだから」
ロサは身を翻す。顔だけ振り返る。そして微笑んだ。
「リディア嬢、待っているよ」
メロディー嬢が踵を返して、小走りにロサを追いかけた。
念のため、封筒を開ける。
まごうことないお茶会のお誘いだ。最悪。
ふたりの後ろ姿を見送る。
アダムに調べて欲しい項目が、ひとつ増えてしまった。
でもメロディー嬢に繋がりがあるとわかったらどうする?
繋がりがなかったらどうする?
自問しなくても明白だ。
それはあまり関係ない。
似たような商品が出るのは仕方ないことだとしても、元ウチの従業員を引き抜いてという姑息なところが頭にくる。
最初からウチを狙っていた。
ペリーの言葉を全て信じたわけじゃないけど、信じたかった。
真っ当な商売しかしないという心意気を。
ペリーの意思なのか、違うのかはわからないけど、ウチの領地で店を開く。とことんやるつもりだね。
ペネロペ商会、受けてたつよ。ウチの領に手を出したことを後悔させてやる。
すぐには思いつけないけど、許さないから。
……メロディー嬢がなにかしら関与していたら、兄さまには言いづらい。
あ、それにアダムに情報を頼んだこと、あれも言えないし……。
兄さまに秘密を持つことを言わなくちゃね。この間、思わず秘密は作らないって頷いちゃったから。
週末の夕食後、家族会議が開かれた。
サブルームにて、みんなで話し合った。
みんな同じ気持ちだった。
秘密を打ち明けることは危険を共有することになる。知っていることで害を及ぼすかもしれない。けれど、わたしたちは、きっと危険でも助けてくれようとする、親戚の皆さまの気持ちに真摯でありたいと思った。
だから全てを話すことにしたのだ。次の休みに皆さまを王都の家に招くことにした。
王都の家に戻ってきてから、わたしは兄さまの部屋を尋ねた。
もふさまやもふもふ軍団も一緒だ。
部屋に入ると、兄さまの上着を肩にかけてくれる。
「リディー、あったかくしないと。この間も寝込んだばかりなのだから」
「……ありがとう」
兄さまの部屋の椅子はわたしには高くて、足がプラプラしてしまう。
「あのね、兄さま」
「ん?」
優しく相槌をうつ。
「兄さま、わたしに秘密は作らないでって言ったでしょ?」
兄さまは口元だけは微笑んだまま、頷く。
「わたし、あのときは頷いちゃったんだけど、兄さまに秘密ごとを作るわ」
「それは、どういう意味かな?」
「全部明かしてしまったら、兄さま、わたしに興味なくなっちゃうでしょ?」
3日うんうん考え抜いた言い訳だ。小悪魔的なテーマで攻めてみた。どうよ?と兄さまを見上げる。
兄さまがわたしの座っている椅子の前で膝をつく。
そして、膝の上に置いていたわたしの手をとる。
「私がリディーの全てを知ったからと興味を無くしてしまうって、本当に思う?」
手の甲に口付ける。
色気がヤバイ。なんかそれだけのことなのに、絶対顔赤くなってる。
「そ、そうなったら困るから、わたし、兄さまに秘密を作るから」
「ふぅん、そういうことにしたいんだ?」
チロリと目を向けられる。
「それは、ロサ殿下のお茶会に、招かれたことに関係してる?」
あ、もう知ってた。
「兄さまに頼もうと思ってたんだ。お茶会に一緒に行ってくれる?」
「正式には発表されていないけれど、ロサ殿下は王太子になるだろう。このお茶会は王太子妃候補を選ぶ顔合わせだと言われている。今まで王族のお茶会に見向きもしなかったのに、なぜ今、それも憶測が飛び交うこのお茶会に、行くなんていうんだい?」
「招待状をもらってしまったんだもの。兄さまと一緒でいいっていうし。一度くらい王族のに行ってもいいかなと思ったし」
兄さまは立ち上がり、椅子の背を持った。
椅子ドンだ。
「本心は?」
にこやかな表情だけど、黒い何かが出ている。
「兄さま、わたし喧嘩を売られたの」
「……誰に?」
「ペネロペ商会に」
もしくはその後ろにいる人物に。
「ホリーさんと、ウッドおじいさまに任せるんだろう?」
「そう思っていたんだけど、わたしも参加するつもり」
「リディー」
「兄さまは止めると思った。でもわたしはやるわ。汚い手を使うこともあるかもしれない。それを兄さまに知られたくないの。だから詳細は話さない。秘密にする。商会のことは、兄さまに口を出して欲しくないの」
兄さまは、探るようにわたしを見ている。
「お願い。わたし、アールの店のことだけは負けたくないの」
「リディー」
ノック音があり、兄さまが答えると入ってきたのはアラ兄だった。
目を細めた。椅子ドンしている兄さまの手を椅子から離し、わたしの手を引いて立たせる。
「もう、遅い時間だから、リーは部屋に戻ろうね」
……アラ兄……。
「わかったよ、アラン。リディーもおやすみ」
「おやすみなさい、兄さま」
そしてなぜか、そこからわたしはアラ兄にお説教をされることになった。
夕食後は兄さまの部屋に行ってはダメだと、こんこんと諭される。
怒られついでに、馬鹿狐から何か聞かなかったかを尋ねた。
退職したというと驚いていた。
狐から得た情報はないとのことだった。狐はわたしが当てはまらなかったことがショックで、ひたすら嘆いていたそうだ。




