第484話 寸劇
学園も始まり、木枯らしが吹くようになり、冬が近づいてきた。
わたしは池のほとりで、もふもふ軍団に何があっても出てこないように忠告し、よくあらぬ方に目を走らせていたもふさまにも、大丈夫だからと請け負った。
そして大声で告げる。
「出てきてください。つけ回して楽しいですか? 5秒以内に出てこないなら魔法で攻撃します。すぐに学園の魔法兵が駆けつけるでしょう」
宣言してカウントダウンを始める。
「5、4、3、2」
「勘がいいね。つけ回していたわけじゃないよ。聞きたいことがあって、機会をうかがっていただけ」
新人司書のマヌカーニ先生だ。機会をうかがわないと聞けないような、聞きたいことって……。
「……なんでしょう?」
もふさまも悪いものではないとほうっておいたみたいだけど、ふと気づいた時に気配があるのは、不愉快なもので。わたしは早く解放されたい。
「君、婚約者に求められた場合のことを相談って言ってただろ? ……それで、君は無事なの?」
?
??
無事って………?
………………………………………………
!!!!!!!!
はぁ????
すんでのところで叫ばなかった。スーハースーハー息を整える。
何言ってんの、この人?
「……ものすごく私的なことだと思いますが、どうしてマヌカーニ先生が気にするんです?」
気がつくと、腕を組んで仁王立ちしていた。
自分のまぶたがピクピクしているのがわかる。
『リディア』
もふさまに、スカートの裾を引っ張られる。
「大丈夫」
と小声で言い、マヌカーニ先生から視線は外さない。
「そりゃ気になるさ。君みたいな〝女王〟になれる条件を満たした者は他にいない。お子さまを宿しているかもしれないなら、純潔でないのなら、君を推薦するのは難しくなる」
純潔って言った? なんかクラクラくる。
「……お子さまが生まれ13歳になって資格ができるまで、また待つしか道はないのか?」
お子さまって、ヲイ。
先生は自問しているようだった。
ツッコミどころ満載なんだけど! どっから突っ込めばいい?
なんでこうもいろんなのが湧いて出るの? わたしが呪い持ちだから?
今朝も領地の商いを任せているホリーさんから、伝達魔法が届いた。
ペネロペ商会がウチの商品が安全性に欠けるとして、商人ギルドを飛び越え、国の機関へと訴えたという報告だった。
エリンとノエルからは、ビリーの妹のアプリコットからの情報で、ペリーがやはりビリーにご執心で家によく行っているし、他の幼なじみたちとコンタクトをとり友好関係を広げ、そしてどうやら領主と領民の溝を作ろうとするような発言が出てきているのを聞いた。
それにも対策を立てなくちゃと思っていたのに。
「……なんだか知らないですけど、わたしも、わたしの子供も〝女王〟にはなりませんから」
怪しいしかないので、最初に拒否しておく。
マヌカーニ先生がガクッと膝をついた。
なに!? めちゃくちゃ〝寸劇〟なんですけどっ。
涙目でこちらを見上げる。
「君、1年生でしょ? 本当に致しちゃったの?」
ヲイ。
そこでわたしはハッとした。
用がある〝女王〟とは、純潔という条件なわけね。ということは、用がない者=〝純潔破棄〟しておいた方が都合がいいはずだ。誤解させておく方がいい。
わたしはにっこり笑って見せた。
「そんなこと、わざわざ言う必要があるでしょうか? 先生が思われている通りですわ」
わたしはお腹に手をあてて見せた。
……泣いた!
「淑女は、結婚前は清い体でいないとだろ?」
知るかと言いたいが、我慢だ。
滝のような涙を流している。喜劇にしか見えない。
ゴシゴシと腕で涙を拭う。
「そんなぁーーーー、なんてことだ!」
マヌカーニ先生は両手で地面を叩き、キッとわたしを見上げ、そして立ち上がり走り去っていった。
なんでこんなのが学園に紛れ込んでるんだ。これは父さまに言いつけなければ。
え?
ふと気配を感じそちらを見れば、アダムとイシュメルと、ニコラスとオスカーがいた。
4人はシンシアダンジョンに行ってから意気投合したらしい。けど。
な、なんで。なんで、ここにいる?
『小童たちが来たぞと言おうとしたんだが……』
もふさまがか細い声で言った。
「あんたたち……」
「ほんとかよ、貴族ってすげーな。お子さま体型によく……」
イシュメルの口を塞いだのはオスカーだ。もう遅いけどね。
聞かれたか。
っていうか、12歳、理解するなよ。
「いや、貴族って結婚するまで清いままっていうのに、シュタインさんやるねぇ」
ニコラスが真顔で言う。
なんでこんなこと、言われなくちゃいけないんだ?
「ま、それは置いておいて、今の誰だい? 〝女王〟って何?」
尋ねてきたアダムに答える。
「新人司書のマヌカーニ先生。女王うんぬんは知らない。ただ女王になれる条件を満たしているみたいに言われた」
だけど、気にかかることはあって……。
「ア……エンターさま、神聖国のこと、何か知ってますか?」
「神聖国? また神聖国に目をつけられたの?」
「違う、というか、何に目をつけられたのかはわからないんだけど。領地で外国から来た人が言ってたの。光属性がなくても、お遣いさまを遣わされたってことは、さすが聖なる血筋って。聖女さまの血が流れているって。神聖国を立ち上げるのに打ってつけって」
「……そりゃ厄介だね。…………でも、だからか」
「だからって?」
「文化祭の時、外国からたくさんの人が、聖女候補と君を見に来たようだよ」
「なんて言うか、シュタインさんは、ほんと災難に好かれやすいね。呪われてるんじゃない?」
ニコラスは軽口を言い、わたしを見て目を大きくした。
「冗談だよ、ごめん、本気にしないで」
いや、当たりだよ。
「聖女はわかるけど、なんでシュタインが目をつけられるんだ?」
「聖女だと王族でも国に留めちゃいけない。それがわかったら世界議会に収監されてしまうからね」
「そうなのか?」
「ああ、聖女がいる場所を選ぶんだ。他の誰かが選んではいけない」
そうなんだ。知らなかった。
「聖女や聖女候補には、だから何にもできないけど、その点、君は違う。聖女にはなれないそうだからね。君、本当に婚約していて正解だったよ。もししてなかったら……各国から行き過ぎた勧誘があったと思うよ。……国ならまだしも、神聖国は、廃れた神聖国だと君を巻き込む力はそうないだろうけど、ツワイシプ大陸が恵まれていると羨む、他大陸の神聖国を立ち上げたいと思っている人にとっては、本当に君は最適かもしれないね」
と、アダムは怖いことを言った。




