第476話 収穫祭⑥驚きのプレゼント
皆さまが贈り物を手にしているようには見えなかった。お付きの荷物もちさんも見かけなかったし。宿においてもらってるのかな? でも従業員さんは、お茶の用意を整えた後、みんな出て行ったし。それで父さまは余計に反応していたんだと思う。
誕生日であるエリンとノエルだけならまだしも、全員とはよくしてもらい過ぎだと、こうして会えて、祝ってもらえて十分なんだと、父さまは言い募った。
父さまと皆さまの押し問答になったけれど、〝今まで何もしてやれなかったから、その分今回だけは贈りたいんだ〟という言葉で父さまが落ちた。
「子供たちだけではなく、ジュレミーお前たちも、私たちをもっと頼っておくれ。少しばかりの地位と、ジュレミーより長く生きた分だけ経験してきたことがある」
父さまは顔を下に向けた。次に頭をあげた時は、決意した表情だった。
「では、後ほど。早速になりますが、相談にのっていただきたいことがあります。ご助力いただけますでしょうか?」
皆さまは、なぜか満足そうに頷く。
「よし、承った。さて、その話は後にして、子供たちに贈り物を渡そう」
皆さまはわたしたちを見て、頬を緩ませる。物欲しそうにしてはいけない場面だとわかっていたけれど、贈り物と聞いてわたしたちはみんな胸を弾ませていたから。喜びが溢れ出ていたんだろう。
「まずはエリンだ」
公爵様が指を鳴らした。
景色が揺れて……。
転移だ。
わたしたちは見晴らしのいい丘の上の、かわいい一軒家の前にいた。
「わぁ! かわいいお家!」
目の前には、とんがり帽子のかわいい家。
「エリンはダンジョンが好きだと言っていただろう? 少し西に行ったところに中級者向けのダンジョンがある。ここは観光地でもあるから、治安もしっかりしているし、街にいけば〝お洒落〟なものが揃っておる」
そう言って、銀色の小さな鍵をエリンに渡した。
まさか。
エリンとノエル以外、わたしたち家族は息を飲んだ。
もしかして、プレゼントって家だったりしちゃうの?
……それに全員にプレゼントって言ったよね?
エリンはタタっと駆けて、ドアの鍵穴に小さな鍵を入れた。
「うわーーーーーーーー」
エリンの興奮した声が響いて、ノエルも駆け寄る。
わたしも我慢できなくなって、後ろについて行った。
かわいらしい家具で揃えられた、素敵なお家だった。
「どうだ、エリンの別荘だ。気に入ったか?」
別荘! なんてセレブだ。
別荘をポンと親戚の子供にプレゼントしちゃうの? それもウチ6人もいるんだけど……。
「うん! すっごい素敵! おじいちゃん、おばあちゃんたち、ありがとう! 大好き!」
エリンがピッカピカの笑顔でお礼を言う。
父さまと母さまは、どうしましょうと言う顔だ。だよね。
エリンに鍵をかけさせる。
次に指を鳴らすと、クラシカルな佇まいの家の前にいた。
「ノエルの別荘だ。ここは閑静だが、少し行くとドメイの街がある」
「ドメイ? ドメイって、あの王都に劣らない商品が集まってくる、あのドメイの街?」
「そうだ。ノエルは新しいものや、かわいらしいものに目がないと聞いた。お菓子も好きらしいな。王都には家があるから、王都にも影響を及ぼすというドメイの街の近くに選んだ」
渡された鍵をノエルが差し込む。
シックにまとめられているが、どれも格調高い。
「おじいさまたち、おばあさまたち。本当にいいの? 僕、すっごく嬉しい!」
ノエルは感動してプルプル手が震えていた。
「必要と思うものを最低限準備しておいたが、好きなように変えていいからな。暮らすには手狭かもしれんが、別荘だからな」
いや、十分暮らせるでしょ。
指を鳴らすと、明るい日差しが柔らかく木漏れてくる場所だった。
「ここはアラン。近くに職人街がある」
「ひょっとして、ピレナードですか?」
ウッドひいじいさまが頷く。
「やっぱり知っておったか」
「はい。仕事でお世話になった方たちが、こぞってピレナード出身だったので、興味がありました」
ここは王都の東に位置するらしい。ちなみに、エリンの別荘は王都から見てシュタイン領と同じ北方面。ノエルの別荘は東方面だそうだ。
「あの、すごく嬉しいです。ありがとうございます」
アラ兄が本当に喜んでいる。職人さんたちの仕事に興味があったんだね。
指を鳴らすと、赤土の道路だった。
目の前にはどっしり構えた家があり、でもそれより広い庭や厩舎?やそちらに目が行く。なんとなくフォンタナ家を思い起こさせる。
「ここはロビンの別荘だ。家や家具にはあまり力を入れておらん。広さだけはある」
ロビ兄は遠くの敷地まで目をやる。そして皆さまに向き直り、完璧な礼を尽くした。
「感謝します。おれ、強くなります!」
え? と思ったけど、皆さま満足そうに頷いている。
ここは王都から南に位置するようだ。
次に指を鳴らすと
「ここはフランツの別荘。去年フランツが書いた〝土地の利用活用〟の作文を読んだ。素晴らしかった。フランツは民主制のことも学んでいるようだな。ここはユオブリアではない。ツワイシプ大陸でもない。お隣のエレイブ大陸、タニカ共和国だ」
「タニカ共和国というと、世界に先立って民主制の?」
「そうだ」
兄さまの頬が色づいた。
「あ、ありがとうございます!」
兄さまがしっかりと礼を尽くす。
「私が転移で連れても来られるし、一度きたから、これからはノエルもできることが増えていくだろう」
何も唱えないところをみると、ノエルのスキルを皆さまご存知のようだ。
「さて、最後はリディアだ」
指を鳴らす。
寂しげに見えたのは、目の前の湖に日があたっていないからなのかもしれない。
「ここは王都から西に位置する西の都、カムパスの外れとなる場所だ」
おじいさまが遠くを見た。
「西の都カムパスから、放射状に主要道路が伸びて、西の街はどこにでも行ける。有名どころだとシロネスクなんかもある」
どきんと胸が鳴った。視界に母さまの眉が心配げに八の字になるのが映った。
おじいさまたちはどこまでご存知なのだろう……。
ただの偶然?
「景色も素敵です! 西の都、楽しみです。ありがとうございます」
わたしは深く感謝する。心から感謝した。
だって、これって、母さまを欺くことなく、西にも来られるってこと。
恐らくビックスやシロネスクの近くに、呪術の隠れ里はあるだろうから。
呪術のことを現地でも探れる算段がついた。
もう一度指が鳴らされると、カトレアの宿の一室に戻っていた。食後のお茶もそのままだ。
「あの、お、贈り物とは、子供たちみんなに本当に別荘を?」
父さまが青い顔で尋ねる。
「案ずるな。ジュレミーにやったわけではない、子供たちに贈ったんだ」
6個も別荘を贈るって、皆さまどれだけ太っ腹なの。しかも一つは外国だ。
大体どこの国も移住権を持っていないと土地を買えないはずだから、共和国だったんだろうけど。
それに、みんなに適したというか、興味あることを調べて入念な計らいだ。
「なんてお礼を申し上げればいいのか……」
「喜んでくれれば、それが一番私たちは嬉しいよ」
クジャクおじいさまの声に、皆さま深く頷いた。




