第493話 禍根④主役の予言
可哀想だけど、アオにだけは喋っちゃダメと言ってある。
他の子たちは好き勝手に感想を言っていて、それが魔物視点からすると人族の複雑な思いは、本気で納得できないらしく、言ってることが面白い。
どちらかというとそちらに気持ちがいってしまう。
目の前で物語が展開されていくのに……、観ているのに……、心がのらない。
舞台ではさっきのイケメンが、ちょっとふっくらしたお嬢さんに交際を願い出るが、告白しては断られている。コミカルな舞台だった。
さっきの人がジェインズ・ホーキンスだったのか。イケメンだけど、全ての人を魅了するとは言い過ぎなのでは。そんな意地の悪いことも思ったりした。
ふと笑いそうになって、暗い思いが降りてくる。
悪いことをした自覚があったり、傷つけようと選んだ言葉を言っていたのだったらよかった。そうしたら、その悪いことをしなければいい。傷つく言葉を使わなければいい。
でも、良かれと思ってしたことが、誰かを傷つけた場合。今考えても、同じ状況と人だったら、同じことしかできない。そんなわたしは、どうすればいいんだろう? それはもう、わたしの普通の行動が、先輩を傷つけるということだ。
嫌がらせをしたヤーガンさまより、わたしのとった行動の方が傷つけたなんて。
わたしの行動が先輩を傷つけるというなら、距離をおくべきだろう。
わたしはD組を去るべきなんだろう。そうするべきなのに、決めたくなくて、何度も思い出したり、迷うのはそうしたくないからだ。
わたしはD組が好きだ。ドーン寮の人たちを好きだ。でも、わたしがいると均衡を崩す。わたしはいるべきじゃないんだ……。……本当に居てはいけないの?
なぜ、こんなことになったのだろう。
掃除はともかく、あの食事は辛かった。だからなんとかしたかった。
寄付金も、学園祭で集められると思った。それがいけなかったのかな?
貴族だったら貴族らしく、わたしがこんな暮らしが嫌と、学園に訴えるなりなんなりして、お金にものを言わせたり、肩代わりするなりして、親の力を借りて強制的に暮らせる状態に持っていけばよかったのかな?
でも、わたし、それは嫌だったんだよ。自分たちの暮らすところだから。自分の力で、できることでなんとかしたかった。そうした結果が人を傷つけて……。
7年前と同じなのかな?
貴族として中途半端だから、ガネット先輩を傷つけたのかな?
だって、貴族の中の貴族であるヤーガンさまは、わたしから見たらガネット先輩を傷つけているのに、そこはまた違う痛みみたいだから。
多分、何よりもわたしはそこが引っかかったんだと思う。
わたしが貴族として対応して、寮をなんとかしていたら、また違った?
D組の信用を得られなかっただろうし、仲良くなれなかったかもしれないけど、権力にものを言わせて体制だけ整えれば、先輩を傷つけることは回避できた?
わたしがちゃんとした貴族ではないから? 身分をはっきり意識して行動していればこんなことにならなかった?
拍手が巻き起こり、舞台は終わっていた。
劇場を出ると、主役のホーキンスさんが待ち構えていた。
「お嬢ちゃん、舞台はどうだった?」
ええ? ちゃんと見てないというのが本当のところで、わたしは小さい声で告げた。
「……オモシロかったです」
そう言って頭を下げ、通り抜けようと思うと、腕を取られてビクつく。
揺れたバッグを押さえた。
「嘘はよくないな。とてもつまらなそうだったよ。僕の演技がまだまだってことだね。お詫びに、ジュースでもどう?」
ジェインズ・ホーキンスさんはわたしを引っ張る。
振り払わなかったのは、出演者に対して、ちゃんと見ていなかった罪悪感があったから。
並んだのはジュースの屋台。人気店らしく、買う人の列ができている。ジェインズさん!と黄色い声が飛ぶ。
「デート中だから、今はそっとしておいてね」
お嬢さんたちも、相手が子供だからだろうヤキモキすることもなく、愛想よく返事をしている。
グレーンのジュースを奢ってもらった。お礼を言っていただく。
「あ、おいしい」
グレーンの味にうるさくなっている、わたしが唸るおいしさだ。
「だろ? このあたりでは一番おいしいんだ」
ジェインズ・ホーキンスさんは聞いてもいないのに、興行でここにきてから、食べ物系のお店は行き尽くしているんだと胸を張った。
明日はもっといい演技を見せるから、明日もぜひ見にきて欲しいとチケットを出す。わたしは断った。
きっとどんなに素晴らしいものを見ても、わたしの気分のせいで心が晴れないだけだから、と。こんな状態で舞台を見てごめんなさいと謝る。
一生懸命演じている人に失礼だった。
「なんていうか、君は子供らしくない子供だね」
ホーキンスさんは微笑んだ。
「じゃあさ、その君を曇らせている、その悩みを話してみない? 話すだけでも気が晴れることもあるよ」
舞台をいい加減にみた罪悪感があったので、わたしは理由を口にする。
「2日後までに決めなくちゃいけないことがあるんです。わたしがしたい方を選ぶと、わたしが存在することである人を傷つけます。傷つけないようにわたしが離れることを選ぶ。きっとその方がいいんです。わたしもそうなればそうなったで、新たな場所でうまくやっていけるとも思うし、そうしたらわたしのすることで傷つけることはないし。……7年前もわたしはそうやって、線引きする方を選んだんです。こう選ぶのはこれが最後と心に決めて。線引きしなくちゃ何も守れない自分をいつも省みろと思いながら。成長できたと思っていたのに、全然そんなことなかった。基本は変わってなかった。また、同じことで悩んでる」
涙が滲んだのを感じて、わたしは慌てて下を向いた。
「……さっきの舞台、僕の役のマークはね、120分の舞台の中で56回振られるんだ」
めげない人だなーと思っていたんだけど、56回も振られたんだ、それはそれで凄い。っていうか、ほぼ2分に1回振られてたんだ……振られてたかもしれない……。
「最初に話があった時、僕は団長にそんな役は嫌だって言ったんだ。だって一途って言えば聞こえはいいけど、56回だよ? 相手の気持ちはそうそう変わるものではない。それなのに56回も! また振られるってわかってて告白するなんて、馬鹿げてるって思ったんだ」
ホーキンスさんの言ってることの方がわかるなーと思って、彼を見上げた。
「でもね、それだけじゃなかった。僕は56回振られる話かと思ったけれど、56個の嫌なところを突きつけられて、57個目でマークのいいところを見つける物語だったんだ。僕は一度も同じ振られ方をしていないんだよ。明日はぜひそこを見にきて。でもそれよりもっとすごいのは女優さんだよ。56回、どれも違う感情でマークを振るんだ」
そう聞くとちょっと興味は出てきたものの、明日もそれを見にくるような気持ちにはなれそうになかったのでお断りした。が、明日が王都の最終上演で、自分でいうのも何だけど、かなり貴重なチケットなんだよと言葉巧みにいいつのり、いつの間にかチケットを受け取っていて……。
最後に彼はウインクした。
「君は絶対、明日観に来てくれる。待ってるよ」
と、言われてしまった。




