第503話 禍根⑭角度を変えると
「……ガネット先輩」
「身体はもういいの?」
「はい」
ガネット先輩は幾分痩せたように思う。
けれど、元気はチャージできているように見えた。
「少し、話せるかしら?」
どきっとする。いいのかなーと思ったけど。うん、いつものわたしで。
わたしの57回個目のいいところがあると信じよう。
ふたりで中庭のベンチに腰掛ける。
風は少し冷たいけれど、日向では気持ちいいぐらい。
「いろいろと、ありがとう」
「え?」
「あなたがドーン寮にやってきて、いろいろなことが動きだした。
捻れた出来事を、あなたが正してくれた。
私が流れを堰き止めていたのを、あなたがまた流れるようにしてくれた」
「いえ、そんな……」
「マリーさまと話したわ」
マリーさま? ヤーガンさまのこと? お名前で呼ぶほど親しく?
なにがどうするとそうなるの?
「私、マリーさまのこと、誤解していたの」
誤解?
「マリーさまは私が平民だからお嫌いなんじゃなくて、私がマリーさまを見下したと思ってお嫌いだったんですって」
「へ?」
素で声がでた。
いや、というか。たとえそれが理由でも笑っていうことなのだろうか。
ガネット先輩は精神が不安定なのでは?
ふふふと笑っている。
え、どうしよう。ちょっとだけ固まっていると、もふさまが膝に乗ってくる。
「私の作文、優秀賞をいただいたことがあるの。マリーさまは銀賞だった。そのコンクールの主催者側の顧問がヤーガン公爵さまで、学園の舞台で表彰されたわ。公爵さまから賞状をいただいたの。校長室にも呼ばれてね、特別にお言葉をいただいた。その前に公爵さまがマリーさまにキツイことを言っていて、もし私がそんなことを言われたら辛いと思った。でも私がマリーさまの作文の方が優れていると言ったのは本心だったの」
「え?」
声が大きかったようで、目の前を歩いていくふたり組がビクッとした。
驚かせてすみませんと、ちょこっと頭を下げるが、それどころじゃない。
どういうこと?
「校長室で公爵さまに褒めていただいて、我慢ならなかったの。私、他にも聞いちゃったのよ。主催者の方々が〝平民が学園に入るとここまで考えられるようになる〟って話しているのを。私の考え、作文が認められたのではなくて、平民にしては穿った考えだから。平民にしてはよくやってるから、そんな評価だったのよ」
なにそれ……。
「マリーさまの作文を読んだわ。そして、私がどれだけ社会を知らないかを知った。どう考えてもマリーさまの考えの方が素晴らしかった。でも貴族だから、それは当たり前とされるのかしら。平民の私の至らない考えの方が、平民として凄いなんて取り上げられ方をするなんて」
それは聞いてしまったら、辛かったことだろう。
「……主催者の方がそんなこと言ってたんですか?」
わたしが憤ると、ガネット先輩が笑う。
「マリーさまと同じだわ。同じところで怒ってる。マリーさまとシュタインさんは似ているところがあるかもね」
わたしがヤーガンさまと? 嘘だ。わたしにはヤーガンさまのような芯の強さはない。
「それもあって、貴族の公爵さまの前で言ってしまったのよ、マリーさまの作文の方が素晴らしいって。それを聞いたマリーさまは、私がマリーさまとお父さまとの関係を憐んで、発言したと思ったんですって。だから私を嫌った」
ガネット先輩が臆さず、ヤーガン公爵さまに訴える姿が見えるような気がした。
そしてそれを聞いたヤーガンさまの無表情にヒビが入るところも……。
「評価については……もう時が経ってしまっているし、違った意味を含んでいたかもしれない。話し合っても疑いが残り、わかることはないだろうから、考えるのは辞めましょうってメリヤス先生が言ったの」
「メリヤス先生が、ですか?」
「ええ。もし、今後聞き捨てならない大人の会話が聞こえたら、自分に言えって。絶対にどういうことだったのか、真相を突き止めるからって」
わたしたちの前を運動着を着た団体がだるそうに走って行った。
わたしを見て、ニコッとガネット先輩は微笑む。
「でもね、聞いた時は愕然としたけど、それだけが傷ついた理由じゃないの。私はマリーさまの作文を読んで素晴らしいと思った。敵わないと思った。だからね、その聞こえてきた会話が真実だと思ったのよ」
真っ直ぐな思いで自分を分析している。
「そのことで私に見下されたと思って、私が嫌いだったんですって。平民ってことにしがみついていたのは、結局、私だったのね」
え? 話が飛んだ気がして、ついていけない。
「マリーさまは、私を嫌っていたけれど、意地悪はされていなかったのよ」
ガネット先輩は、わたしの方を見て苦笑した。
意地悪はされてない? なに言ってるの?
「試験で勝負を持ち出されたんですよ?」
「そう、勝負を申し込まれた。D組が勝てばD組について今までみたいに口を挟まないって。寮長会議の後にネチネチ言われてた。D組は発言が少ない、とか。学園に貢献してない、とか。それが苦痛だったんだけど……それがそもそも誤解だったの」
「はい?」
「マリーさまは、D組だということで最下位だとバカにされたままでいることに、頭にきていたそうなの。みんな入園を許可されたんだから、学園に認められているのに、どうしてD組だからと萎縮するのか、それをもったいないと思ってたみたいなの。
小言を言われたくないなら勝てばいいと言ったのも、見返してやれっていう意味。
勝負をして私がいつもより成績が悪かったことにガッカリしたそうよ。勝負だと決めた1回も頑張れないのかと。平民だからと逃げ腰でいて。そんな考えなら学園の意思にも反しているし、平民ということにこだわり続けるなら、学園にいる方がよほど良くないって思ったって」
平民とこだわり続けるなら……。それが理由……だった?
「まさか、それで退園しろ、ですか?」
ガネット先輩は頷く。
いや、それはさすがに、身分の高い公爵令嬢に、身分にうるさいと言われている令嬢に、表情を少しも変えないあのきれいなお顔で言われたら、そんな理由とはとても思えないだろう。




