第491話 禍根②悠長な人族
わたしのしてきたことはガネット先輩を追い詰めていた。
そりゃぁ、ないよって言いたくなる。
結局、わたしのしてきたことは何だったんだろう?
ガネット先輩を追い詰めただけ?
昨日の蒼白なガネット先輩が思い浮かぶ。
わたしを心配して、ヤーガンさまに嫌がらせをされなかった?って思いも、されなかったと安心したとたん、なんで自分と違う? って思ったのかな? その違いは自分に非があるって思ったのかな? あそこにいると、わたしがいるだけで、ガネット先輩を思い詰めさせるのかな?
「……D組に残るかどうかは、わたしが決めていいんですか?」
「ああ、残る場合は、必要以上にガネットに関わろうとしないでくれればいい。シュタイン自身を守るためだ」
「……3日、考える時間をください」
「あ……ああ」
面食らったような顔をしている。
一呼吸おいて、願い出ようとして、やっぱり決定事項として伝えることにする。
「……明日から3日、学園を休ませていただきます」
「家に帰るのか?」
「いえ、寮の部屋に籠もります。風邪ということにしてください。食料も持っていますので、心配したり、見にきたりしなくて結構です。ドアを叩かれても返事はしません」
もふさまが、顔を上げてわたしを見る。
「シュタインに何か起こっていないか見守る必要があるから、それは聞けないな」
「先生、わたし今の話で衝撃を受けました。今、何も考えたくないくらいにです。ドーンと落ち込むのは1日後ぐらいだと思います。わたしその姿を誰にも見られたくないんです」
「落ち込んでいる君を一人にしたくない。医院で過ごすか? 誰も君を知らない。専門の先生がいるだけだ」
「寮の自室で十分です。先生、本当にひとりでいたいだけなんです。何かあったら、お遣いさまに助けを求めます」
「……夜の9時に、寮母に安否を確かめさせる。ドア越しでいい、声を聞かせてくれ」
それぐらいの譲歩は必要か。
「……わかりました」
3人とも、ほっとした顔になった。
応接室を出て、重たい息をつく。
『リディア、大丈夫か?』
『部屋に籠ってどうするんだ?』
『遊ぶの?』
『遊べるの?』
「リディア、大丈夫でちか?」
『人族とは、複雑ですねぇ』
「今は大丈夫だけど、ずっと大丈夫かはわからない。だから、籠るの」
小さい声で告げ、歩き出す。
クラブ活動の終わりの時間だからか、生徒が行き交っている。
見覚えのある後ろ姿。でも、運動着を着ているので、一瞬戸惑った。
「クラリベル?」
声をかけてみると、重たそうな箱を持ってヨタヨタ運んでいるクラリベルが振り返った。
「リディア」
ガラガラ声で名を呼ばれた。
「どうしたの、その声?」
「発声練習でコレよ。風邪とかじゃないから」
ああ、風邪っぴき予定はわたしの方だっけと思うと、なんか意味もなく笑いたくなる。それを隠すように、わたしは尋ねた。
「なぁに、それ?」
重たそうな箱だから。
「クラブの道具。陰干ししていたのを、備品室に戻しに行くの。え、いいよ、重たいし」
わたしも横から箱を持つ。
「じゃあ、余計に手がいるじゃない」
と、中を覗き込んでギョッとする。クラリベルが慌てて言った。
「ウィッグよ。劇で使うの。といっても本番でしか使わないから、こうして時々手入れをするのよ」
「へー」
「新入生は基礎訓練と雑用ばっかり。嫌になっちゃうわ」
演劇部も上下の慣しが根強く残っているみたいだ。
備品室には演劇部用の棚があった。持ってきた箱を置き、そして彼女は奥にあった箱を取り出す。
「なぁに? 今度はそれを持ち帰るの?」
「ううん、捨てとけって。古いし汚いから。ゴミ捨て場に持ってくの」
クラリベルはいいと言ったんだけど、ついでとゴミ捨て場にも一緒に向かった。
ゴミ捨て場が見えた時に、後ろから声がかかる。
「クラリベル、集合時間だよ!」
「ゴミを捨てたら、すぐに行く」
「わかった」
あっという間に駆けていった。
「クラリベル、わたし捨てとくよ」
「え? いいよ、それはさすがに悪いもん」
「先輩うるさいんでしょ? 行きなよ」
「いいの?」
「うん」
「ありがと! 恩に着る」
わたしとゴミ捨て場を見比べたけれど、すぐ近くということもあり、わたしにもう一度お礼を言って駆けて行った。
さてさて。
何を捨てるんだろうと箱を覗き込むと、ウィッグに手袋に、扇子みたいのも入っている。
そのうちのひとつのウィッグがサラサラの赤毛だった。なかなか素敵。わたしの髪はゆるーくウェーブがあるので、そうなるとストレートは憧れだ。陰干を怠ったのか微かに嫌な匂いがした。手入れをすれば、まだ使えそうなのに。
クリーンをかけてみる。艶々の見事な毛に見える。
まだ十分使えそうね。
捨てるんだもん、もらってもいいかな。
わたしは周りを見てから、収納ポケットにしまい、箱をゴミ捨て場に置いた。
では、これから部屋で篭城しますか。
わたしは呑気に見えるように、大きく伸びをした。
寮に帰って、ローマンおばあちゃんに、先生たちから連絡があると思うけどと切り出すと、聞いていますと、心配そうにわたしを見た。
ドア越しに返事をする約束をして、わたしは階段をあがった。
わたしは風邪と診断され、みんなには感染ると困るから部屋には行かないようにと注意が行くはずだ。
お風呂に入り、部屋着に着替え、ラグの上にみんなのご飯を並べる。
『リディア、どうするのだ?』
「どうも、しないよ。今は考えたくないだけ。3日後には、クラスを替わるか、ガネット先輩に関わらないようにしないか決めないとだけど」
今日ぐらいは何も考えなくていいよね、という言葉を飲み込む。
ご飯を食べてもらいながら質問する。
「みんなは落ち込んだ時って何をする?」
『我らは省みたりしない。全力で挑み、勝ったから、こうして生きている。それだけだ』
レオが背筋を伸ばして言った。今の姿はちっちゃくてかわいいけど、さすが海の王者・シードラゴンだ。
そっか、そうだね。あったことをぐちゃぐちゃ考えて、次の行動を引き延ばすなんて悠長なことをしているのは人族ぐらいかもしれない。




