第480話 収穫祭⑩クール
「私、歓迎されていないようなので、失礼しますね」
ぺこりと頭を下げ、ペリーは踵を返した。
「リディアァーーーー」
ペリーが去ると、ミニーが抱きついてくる。
「ごめんね、怖がらせちゃったね」
「ううん、いつもと違ったけど、怖いわけじゃない。けど、リディア、キレッキレッだったよ」
わたしにしがみついたミニーを、ビリーが剥がしにかかる。
「ビリーも、ごめんね」
「いや、お前はそういえばいつも、何かしら巻き起こすやつだったな。俺が油断してただけだ」
何よ、その不穏なコメントは。
「で、実際何があったんだよ?」
「登録する前の商品を先に販売されたのと、ウチの商品の素材を知るために、人質をとって人にやらせて、馬車を襲撃されたの。馬車が横転して、なんとか助かったけど、本当に危なかったの」
「……ペリーがその片棒を担いでいると思っているのか?」
「わからない。けど、ウチを、領を攻撃するなら、わたしは排除する」
ビリーは視線を落とした。
「何もないことを祈るしかないな」
辛そうなビリーを、ミニーが心配そうに見ていた。
その後、串焼きを一緒に食べて、わたしたちは別れた。
わたしはペリーとのやりとりを父さまに報告しに行くと、兄さまに告げた。
兄さまも一緒に来ると言ってくれたけど、わたしは自分で言いたいと断った。
「父さま」
「収穫祭見物は、終わりか?」
町の家のお仕事部屋に入り込んでいく。
「父さま、お話があるの」
「ひとり、か?」
もふさまと、もふもふ軍団は一緒だけどね。
父さまはペンを置いて、ソファーへと来てくれた。
わたしはいくつか話すことがあると言って、話し始める。
サブサブハウスの管理人であるドロシーには、誰か部屋に近づいたら教えてくれるようお願いしてある。
まずは収穫祭であったことだ。
ハメール大国のドイト伯がエリンを孫の嫁にと考えていて、シンシアダンジョンの報告を深読みして、わたしが王室に嫁ぎ、それによってエリンの立場も向上すると思っている発言をしていたことを言いつける。
ワーウィッツ王国、ヒイロ公爵家のセイヤ君と挨拶を交わしたことも。
その後冒険者に絡まれ、風で束縛したことを話す。
次はペリーのことだ。
「ペネロペ商会が領地で支部を出すこと、父さまは聞いてるんだよね?」
「ああ、報告はあがってきた。ただ、結局あそこのやったことだと証拠はない。だから拒むことはできなかった。商業ギルドに権限があることだしな」
「それはいいんだけど、ペリーはわかっていて乗り込んできたのか、乗せられただけなのか、どちらかはわからない」
「そうだな」
わたしはペリーに宣告してきたことを告げた。
「リディー、なんてことを」
「宣言をしておいた方がいいと思ったの」
「なぜお前が、全てを被るようなことをする?」
父さまが辛そうな顔をむけてくる。
「父さま、アールの店はわたしの店。わたしが売られた喧嘩だもの、わたしが決着つけるよ」
「それで危険があったらどうする?」
「気をつける。でも、領地だったら、わたしはかなり安全だから」
もふさまは犬のようにわふっと吠える。自分もいる、と。
父さまは両手で顔を覆っている。
「……父さま」
「ん?」
顔をあげた父さまが、表情を変える。
立ち上がり、ソファーに座るわたしの目の前で膝をついた。
わたしの頬に触れる。
「どうした?」
クールに話すつもりだったのに、失敗した。
父さまの心配そうな翠の瞳に、今にも泣き出しそうなわたしが映っていた。
「エリンが観た未来視は、わたしが外国に行くものだった」
父さまの目が見開かれる。
「わたしがガゴチに嫁ぐって。兄さまは恐らくバイエルン家の子息とバレて逃げるみたい」
父さまがギュッとわたしを抱きしめた。
髪を撫でる。いつまでも。
もふさまが犬みたいにクゥーンと鳴いた。
ガサゴソ音がしていて、もふさまのリュックの中が揺れているんだろうと想像できた。
「怖かったな」
うん、怖かった。でもエリンとノエルはもっと怖かっただろう。
「帰ってきた時か。エリンとノエルと歩いて帰ってきた時に聞いたんだな?」
抱きしめられたまま、尋ねられる。
「うん。エリンとノエルは、そのことを言えなくて、そんな未来を観たのをエリンは悪いことと思っていて。ふたりはわたしたちを守ろうとしたの」
「守ろうと?」
「ノエルがクジャク家の養子になるって」
「よ、養子?」
「転移の力もわたしたちのことも、伯爵ではなく公爵になれば守れるって思ったみたい。それで、シュタイン家はわたしたちが継げばいいって言ったの。そしたらロビ兄もアラ兄もシュタイン領から離れられないからって」
「それで?」
「それでエリンが何か未来を観たんだと思ったの。わたしがシュタイン領にいないとダメなんだっていうから、わたしが他の国に行く未来を観たのだと思った。その時思い出したの。
ニアと双子が会った時、あの子たちニアにいい態度を取らなかった。その後すぐにアラ兄やロビ兄がガゴチに行くっていうから、エリンはその未来を観たのかと思っていたの。
でも、アラ兄たちじゃなくて、わたしを行かせたくなくて、その国のニアに威嚇した、でも通じると思った。
その未来はすぐか、わたしがもっと大きいか聞いた。もう少し先だって言った」
少しだけ手が緩む。
「そしてエリンがわたしに〝ガゴチにお嫁に行っちゃ嫌〟って言って、ノエルがそれを諫めた。エリンに尋ねたの。わたしは兄さまと婚約してる。その未来で兄さまはどうしているのか」
父さまがわたしの両肩を持って、顔を覗き込む。
「エリンは泣き出して。だからノエルに聞いた。よくわからないけど、悪い人だったってわかって、捕まりそうになって逃げてそのままって。わたしがガゴチの将軍の子供と結婚したって。
エリンが謝るの。泣いて謝るの。
だからね、エリンが教えてくれたから対策が立てられるって言ったの。回避できるはずって。そのために知っていることを教えてもらった」
父さまが再びわたしを胸にかき抱く。
「別の未来視で盛大な結婚式を観たみたい。だから、16歳まで後4年はあると思う。ふたりにはわたしが父さまに話すから、しばらく秘密にして欲しいってお願いしたの」
ポンポンと背中を叩かれる。
「兄さまに言う?」
父さまはわたしを胸に抱きしめ、天を仰いでいると思う。
「様子をみる。このことはしばらく秘密にしよう」
わたしは胸の中で頷いた。
父さまは安易な慰めごとを口にしなかった。根拠もなく兄さまは大丈夫だとか、きっとなんとかなるとも言わなかった。この時はそれがありがたかった。
もし言われてたら、それを本当だと思いたくて、安心したくて、根拠を問い詰めてしまっただろう。そして困らせたに違いない。
クールではいられなかったが、泣きまくっておかしなことになることもなかった。
「リディー、先ほどクジャク公爵さまがおっしゃった通り、クジャク公爵家がお前たちの後ろ盾になってくださる」
あれ、正式な話だったんだ。
「これからエリンとリディーには、領地以外で護衛をつける」
え?
「フランツぐらいに強くなれたら、護衛は考えてもいいが、今は決定事項だ」
「……わたしにも外国からの動きがあるの?」
父さまはそれには答えず、わたしの頭を撫でた。
「キートン夫人の例の件は、お茶の時、みんなに話す」
わたしは頷いた。




