第49話 調味料
本日投稿する2/2話目です。
起きた時、ちょうど次の調味料店についたところだった。わたしはおろしてもらって、お店の中に駆け寄る。カメがいっぱいある!
お店の人は子供が駆け寄ってきたから、用心している。そうだよね、激突されてカメを割られたりしたら大損害だ。わたしたち以外、お客さんはいなかった。なんとなく流行ってない印象だ。
「味、みること、できますか?」
挨拶をしてから尋ねると、ご主人は小さなお皿を持ってきた。
カメの上には、〝ジョウユ〟〝ミソン〟〝ビンネ〟と札が立っている。
「どれを試されますか?」
「全部、お願い、します」
「全部、ですか? お嬢ちゃんにはちょっと味が濃いかと」
「ジョウユ、黒っぽいの、です、ね?」
逸る気持ちが抑えられない。
ご主人が蓋を開けると、この香り! 醤油だ!
オタマで小皿に取ってくれたものを小指にちょんとつけていただく。
あー、この味よ。お刺身につけて食べたい!
父さまたちもわたしの真似をして小指につけて舐めている。
次は味噌で、深い味わいある味噌だ。そしてお酢!
思った通り、醤油に、味噌に、お酢だ。
唐辛子も売ってるし、辛ミソンってコチュジャンじゃん。
この実は? 尋ねると擦って使う辛いものだという。辛子っぽいね。
ウハウハだ! 全種類大量に購入させていただきましたよ。馬車で来たと言うと、馬車の預かり所まで届けてくれるとのことだ。お店の名前は〝ハリーの店〟。贔屓にするよ、よろしくね。
まだ明るいが、もう帰る時間だという。どうしても、ちょっとでいいから魔道具屋をみたいと駄々をこねた。兄さまたちが応援してくれて、ほんのちょっぴりだけ見ていいことになった。
大きなお店だ。ボタリアの魔道具店・イダボア支部らしい。
店には細長いテーブルが並べられ、その上に魔道具が置かれていた。名前と簡単な説明が書いてある。
一番手前にあったのは〝着火〟という魔具。棒にボタンがついていて、ボタンを押すと先から火が出るらしい。シリーズで、水、風の出るものがある。属性を持たない人が欲しいものかもしれない。懐中電灯のような持ち運びタイプの明かりから、スタンド型のもの。持ち運びコンロなど、様々なものがあった。それぞれ魔石がエネルギーとして使われていて、魔石も売られていた。
「目当てのものはあったか?」
父さまに聞かれて、微かに首を横に振る。
欲しいというより、合わせ技のものがあるかを知りたかった。
お湯とか、温風とか、魔法の属性を掛け合わせたものがあるかを。
でもそういうのは見あたらなかった。残念。ということはギフトで合わせ技を使ったものを作ったら目立つということだ。
わたしの魔法の属性は、水と風ということになっているから、大ぴらには他のは使わないようにしようと思っている。だから着火の魔具を買ってみることにした。3500ギルだって、たかっ。
家族にはわたし印のもっと便利な高性能なのを作るよ。
夕暮れどきになってしまった。少し急いで荷台の中にわたしも詰めこまれる。
荷を乗せ上に布を被せ、動き出す前に全ての荷物をわたしのバッグに収納した。軽いままだからか、たっぷり休んだからか、馬は軽快に走り出す。門を通って、シュタイン領に向かって走り出した。
ただ単にオープンしていたマップをしまい忘れていたのだが、ふと見て、赤の点が少し先にいくつもあることに気づいた。わたしは移動して、御者台に身を乗り出す。
「父さま、前方に敵いる」
父さまは馬車を止めた。ボードの赤の点を数える。
「父さま、私も戦えます」
「オレだって」
「おれも」
父さまと母さまが顔を見合わせる。
「どうかされましたか?」
青い点だ。後ろからやってきた白い馬に乗った金髪の、剣を背負った青年を先頭に、4人が馬に乗っている。
「どうやら、この先によくないものがいるようで」
優しげに問いかけてきたのに、言葉を受け、キッと前を見据える眼差しは鋭い。
「私は、冒険者、青のエンディオンのリーダー、ウィリアム・トウセーと申します」
貴族も冒険者やるんだ……。
「ジュレミー・シュタインです。家族と買い物にきた帰り道です」
「領主さまでしたか」
ウィリアムさんはわざわざ白馬から下りて、父さまに正式な礼をとって挨拶をした。
「ご丁寧に」
父さまも頭を下げる。
「よくないものとは、盗賊の類でしょうか?」
「おそらくそうだと思います」
馬車道だし、点は動かないから待ち伏せイメージだ。だから獣ではなく、人だと判断したんだろう。
「……どうでしょう? 私たちに護衛をお任せください」
「え?」
「辺境伯の血を継ぐ領主さまとご子息さまだけで十分かもしれませんが、奥さま、お嬢さまが一緒ですと戦いにも迷いが生じましょう。ちょうど私たちはシュタイン領に行くところだったのです。雇っていただければ光栄に存じます」
なかなかスマートな助けてくれる提案だ。
「父さま!」
お願いしちゃおうよと思いを込めて、父さまを見上げる。
「報酬は、宿の紹介と、酒を奢っていただけるとありがたいです」
父さまは母さまと目を合わせて。
「それでは、お願いいたします。妻と子供を恐ろしい目に合わせたくないのです」
ウィリアムさんは頷いて、白馬に乗った。
仲間と少し打ち合わせをし、馬車の周りにピタリとついて移動する。
御者台から母さまは荷台に移ってきて、わたしたちを抱え込んでいる。
もふさまはあくびをしている。
馬の歩みが遅くなった。馬が嘶いて、馬車がストップする。
もふさまが転がって前に行きそうになったのを兄さまが捕まえた。
わたしは母さまの胸に顔をつけた。
「なんだ、お前らは?」
問いかけられて、ウィリアムさんのふっと笑う声がする。
「そのままそっくりお返しするよ。君たちは、なんだい? 通り道を塞いで邪魔なんだけど」
「冒険者か? 護衛を雇ったなんて聞いてねーぜ」
そいつは聞き捨てならないね。誰かから命令されたみたいだ。
「……言っとくけど、Aランクだよ。掛かってくるならお相手するよ。今すぐ立ち去るなら、見逃そう」
「Aランク? そんなすごいのが、こんな田舎にいるかよ。サバ読むのも大概にしとけ」
敵の赤は6つだ。
タンと馬を降りたかのような音がして、剣を抜く音もする。
掛け声と共に戦闘が始まった。剣の擦れる音がする。兄さまたちはお互い手を取り合いながらも覗き込んでいるけれど、わたしは顔半分を母さまに押し付けていた。
状況を把握して助けになれればと思う反面、人同士が真剣でやりあっているのを見るのは怖かった。だって、血とか出たり、死んじゃうとかもあるってことだよね? それを見て受け止める覚悟は、まだわたしにない。
赤の点のひとつが、わたしたちに近寄っている!
「父さま、父さま、父さま、父さま!」
怖くて父さまを何度も呼ぶ。
後ろから荷台に入ってきた、ゴツイ男。怖がるわたしを見て、満足そうに口の端をあげた。
兄さまの背中で視界が遮られる。父さまが御者台から荷台に移ってきて、短剣を抜いた。兄さまたちの前に立つと鋭く敵にナイフを突き出し、ゴツい男はのけぞった。その踏ん張った足に、もふさまが噛みつく。
んぎゃーーーーと男の悲鳴があがる。冒険者のメンバーのひとりがそんなゴツい男の服を引っ張って荷台からおっことした。そして素早く何かをして、男は静かになった。紺色の点になる。
もう大丈夫、怖くないと思っても、涙は止まらない。
「リー大丈夫だよ」
アラ兄が涙を掬ってくれた時には、赤い点は全て紺色になっていた。
捕まえた人たちは、メンバーさんが、イダボアの役所に届けてくれるという。
わたしたちはシュタイン領へと帰った。
ウィリアムさんたちに宿を紹介して、彼らの馬はアンダーさんのところに預ける。わたしたちが借りていた荷馬車もお礼を言って返した。お馬さんにはありがとうと砂糖を少しだけあげた。わたしの掌をベチョベチョに舐めた。かわいい。お砂糖ありがとうと頬擦りしてきてくれたので、わたしも思い切り頬擦りした! すっごいかわいい!! そんな触れ合いをもふさまにジト目で見られていた。
トネルさんの居酒屋でご飯を食べる。席についた時に盗賊をイダボアの町に突き出してきたメンバーさんが合流した。早いね。
お礼を言って互いに紹介し合う。みんな子供好きみたいで、気軽に話しかけてくれた。
わたしが泣いたからだろう、怖がらせてごめんねと謝ってくれる。
わたしは首を横に振り、捕まえてくれてありがとうとお礼を言った。
別れる時、父さまに剣捌きが凄かったと尊敬の眼差しを向ける。それからあんなに離れたところで、敵の気配を感じるとはさすが辺境伯の血筋だとかなんとか。父さまは居心地悪そうにしていた。
買い物に行ったのに、町からは歩きで帰ると言ったからだろう。不思議がられて、家宝の収納鞄があるのですと言ったようだった。
「それにしてもシュタイン領には何をしに?」
最後に父さまは尋ねた。
「明日、領主邸に伺います。国からの依頼できました。レアワームについて、お尋ねしたく」
「……来てもらうのも申し訳ないな。明日私が町に来ます。レアワームがいたのは村と町ですから」
確かに、とわたしは思った。
「いえ、町と村にも行きますが、まずは伺います」
はっきり、きっぱり。
「わかりました。お待ちしております」
父さまはにこやかにお礼を言って、わたしを抱き上げた。