第500話 禍根⑪賭け
「わたし、ホーキンスさんに感謝しているので、魅了を使ったこと、誰にも言いません。でも、なんでこんな、自分を傷つけるような方法をとったんですか?」
「だからレディー、これくらい傷ついたうちに入らないし、僕には幸運の女神がついているから死にはしないと思ったんだよ。でもしいて言うなら……願いがあり、それを叶えるためなら、傷つく覚悟するぐらい当然のことだ」
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そうではなくて、と突き止めたくなったが、大きなお世話でもある。
「……心配しないで。わかっていたから」
! やっぱり、そうなのかな?
言葉をおさめようとしていたのだが、尋ねてしまう。
「わかっていたなら、〝団長の思いは自分でやり遂げなければ〟なんて団長任せにしないですよね?」
ホーキンスさんは、わたしの言葉の意味をすぐに理解する。
「じゃあ、あの他の人の耳もあるところで、団長に僕を始末しろって魅了をかけたらよかったっていうのかい?」
クスッと笑ってから、わたしをすがるように見た。
「かっこつけさせてよ」
! やっぱりそうだったんだと思うと……。
「泣かないで、レディー。何かを為すためには、相応の覚悟がいる。だから、賭けただけだ」
ホーキンスさんは、団長が自分に全てを押しつけて亡き者にしようとしていると聞いてしまった。そして団長を見限った。ホーキンスさんは自分たち役者が知らなかったことだとするために、団長から自分が全てを背負わせられ殺されそうになっている場を、見える所で作り出した。一見、そう思えたけれど。でもホーキンスさんがかけた魅了は〝思ったことをやり遂げる〟だった。
決して、ホーキンスさんを〝始末〟する、ではない。
団長さんの思いが、違うところにあったらどうするんだろうって思ってハッとした。ホーキンスさんはそれを望んでいたのではないかと。
もし団長さんが言ってみただけで、心からホーキンスさんの死を望んでなかった場合、ホーキンスさんは団長さんの仲間とみなされ、運び屋として捕まることになっただろう。……だから〝賭け〟だった。団長さんの思いに賭けた。
自分を本当にいらないと思ったのか、思っていなかったのか。
いらなかったら、きっとコトを起こし、役者としての道が残されるかもしれない。
いらないと思ってなかったら、自分も団長と一緒に罪を償うことになる。でも小さい頃、助けてくれたその人との絆は消えなかった。
ホーキンスさんはその賭けで自分が傷つくのを覚悟していたんだね。ダイブぐらいは、なんでもないことぐらいに。
だから、わたしもホーキンスさんがかけた魅了のことは口にしない。誰にも言わない。そう決める。
「賭けには勝ったんですか?」
鼻をすすりながら尋ねる。
「……さぁ、どっちかな?」
ホーキンスさんはとても深い、大人の微笑みを浮かべた。
『リディア、人が来るぞ』
『バタバタした足音が、遠いけど聞こえる!』
鞄の中から声がする。
タイムリミットだ。事情聴取を受けるのが義務だが、とんずらすることを選ぶ。
「わたしは、ここを離れます」
ホーキンスさんはえ?という顔をする。
「あなたと団長さんが話しているのを聞いて、あなたが運び屋に関与していないことを知っています。けれど、証人にはなりません。わたしが証人にならなくても、あなたが関与していないことは立証されると思うので」
ホーキンスさんの目が大きくなる。
「気を失ったフリでもしてください。わたしのことは知らない、と。落ちたとき、一瞬だけ気がついて、歩いていくわたしを見た気がする、とかなんとか。魅了にかかったフリをしていたから、ボーッとした子供なのはみんなが知っています。出来事に驚いて怖くてきっと逃げ帰ったんだろうと、みんなそう思うと思います」
わたしは変装しているし、名前も言ってない。
わかることは、芝居をひとりで見にきた子供だということ。
「ひとつだけ。落ちた時、庇ってもらったのでお礼です」
ホーキンスさんが首を傾げる。
「衛兵さんたちの前で、団長さんに言わせるようにしてください。あれは核を入れられていない魔石だと。そうしたら話が一気に進むと思います」
解決が早ければ、役者としての復帰も早くなる。
「君は一体……」
わたしは頭を下げ、行こうとする。ホーキンスさんがわたしの手を取った。
「僕も君に感謝する。もし再び会うことがあったら、君の願いのために僕の力をいくらでも使う。君は僕の幸運の女神だから」
ホーキンスさんはウインクを決めた。
「友達があなたのファンなんです。人形師の芝居を観たそうです。上演中に小道具の人形があなたと相手の取り合いで壊れてしまったとか。相手の人は真っ青になり、観ていた子供は泣き出した。その時あなたが、泣いた子からハンカチを借りて、人形の応急手当てをした。そしてハンカチの子をお医者さまに見たててお礼をいったんだと。あなたが魔法をかけたみたいだって言ってました。止まってしまった物語が、動き出したって。みんなを笑顔にして。そんなお芝居で魔法がかけられる役者になりたいそうです。わたしもあなたに役者を続けて、これからも観た人に魔法をかけて欲しいです」
ホーキンスさんは手をとったわたしの手を、おでこにつけて祈るようにした。
クラリベルは顔の良し悪しにうるさいので、そういうところでホーキンスさんのファンかと思ったら、そうではなかった。
学園祭で劇をやることになった時、演劇クラブの彼女に演じて欲しかったが、演劇クラブは舞台上演に重きを置いていて、入部する際、学園祭ではクラブを一番に優先する誓約書を書かされたらしい。いつ呼び出しが入るかわからないということで、役をやりたかっただろうに、裏方に回っていた。
呼び出しも劇に関するのならまだしも、汗ふくタオルを差し出すとか、飲み物を持っていくとか新入生の許されるのはそんなお付きのようなことで、我慢我慢と唱えていた。自分たちが上級生になった時には、こんな制度なくしてやるんだと、よく声高に叫んでいる。
そんなクラリベルが崇拝するホーキンスさんの芝居に、わたしも魅了されたひとりだ。彼にはどうか役者を続けて欲しい。きっとわたしみたいに救われる人がいるだろうから。
『リー、バタバタ近い!』
ホーキンスさんに別れを告げ、わたしは裏通りのさらに裏道に入る。
あぶね。衛兵たちが裏通りにやってきた。ホーキンスさんを見つけ、寄って行っている。ホーキンスさんは気を失った案を採用したようだ。
起こされ、あ、やっぱりホーキンスさんは足を痛めてたんだ。
ふと、手を引っ張られる。
口を押さえられ、くるりと方向転換させられた。目の前でロサが真剣な顔をしていた。わたしのウィッグのストレートの赤い髪を一房つかむ。
「君のような気がしたんだが、やっぱり君だった」
みつかった!
「君は犯罪に関与している?」
わたしは高速で首を横に振った。
「わかった。信じる。けれど、今度お茶に付き合ってくれ。すべて話してくれるね?」
ロサに話すだけと、みんなにバレていろんな方向から怒られることを考えると、ロサにだけ話す方が断然いい。
わたしは大きく頷いた。
ロサが手を離した。すぐに走り出してチラリと視線だけ振り返ってみれば、ロサがわたしをまだ見ていた。