第481話 収穫祭⑪土地の売買
「父さま、父さま、別荘にルームを作ってもらっていい?」
ロビ兄が父さまに突進した。その後ろでアラ兄も顔を紅潮させている。
帰ってきて、お風呂も入りさっぱりした。食事の用意が整った部屋に父さまが入ってくると、みんな父さまにまとわりついた。わたしは動けずにいた。
わたしも父さまに打ち明けることができて、やっぱり安堵したみたい。
でもわたしのナーバスなところを、もふもふ軍団にまた見せてしまったので、くっついて離れない。重たい。
「ああ……。作る時、無理に一気にやろうとしないこと。それから父さまがいいと言うまで、ひとつの別荘にみんなで行くこと。ひとりでは決して行ってはいけないよ。それからルームで移動した時は、外にも出てはいけない、わかるね」
外に出られないとつまらないと思うのだが、ロビ兄とアラ兄はうんうん頷いている。そのうちノエルが転移のスキルを公表した時には、それぞれ別荘に行きやすくなるだろう。ノエルに運んでもらったって言えるからね。
「それから今後、領地以外では、リディーとエリンに護衛をつける」
「え? 護衛?」
エリンの頬が膨れる。
「あたし、護衛いらない。あたし、強いもの」
「フランと試合をして、フランより強くなったら、許可しよう」
「そ、それは無理よ。……じゃぁ、ノエルはどうして? ノエルだっておじさまみたいに強くはないわ」
「ノエルは転移ができる」
「あたしだって魔法が使えるわ」
「敵が何人もいたらどうする? 多い魔力を見せびらかすのか? その後はどうする? どう言い訳する?」
エリンが口ごもる。
「外国からエリンの縁談がひっきりなしにくる。シュタイン領が栄えているから興味をもたれたのかと思ったが、それだけではないらしい。どうやらお前たちの血筋、公爵家の血をひいているから、聖女さまの血統、そうして祭り上げたいと思っているようだ。〝神聖国〟が絡み、ユオブリア、ツワイシプ大陸を妬んでいる輩には、神聖国を立ち上げるいい機会だと思うものが現れるかもしれない。父さまはそれを心配している」
「そ、そんなこと言うやつがいるの?」
ロビ兄がすんごい顔をしている。
「エリン、ダメだ。絶対に護衛をつけなくちゃ」
「ロビン兄さままで」
「人は集まると怖いんだぞ。よくないことってわかっていても、集団心理で悪いことも、いいことだと思い込もうとする性質があるんだ。そんな気持ちに乗っ取られた人は本当に恐ろしいんだ」
ロビ兄はこういう時、わたしたちに味方してくれることが多いので、そのロビ兄がそう言うなんてってことで、妙に説得力があり、エリンも護衛をつけることを納得した。
食事の時、ハンナの様子が変だったので、どうしたんだろうと思ったんだけど、そういえば、もふもふ軍団のことをハンナにも言ってなかった。エリンたちに言ったから、つい町外れの家は解禁になったと思って自由にさせていたんだけど、ハンナはぬいぐるみと思っていたのが動き出して驚いたみたい。
でもさすが家政婦の鑑! 声をあげたり、特別尋ねることもなく、ちょっとビクビクしているけれど、そういうものと飲み込んだみたいだ。
わたしが話そうとすると、「大丈夫です。このお屋敷が一般的でないのは、最初からわかってましたから」と気丈に言った。よくお皿が人数よりもずいぶん多く汚れていたことに、却って納得いったみたいだ。
食事をし、その後のお茶の席で、父さまがみんなを集めた。
父さまは最初に、クジャク公爵さまがわたしたちの後ろ盾になってくれたことを話した。エリンとノエルは目を合わせている。
「後ろ盾があると、何が違うの?」
「王族以外の、ウチより爵位の高い貴族に無理なことを言われた場合、公爵さまが対応してくださるってことだ。国内でもアラン、ロビン、ノエル、エリンへの縁談がしつこくなってきたから、皆さまに相談した」
うっとみんな顔をしかめている。
「断っても断っても、これだけしつこいと、直接お前たちに何か仕掛けてくるのではないかと危惧している。本当にみんな気をつけてくれ」
ごほんと咳払い。
「アラン、ロビン。令嬢とふたりきりにはなるなよ」
「どういうこと?」
「最初は侍女が一緒でも、侍女が席を外し〝ふたりきり〟だったと既成事実を作られたりするからな」
「きせい」
「じじつ」
アラ兄とロビ兄が乾いた声で言って、身震いした。
お、恐ろしいね。
ふたりきりになっただけで、そう言われちゃうこともあるってことね。
「さて、エリンとノエルは眠る時間だ。部屋へ行きなさい」
エリンとノエルは何か言いたそうだったけど、しおらしく頷いて母さまと出て行った。
父さまはハウスさんに頼んで皆をルームへと移動させた。
当然ながら、わたしたちは少し身構えた。
もふさまも、もふもふ軍団も、すぐに意思疎通のできる魔具に触れた。
散々念を押したから大丈夫と思うけど、未来視の件をうっかり口にしないでよと思いながら、もふもふ軍団を見遣る。
「アオたちからの報告を調べた件だ」
アオたちがテーブルの上にちょこんとお座りした。
アオたちが目をつけた人たち。魔力量が多いのに、日中どこにいるかがわからなくなる人たち。そのことが気になって、アオたちは見かけるとその人たちについて回ったらしい。彼らの会話に出てくる〝家門〟があり、もふもふ軍団はそれらの名前を覚えてきた。その中に「キートン侯爵」があったのだ。
しかもエレブ共和国の土地持ちとして!
キートン夫人はシュタイン領の小さい村で暮らしている。
現キートン侯爵である、夫人のお子さまたち一家は王都で暮らしている。
詐欺に遭い、屋敷を手放すしかないとおっしゃっていた。だから失礼だけど、お金が有り余っていたとは思えない。そう、なのに、キートン家の土地が共和国にあるのは少し不思議で、とってもとっても失礼ではあるけれど、共和国に土地をお持ちか尋ねてみることにしたのだ。
その結果……。
「キートン夫人は身に覚えのないことだそうだ。侯爵さまに連絡をとってくださったが、やはり、ご存知なかった。土地についてはクジャク公爵さまとウッドおじいさまに調べてもらったところ、キートン侯爵家の名前で本当に買われていた」
「それって、どういうこと?」
ロビ兄が早口に尋ねた。
「誰かがキートン侯爵として土地を買ったってことだ。実際支払った本人でなくとも、キートン家の所有物となる」
「それはオレだってわかる!」
アラ兄の答えに、ロビ兄がムキになって言った。
「つまり、その土地で何かあったら、キートン家が罪を被るということ」
兄さまがまとめた。
「ずいぶんきな臭い話になりましたね」
父さまを見上げた、兄さまの顔が青い。
バイエルン侯爵さまも嵌められたって、そのことを思い出したのかもしれない。
「それで、どうするの?」
アラ兄が父さまに鼻息荒く尋ねる。
「ウチがそのことに気づいたのは……事業拡大のため、外国に支店を出すのに調べたと、皆さまやキートン夫人には話した。だが、皆さまが、そう公けにするとシュタイン領を潰しにかかってくるところがありそうだから、ウッドおじいさまが商売先との会話で、気づいたことにしてくださる。キートン家にもそう話はいっている」
ウッド家は手広く、外国でも商売をしている。ウッド家も実はお子さまに恵まれなかったそうだ。若いうちに亡くなる人も多く。けれど、ウッドのおじいさまは思い切りがよかった。侯爵家を続けていくのに、いち早く養子制度を取り入れた。商売のノウハウを教え込んでは、彼らを養子にして、また世界中へと派遣している。だからウッド家の人は本当にどこにでもいて、人も多いのに、皆がおじいさまを慕っている。
「クジャク公爵さまとウッドおじいさまが、キートン家と一緒に王宮に行き、話すことになっている」
「王宮に?」
「なんて?」
「エレブ共和国のメラノ公爵家の農場で聞いたとは言えないからな、そこを調べてくれとは言えない。けれど、知らないうちにキートン家の名前で土地を買われていた。これだけでも驚くべきことだろう。ウッド家が偶然聞き及び、親交のあるキートン夫人に聞いてみたら、身に覚えがないことだった。どうして、どこの、誰が? 不安に思い、調べたいと思っている。けれど誰がやったか調べてもらうには、国からの要請が必要となる。秘密裏に動いてもらわないとだけどな。それを王宮に頼みに行く」
それからな、と父さまは声を潜めた。アオたちは土地持ちである貴族の名前を教えてくれたんだけど、その他の土地を買ったことになっていたユオブリアの貴族は皆キートン夫人と何かしらの関わりがある人だったとわかったそうだ。もっと言えばあの6年前の詐欺事件の真相解明に乗り出した人たちがターゲットになっていた。
……偶然ではないだろう。そこには思惑がある。
子供たちがコトの大きさに押しつぶされそうになっているのを感じてか、父さまが明るい声を出す。
「アオ、レオ、アリ、クイ、ベア。礼をいう。ありがとう。
みんなのおかげで、何人もの陥れられようとした人たちが助かった」
一斉にみんなの尻尾とアオのお尻が揺れたので、かわいくって笑いそうになってしまった。
『助かった? 助けた?』
『リー、嬉しい?』
わたしはもちろんと頷く。
『父さまにお礼言われた』
「役に立ったんでちね?」
「役に立ったなんてもんじゃないよ! 助けてくれて、ありがとう!」
もふもふ軍団は顔を合わせ、嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねる。
みんなもそれぞれお礼を口にした。