第485話 女王回避
「なんでシュタインばっかり? だって光持ちは少ないけど、他にもいるだろ。聖女さまの血ってことは王族や公爵家の血を引くってことだよな? だったら他にも公爵令嬢はいるし」
「光属性か公爵の血筋、どっちかならいる。シュタイン嬢は光属性ではないが、母君が光属性で名高いグリフィス侯爵家の出自だ。その娘となる、リディア嬢と妹君には興味と期待がかけられているのは当然だ」
貴族だけあって、オスカーも詳しかった。
「へー、お前、血筋はいいんだな」
イシュメルに〝は〟を強調された。
「それだけじゃないよ。親族は転移の権威であるクジャク公爵、芸術に秀でているライラック公爵、商業の神がついていると言われるウッド侯爵、武族と呼ばれるフォンタナ男爵、辺境伯もだな。それからさっき言った光のグリフィス侯爵家。この血筋で、光属性があり、魔力が多かったら、とんでもなかったと思うよ、引く手数多で」
アダムが補足する。
「聖女候補のように法に守られないから、争奪戦だったかもね」
オスカーが恐ろしいことを、なんでもないことのように言った。
光魔法を使えないとし、魔力を少なくした過去のわたしの判断、グッジョブ!
「お前、光属性なくてよかったな」
イシュメルがそう言ってくれた。その通りだし、そう思っていたし、イシュメルがこれ以上わたしがどっかの誰かの思惑に翻弄されないことを思って言ってくれたのは重々承知していたんだけど、でも、わたしは言っていた。
「その通りで、そう思っているから問題ないんだけど。もしわたしが光属性がないことを思い詰めていたら、追い詰めることになるから、そういうこと言うの、気をつけた方がいいよ」
イシュメルがハッとする。
「あ、そうだな。悪い」
「うーうん、わたしはなくてよかったんだけど……、人によっては傷を隠すために、なんでもないことのように自分で言ってる人もいるからね」
場がシーンとすると、ニコラスが元気に言った。
「ウッド家と君が関わりあるなんて、知らなかった! ウチの町はずいぶんウッド侯爵家に助けられているんだよ」
「ウッドおじいさまは、手広いから」
ペネロペ商会に訴えられたことも、ウッドおじいさまに相談するのがいいかもしれない。
「あなたたち、言いふらさないでよね?」
「俺たちは言うつもりはないけど……あいつが、その女王だったっけ? それにお前がなれないって伝えるんじゃないか? 仲間に」
え?
そ、それはそうかもしれない……。
そんなことが父さまや母さまの耳に入ったら……。
「わたし、至急、連絡しないといけないから、失礼するね」
もふさまに合図して去ろうとすると、前にアダムが立ちはだかった。
「なに? 急いでるんだけど」
「君、本当に純潔を奪われちゃったの?」
不意打ちにカッと顔に血がのぼった。
「……やっぱり〝女王〟回避のためなんだね」
「う、うるさい!」
なんかこの手の会話はいたたまれなくなるから嫌。
わたしはアダムを押して、その場を逃げ出した。
「真っ赤になっちゃって」
「虚勢を張ってたんだな」
「かわいいとこあんじゃん」
言いたい放題だ。
「あんたたち、覚えておきなさいよ」
わたしが負け犬的に遠吠えると、彼らは何が?と言いたげに首を傾げていた。
く、悔しい!
なんなの、人を見下して! お子ちゃまと言いたげに!
恥ずかしいーーーーーっ。もう嫌だ。
クールにいけてたのに、アダムの不意打ちで台無しだ!
『リディア、なにを荒ぶっておる? そしてどこへ行くのだ?』
「兄さまのとこ。伝達魔法で報告しないとだから」
そう言ってハッとする。え、これって兄さまに言わないとな流れ?
兄さまに、報告!?
『どうした、リディア。具合が悪いのか?』
『リディア、どうした?』
『リー、どうしたの?』
『リー、どうしちゃったの?』
『動けないのでありますか?』
「リディア、どうしたでち?」
急に座り込んだから、驚かせてしまった。
「ごめん、なんでもないんだけど、これからの苦行を思うと挫けそうになってね……」
ああ、でも、こういうのは時間を置く方がいいにくくなるのよね。
とにかく、伝達魔法の魔具が必要なんだから。
わたしは自分のほっぺを叩いて、また走り出した。
A組の男子寮のドアを叩く。出てきた執事のような格好の人に頭の天辺から足元までジロリと見られた。
「ご機嫌よう。リディア・シュタインと申します。兄の、アラン・シュタイン、ロビン・シュタインか、婚約者のフランツ・シュタイン・ランディラカをお呼び願えませんでしょうか?」
「見て参りますので、外で少々お待ちください」
ドアが開いた時と同じようにスーッと閉まって、ひとり取り残される。
「リー」
次にドアが開いて顔を覗かせたのはアラ兄だった。
「どうしたの?」
「父さまに至急報告したいことがあって、伝達魔法の魔具を借りたくて」
「ああ、そうなんだね。兄さまもロビンも、まだ学園から戻ってないんだ」
そうなのか。でもこれから学園に行き、探し回ってもすれ違う可能性が高い。
「リディーは寮に帰るよね? 兄さまが帰ったら、すぐに魔道具を持って行ってもらうよ」
そうしてもらうのがいいか。
「お願い!」
と頼むと、アラ兄の表情が緩む。
「また、厄介ごと?」
「まだわからないけど、そうなるかもしれない……」
そのこともだけど、ペネロペ商会から訴えがあがっている報告を受けたことを話し、ウッドおじいさまにも手紙を送ろうかと思っていることを話した。
「ああ、そうだね。商売のことはウッドおじいさまに相談するといいかもしれない。オレたち甘えてばかりだよな?」
「え?」
「皆さまがよくしてくれるから、甘えているけど、……それなのに黙っていることが多すぎる気がしているんだ」
アラ兄のいうことはもっともだ。
わたしたち、好意の上にあぐらをかいている状態だ。
「父さまも、悩んでいると思う……」
「知ってしまったことで、巻き込むことが怖いんだよね」
「……そうだね」
アラ兄に手を振って別れた。




