第498話 禍根⑨ダイブ
ノープランで塔についてしまった。
わたしの不安がわかったかのように、ホーキンスさんはわたしの手を強く握る。
「ほら、チンタラしてねーで、階段を登りやがれ!」
ホーキンスさんの足を蹴る。
んー、もう魔法使って逃げるか。
と、目の端に映る。ルシオ?
神官服に着替えたか、中に着ていたのか。
近くにいられたら、魔法が使いにくいじゃないか。
どっか行って欲しいと思ったのに、後ろに大人の神官を従えたルシオがこちらに歩いてくる。
な、なんでー?
ロサがいて、ブライがいて、ルシオがいる。アイリス嬢もいた。
……これは街に遊びに来たわけではなく、何かあったんだ。
目的は鐘つき塔だった?
ここに何があるというんだろう?
「すみません、お話をよろしいでしょうか?」
大人の神官が団長に声をかける。
「神官さま、何用でございましょう?」
団長はもみ手をしている。
「鐘つき塔には何のご用でしょうか?」
「だ、誰でも登っていいと聞いていますが?」
団長が慌てていう。
「ええ、自由に見ていただいてかまいません」
団長はおでこを拭う。
「この子がね、鐘つき塔に登ってみたいっていうから、連れてきてやったんですよ。なぁ、ジェインズ」
「……そうです」
なんで? ジェインズさん、チャンスだったのに。
今ぶちまければ、ここで味方ができて逃げ出せるかもしれないのに。
と言うか、わたしが言うべき?
「……そうですか」
「僕と一緒に登らない?」
ルシオがわたしに手を差し出した。
わたしはずっと、少し先の足元を見ている。顔は見えてないはずだ。
わたしって気づいてる? 気づいてない?
ノーリアクションだったからか、ルシオの残念そうな声だ。
「怖がらせちゃったかな」
「レディー、こちらの神官さまと一緒に行くといい」
ホーキンスさんが、自分と繋いだわたしの手をルシオに預ける。
えええええええっ。
ホーキンスさんにすると、わたしを劇団の人たちと離すことで、わたしが安全になると思ったのだろう。
団長側にすると、わたしは途中まで登れば空へとダイブするはずなので、近くに誰がいても構わないのだろう。止めもしない。
「何人かついていってやれ」
団長が用心棒にいう。
自分は下にいて、用心棒にホーキンスさんをどうにかさせるつもりだ。
でも、神官たちが一緒にいるのに? どうやって?
「団長、団長だけでいいですよ、一緒に登りましょう。そして団長の思いを自分でやり遂げなければ」
ホーキンスさんは団長に詰め寄った。
魅了だ。魅了をかけた。
で、でも、それじゃあ、団長は塔でホーキンスさんを落とそうとするんじゃない?
「さ、行こう。階段だよ」
ルシオに手を引かれ、一段ずつ階段を登る。
ルシオは後ろを振り返ってから、声を潜めた。
「僕はあなたの味方です。あなたはあの人たちに、何か命令されているのではありませんか?」
……バレてない?
ど、どうしよう? 助けを求めた方がいいの? と迷っていると、ルシオが衝撃的なことを言った。
「信じられないかもしれませんが、……知人が未来視したのです。赤い髪の女の子がこの塔から落ちると。僕たちはそれを防ぎに来ました」
わたしってバレてなさそう。
そして、未来視、アイリス嬢だ。
アイリスは赤い髪した女の子、つまりわたしがこの塔から落ちるところを見たの?
ええ? フリだよ、フリ。わたし、落ちるつもりはないのに、落ちるの?
それに、この柵の高さがあれば、わたしが魅了にかかっていてもダイブはできない。わたしの運動能力だとこの柵に登れない。
あれ? アイリス嬢は未来視の話をルシオにしたの? っていうか、ブライ、ロサたちも知ってるってことだ。だって一緒にいたもの。ロサたちに話したの? どこまでを?
え? 下の方が騒がしく、柵の隙間から下を見るようにすると、衛兵が用心棒たちを囲んでいる。
なんで、どうして?
わたしはホーキンスさんを振り返った。彼が下の騒動に気づき、ニヤリと笑っているところだった。
ええ?
団長さんが奇声をあげ、ホーキンスさんにタックルした。
これには一緒に登っていた神官さんたちもびっくり。
柵へ背中をぶつけたホーキンスさんが座り込みそうになる。
そのおぼつかない足を団長さんが持ち上げた。柵にあたっている背中を支点にして足を持ち上げれば、柵より上に重量がいっちゃう。
つまり、ホーキンスさんが落ちちゃう!
わたしが手を伸ばすと、ホーキンスさんが優しく微笑んだ。覚悟していたことのように。
な、何やってんのよ!
わたしはルシオを振り切って、ホーキンスさんのズボンを掴んだ。
子供のわたしに、柵を越え、落ちそうになっているホーキンスさんを引き止める力などあるはずなく、わたしも柵をこえた。
ホーキンスさんの目が大きくなり、わたしの手を掴みグッと引き、自分の胸に抱き寄せる。
風よ、わたしたちを守って!
下から風が吹き上げ、わたしたちは落ちたところより上へと飛び上がる。
ええ? やりすぎ!
上へと持ち上げられたのに、そこから自由落下が始まる。
嘘でしょっ。
地面すれすれのところでまたバウンドするように風が吹き上げ、ポンポン弾むように遠くに飛ばされた。
鞄の中では、先ほどまでの野次と違って、楽しそうな声が上がっている。わたし、酔いそうなんだけど。
何度かバウンドを繰り返し、どこかの裏通りにやっと転がった。
「だ、大丈夫?」
わたしを胸にきつく抱きしめていたホーキンスさんが腕を緩め、わたしを覗き込んだ。
「なんとか」
これ以上続いてたら、酔っていたと思うけど。
「あれは君の風魔法?」
「はい。初めての使い方だったので、加減がわからず、すみません」
「いや、助かったよ」
そう言われて思い出す。
わたしはキッとホーキンスさんを見た。
「死ぬつもりだったんですか?」
「まさか! あの高さならよほど運が悪くなければ死なないよ」
「でも、その可能性もありました!」
ホーキンスさんはふっと目を和ませた。
「幸運の女神がついているから、僕は死なないと思った。その通りになった」
ホーキンスさんの上に、いつまでも座っているのもなんなので、わたしは地面へと横にズレた。ホーキンスさんが顔をしかめた。