第505話 攻撃①陽だまりの微笑
部室でノートに向き合っていると、水色の鳥が飛んできた。
伝達魔法だ。放課後に送られてくるなんて……。
わたしに手紙が来るときは、みんな時間を考慮してくれる。
けれどこの時間っていうことは……急ぎの何か。
急いで手紙を開封する。
ホリーさんからだった。
ウチの商品を作っている工場の従業員が3人辞めた。シュタイン領からも出て、お隣のモロールに移り住んだそうだ。彼女たちの新しい仕事はペネロペ商会の開発部門。契約魔法を交わしていたからウチの商品のあのそのは話せないはずだが、生地を暖かいものにした帽子、ふわふわではないが、かわいいにデフォルメして寄せたぬいぐるみの類似品を作り出しているらしい。
素材は調達できない、それに話せないとしても、手作業は覚えているから、コトが早く済むってわけね。その作り方を見て、周りの人に覚えさせればいいんだから……。
商業ギルドから、今まで商品をもっと卸せないかとは打診されてきた。けれど、オーバーワーク、それから物が氾濫してしまうのも良くないと思っていたので、それはお断りしていた。帽子もぬいぐるみも明らかに類似品ではあるけれど、需要があり売れると見込めるだけに、商業ギルドはそれらを〝商品〟と認めて卸すだろうとの見通しだ。
素材が違うってところが、これから競争する焦点となるってことね。
「何かあった?」
タルマ部長に覗き込まれる。
なんでもないと言おうとして失敗する。
「すみません、家の事業のことで問題が発生しまして、今日はあがらせてもらってもいいでしょうか?」
「あ、ああ、もちろん」
「大丈夫?」
ユキ先輩にも覗き込まれる。
「ちょっと、考えたくて」
エッジ先輩に、無言で紙に包まれたお菓子をもらった。
わたしはもう一度謝り、お礼を言って、部室を後にした。
『リー、悪いことあったの?』
『リディア、何があった?』
「従業員を引き抜かれたの。誓約魔法を交わしているから作り方自体は広められないはずだけど、似たような素材を渡して作らせることはできる。そうやって誓約魔法さえ掻い潜った方法で、似た商品をぶつけてきた、ペネロペが!」
『おー、リディア、怒ってるな?』
レオが嬉しそうだ。
「怒ってない!」
すれ違う人に不審な目を向けられる。
しまった。わたしは小走りで急ぎ、視線を避けた。
人のいない方いない方へと歩いていくと、池にたどり着いていた。
『なにを真似されたんだ?』
「帽子とぬいぐるみ」
「大変でち。雪くらげの住処が荒らされるでちか? 海の主人さまが怒るでち」
「それは大丈夫。あのふわふわが雪くらげの住処ってわかっても、海ではとても人がいけないような深いところにしかないし。ダンジョン産でしか今は作ってないから」
今作っているぬいぐるみなどを鑑定されても、ダンジョン産と出るはずだ。
最初に雪くらげの住処をもらったとき、どこで手に入れたか、それが何なのか言わないと約束したのだが、後日、はたと気づいた。鑑定人がいたら、それは告げなくても素材がわかってしまう。それでわたしからは言ったりしないけど、鑑定をされたらわかってしまうかもって海の主人さまに相談したんだ。
で、まぁ、結果論なんだけど、実際、雪くらげやシロホウシは、人が絶対に潜れないような深海にしかないことがわかり、乱獲できるようなものではないということで、大目に見てもらったのだ。
その後からは、ミラーダンジョンで海のエリアがあって、そこで雪くらげもシロホウシも住んでもらっていて、そこから調達している。
素材は絶対手にすることはできないはずだが、似通った素材を見つけ出してはくるだろう。
『あいつ、来る』
『来る』
もふさまに誰が? と聞こうとしたけれど、目視できた。
……ロサとメロディー嬢だ。
わたしは仕方なく立ち上がり、ふたりにカーテシーをした。
「具合はもういいのか?」
わたしは頷いた。
そういえば、ロサからは家の方にも、お見舞いをもらったと思い出した。
アルノルトがお礼を返してくれたはずだけど。
わたしがお見舞いのお礼を言うと、メロディー嬢が首を傾げる。
「あら、リディアさまは、また具合が悪かったんですの?」
こいつ、今笑わなかった? またって強調したよね?
わたしは心がケバだっているので、メロディー嬢に感じている不審感をおさめられなかった。本人に言わないぐらいの分別はまだある。
けど、カチンとくるという表現では済まないぐらいに苛立っていた。
「本当にお具合よろしいの、大丈夫ですの?」
そう優しげに微笑む。ヤーガンさまとは正反対といってもいいぐらい、春の陽だまりのような笑顔。
「あ、私も少し前に伏せっていましたの。ひとりで横になっていると淋しくて。その時思い出しましたの。シュタイン領で売っている〝ぬいぐるみ〟、あれがあったらとても慰められるのにって。今度、取り寄せようと思いますわ」
……………………………………………………。
「ああ、あれはとても、気持ちいいしな」
「まぁ、ロサさまは、ぬいぐるみと一緒に眠っていらっしゃいますの?」
「一緒に眠りはしない。コーデリア嬢はなにを言い出すんだ……」
ふたりの会話が通り過ぎていく。
わざとだ。そう感じた。
このタイミングでぬいぐるみを出してくるなんて、それにあの笑み、こいつ絶対知ってた。情報通の可能性もあるけど、ペネロペと何かしら繋がってるんじゃないの?
手をギュッと握りしめていた。爪が食い込んでいた。もふさまに手を舐められて、痛みがあることに気づいた。
たとえどんなことがあっても、打ちひしがれている姿をメロディー嬢だけには見せたくないとなぜか思った。
だから言ってやる。
「ぬいぐるみは、取り寄せるものではありませんわ」
「え?」
見つめていたロサから視線を外し、メロディー嬢は首を傾げた。
「ひとつひとつ表情が違うんです。ぬいぐるみは一生を共にするお友達ですわ。ぜひ、赴いて、手に取って〝違い〟をお確かめくださいませ。それが本当の〝友〟を得るコツですわ」
確かにぬいぐるみだって〝商品〟だけど、〝友達〟なの。
その意味がわからない人になんか、ウチのぬいぐるみは負けない。
メロディー嬢が一瞬表情をなくし、それからまた笑みを纏った。
「さすがシュタイン領のお嬢さまですわね、いいことを教えていただきましたわ!」
ヤーガンさまの氷の微笑は、角度を変えると大輪の花を隠していた。
それではメロディー公爵令嬢は?
春の陽だまりのような微笑みは、角度を変えてもそのまま温かいままなのだろうか?




