第502話 禍根⑬取り引き
「取り引き? 君と?」
わたしは頷く。
「わたし、知りたいことがいっぱいあるの。でも一人では調べるのに限界があるわ。
言い値とは言えないけれど、もちろん、情報料はちゃんとお支払いする」
「どんな情報をお望みなんだい? 危険なこと?」
「と、時には危険をはらむものもあるかもしれないけど、無理はしなくていいのよ。こういった情報が欲しいというのを言っておくから、情報が入った時に教えてくれれば」
「それは、シュタイン家との取り引き? それとも本当に君個人?」
「わたしとだけど、もし家との方が良ければそうする……」
アダムはどっちがいいんだろうと探るように見たけれど、表情からはうかがえなかった。
「……そうだな、君個人とならいいよ。僕の条件は誰にも僕と取り引きをしていると言わないこと。婚約者にもだ。つまり、情報の出どころを言わない、守れる?」
そっか。アダムからってバレるとまずいわけね。
わたしは頷く。
「報酬は、君んちの商品。菓子だったり売ってるものだったり、僕が指定する。危険な情報については……そうだな、危険手当ってことで、その時に決める。どう?」
「それでいいよ」
「いいのか?」
「うん」
「君、もっと危機感持った方がいいよ。僕がとんでもない要求したらどうするの? ちゃんとつめておかないと」
「アダムはそんなことしないもん」
「君、ずっるいなー」
というから、頷く。
「そうよ、わたしはずるいのよ」
アダムは降参というように両手をあげた。
「じゃ、取り引き成立ってことで」
手を出されたので握手かと手を出すと、その手を引き寄せてわたしの手の甲に口づけを落とした。
「あ、あ、あ、あんた、何すんのよ!?」
「夜会ではこんなの普通だよ。2年後にはデビューだろ?」
してやったりというふうに、アダムは笑った。
と、すったもんだはあったものの、レアチーズケーキを持ってくると約束して、魔石のことを教えてもらう。
赤い魔石は外国から運ばれてきたものだとわかった。それからバラして運んでいることも。
「バラして?」
「あの赤い魔石は〝魔石〟と〝核〟と呼ぶものが融合しないと、威力を発揮できないものらしい」
ホーキンスさんは〝核〟のことをうまく誘導できたみたいだ。
器となる魔石部分を、商売を隠れ蓑に検閲を免れて運んでいたのが見つかったという。
合わさらないと悪しき魔石とならないなら、片割れを持ち運んでも罪には問われないのではとちょっと思ったが、融合させるものだと知ってたこと、見つかってはならないものだと認識があったことでアウトだそうだ。
よくよく聞いてみると、その核の方の行方も不明だし、それがダンジョンにどう持ち込まれたのかも、持ち込まれようとしているのかも不明。
ただ、器の魔石を運ベと、そう依頼した人がいることしかわかっていない。
依頼人なども何人も人を通していることからして、最初の依頼人を見つけるのは難しいだろうとの見解らしい。
アダムは情報解禁に気を使い最初は商売と言っていたけれど、なんで商品の検閲を免れられたんだと疑問を口にすると、ここだけの話、ある劇団の小道具として運ばれてきたと教えてくれた。ひとつバラしてしまえば口が軽くなったようで……。
根掘り葉掘り聞いたところ、その劇団の団長が報酬に目が眩んでひとりでやったことらしい。劇団員たちには幸運のお守りといい、盗まれたら大変だから、見るな触るな、口にするなと厳戒態勢をとっていたという。団長と用心棒たちだけが赤い魔石が良くないものと知っていて、それを持ち込んだとして罰せられるそうだ。ちなみに、団長はもうひとつ罪がある。
それはこのところ衛兵の様子がおかしく、バレて捕まると思った団長は、劇団の顔である役者に全てを背負わせ、始末しようとしたそうだ。多くの人の目のある教会の鐘つき塔で、役者を落とそうとした……。
役者のホーキンス氏は怪我はしたものの命に別状はないそうだ。魔法のような突風に助けられたのだという。
……団長さんは、魅了をかけられてホーキンスさんに踊らされたんだと〝逃げなかった〟んだね。そういうことにも、できただろうに。
みんなの見ている中で、なんであんなことをやったのかと言われたらしいけど、用心棒たちが衛兵に囲まれているのを見て、とにかくバレたと思って、ホーキンスさんに罪をかぶせようと、それしか思わなかったと語ったそうだ。
この件でわかったのは、恐らく一般人によって、ブツが手分けして運ばれていること。
それを融合させる係、それをダンジョンに置きにいく係と細分化されているのだろうという見通しだ。実行犯を捕まえても、自分たちが任された一連の中の短い工程しか、あらましがわからないと推測されているらしい。魔石を渡されたのは外国だったらしいけど、その場所もその国の人が黒幕ともいえないと思われている。用意周到だから、自国でブツを渡す危険な真似はしないだろうとの見解。
裏で操っている人は安全なところで、駒たちが動いているのを見ているのだろう。そして手が混んでいるし、人が多く動いていることから、巨大な組織なのかもしれない。ユオブリアに目をつけ、何かを仕掛けている人たちは。
アダムに教えてくれたお礼を言うと、レアチーズケーキの念を押された。
しつこい! と思った時になぜか唐突に思い出した!
狐! バカ狐に話を聞かなくちゃ。
いろいろあって、すっかり記憶が飛んでた。
放課後、図書室に向かうと、狐の姿が見えない。
マッキー先生に尋ねると、退職したと言われた。
「え、お辞めになったんですか?」
「一身上の都合でね。一族の危機だそうだよ。代わりを探さないといけないらしい。よくわからないけどね。マヌカーニ先生に用だった?」
「はい。いろいろご存知なようなので、お話を伺いたかったのですが、お辞めになったのなら仕方ないですね」
あの尻尾をもう一度ぎゅーっとしておくべきだった。
女王からは逃れられたみたいだけど、狐から情報を得られなかったのは残念だ。
あ、アラ兄が何か聞いたかも知れない……でも純潔疑惑ですっ飛んでいそうでもある。
うーむ、蒸し返すのは少し怖い。普段穏やかだから、余計にあのまくしたては怖かった。
とぼとぼと歩いていると、声をかけられた。
「シュタインさん!」
ガネット先輩だった。




