第479話 収穫祭⑨宣告
「わたし、のどかわいちゃった」
「大通りへ行く道に、ジュースのお店があったよ」
ミニーが教えてくれる。
「まず、そこでもいいかしら?」
ペリーに尋ねると、彼女は頷いた。
今年の捧げられた獲物は大きかっただの、たわいのない話をして歩いた。
ジュースのお店は、オレンジジュースかグレーンジュースの二択。
わたしとミニーはオレンジで、他の人はグレーンにするそうだ。
兄さまが奢ってくれるというので、甘えることにした。
ペリーが恐縮している。
ペリーはカトレアと同い年と知った。
お店の場所を尋ねると、大通りのわりといいところに店を構えていた。そこなら自警団も目が届くところだろう。
ひとりでお店を任されるなんて凄いねと、素直な感想を述べれば、そつなくそんなことはないと言った後、話題を変える。
「それより、あんなにちっちゃかったミニーが、こんな成長していて、それにビリーと付き合っていることに驚くばかりよ」
ペリーが目を見張って言う。
ビリーとミニーが付き合っていることは知っているんだと、ちょっとほっとする。
「そりゃ6年も経ったもの、あたしだって成長するわ」
「どの辺がだ?」
頭に手を置かれ、ミニーの頬がぷぅっと膨れる。
『大丈夫だ、リディアも大きくなったぞ、多少は。大丈夫だ』
もふさま、大丈夫ってなんなの? わたしだってしっかり成長したってば。わたしの頬も膨れたかもしれない。
「ちゃんと大きくなってるもん!」
ムキになるミニー。
それに便乗するペリー。
「あの頃、かわいかったな。よちよち歩いてて。サロの後を追っかけてきてさ」
ミニーの頬が赤くなる。
ミニーはビリーと年が離れていることを気にしている。自分が幼くてビリーと釣り合わないとされることを怖がっている。そこに焦点を当てたような話向きになり、わたしは慌てた。
けれど、ビリーが一言。
「お前は、あの頃も今も、かわいいところは変わらない」
おおっ。
ミニーが真っ赤になる。トマトンみたい。
なんだ、ビリーってば、わかってるじゃないか。
そういえばあの頃。マールがビリーを好きで、ビリーはペリーが好きだったって話を聞いていたから、それ以上に思ったことはないんだけど。思い返せば、ビリーはミニーを構っていたな。サロの妹だからってこともあるんだろうけど。サロがいなくなった時、ウチに助けを求めようとしたミニーに付き合ってきたのは、ビリーとカールだった。春祭りの時や、いろんなシーンでミニーを気遣う発言をしていたビリーを思い出す。面倒見がいいからかと、特に気にしなかったけど、ひょっとして、あの頃からビリーはミニーを憎からず思っていて……。
ふたりを視界に収める。……どうだったかはわからないけど。
でも、そっか。ペリーがまだビリーを思っていたとしても。
ミニーが不安に思っても。
ビリーがしっかりしていれば、揺らぐことはないってことだね。
こりゃ一本取られた感じだ。こちらに関してはわたしがでしゃばる必要はなさそうだ。
赤くなったミニーの鼻の頭を、ビリーが指で弾いている。
ペリーを見ると、ちょっと切なそうな顔をしていた。
見ているわたしに気づいて、急いで笑みを浮かべている。
「ペリーさんはお仕事を始めてから、どれくらい経つんですか?」
「商人見習いは3年目です。今勤めているところに、半年ほど前に声をかけてもらいました」
やっぱりそんな短期間で店を任されるってのは、並大抵のことではない。シュタイン領出身ってところで目をつけられたのだとしても、仕事自体ができなければそこまで任せられたりしない。彼女は〝できる人〟なんだ。
「お店の名前はなんと言うのですか?」
素知らぬ顔で尋ねる。
「……ペネロペ商会です」
「! まぁ」
「ど、どうしたの、お嬢さま?」
ミニーを本当に驚かしてしまった。
「ペリーさんはご存知ですか? 実はウチとペネロペ商会でイザコザがありましたの」
ペリーの表情が引き締まる。
「イザコザ、ですか?」
「ええ。聞いてます?」
「初耳です」
初耳なら、災難だね。
「あの、どういったことがあったのか、お聞かせ願えますか?」
「馬車を襲撃されて、命を落とすところでした」
ビリーとミニーが息を飲む。
「ぺ、ペネロペ商会が、ですか?」
本気で驚いているように見える。
もふさまがわたしと彼女の顔を交互に見る。
「ええ」
「……そんな話は聞いたことがありません。……それが事実なら、ペネロペ商会の者が捕まったりするはずですよね? それも聞いたことがありません。それに、襲撃されるような心当たりがあったのですか? ただの商会が貴族を襲撃するなんて考えられません」
理性的な反応だ。
「もしかして、私はリディアお嬢さまに嫌われているのでしょうか? 領地でペネロペ商会が発展することを、よく思われないという宣告でしょうか?」
不安そうなふりをしているけど、彼女は堂々としている。
「今日初めて会った方を、どうして嫌うことができましょう?」
彼女はほっとした顔をした。
「けれど、後半は当たりですわ。その通りです」
彼女が息を飲む。伝わったようだ。
「お、おい」
ビリーに腕をつかまれる。
「幼なじみにこんなこと言ってごめんね。でも、わたしは決して卑怯なことはしない。そこは信じて欲しい」
「それは知ってるよ」
「ありがと。ペリーさん、安心してください。シュタイン領が警戒しているわけではありません。わたしがペネロペに不信感があるだけです」
威嚇しているのはわたしなのだと、印象づけておく。ビリーたちも聞いているから主語は大きくできないよ。広められても悪評がたつのはわたしだけだ。
「リディー」
成り行きを見守っていた兄さまが、痛ましげにわたしを呼ぶ。
「……襲撃されるような何があったんですか?」
「ペネロペはウチの商品に、ただならぬ興味があるようです」
ペリーは少し考えこむ。
「お嬢さまの考えすぎということは?」
「……時間がかかっても、事実を詳かにいたしますわ」
「ペリー、お前、その商会に入ったばかりなんだろ? そんな怪しい商会なら考えた方がいいぞ。お嬢さまは嘘をついたり、確信のないことを口にしたりしない。それに言ったことは絶対実行する」
「ビリーは……たった6年で、この領で何があったか忘れちゃったのね。懐柔されて、盲目的に信じているのね」
ペリーが目を細めた。
「……ああ、この6年、この領で暮らした者にしか、この領のことをあれこれ言われたくないね」
『ほぉー』
もふさまから感心した声があがる。
ペリーとビリーの視線が衝突した。すぐにペリーは顔を背けたけど、そこには切ない感情があった。
「お嬢さま、満足ですか? 領地にきた気に食わない商会を、仲違いから締め出すやり方ですか?」
『この娘も必死だな』
もふさまの呟きに心が傷んだ。でも、最初に伝えておこうと思った。わたしだってペリーを傷つけたくないし、傷ついて欲しくない。だけど、わたしの店や領地に害をなすなら、皆の幼なじみだろうが、前領主の悪政の被害にあったんだろうが、わたしは許すことができない。
だから、わたしと敵対しないように最初に忠告する。
「気に食わない商会を追い出すだけなら、仲違いなんて面倒な方法を取らなくても、やりようはいくらでもありますわ。けれどわたし、卑怯なことはしたくありませんの。ですから問題がない限り、わたしは何もしません。商業ギルドがペネロペ商会を領地で開くことを許可したのです。それに異も唱えません。けれど、わたしの商会や領地に害をなすのなら、わたしは許しません」
「……ペネロペ商会から、私は仕事を任されています。ここでも成果を上げるのが仕事です。ひとつだけ注意されたのは、この領地の要はたった12歳のお嬢さまだと。まさか、そんなことと思いましたけど、情報は本当だったようですね」
ペリーは微笑む。
「私は真っ当な商売しかしません」
「そうあることを、望みます」
水色の目は一歩も引かなかった。