第473話 収穫祭③コイタさま作り
興奮したふたりを寝つかせるのに苦労した。
でもそうだよね。ドキドキすることばかりだもん。
でも双子と違った意味で、わたしもドキドキして眠れそうにない。
今まで考える時間が取れなかったんだけど。
兄さまの父さまである、バイエルン侯爵さまの無実を証明できない未来があるかもしれないってことだ……。
呪術のことや聖女のことは置いておいて、そっちだけに力を入れた方がいいのかもしれない。
父さまに、まずは相談だけど……。
でも、なんで出てくる、ガゴチ!
しかも将軍子供って……あの子が相手よね、多分。
でもなんだって、こんなに次から次へと問題が起こるんだろう……。
眠れそうにないと思っていたのに、うだうだ思いを巡らせながらもふさまの毛に顔を埋めていたら、いつの間にか眠っていたようだ。
もふさまと、もふもふ軍団に埋もれたまま目が覚める。良い朝だ。
調子にのって、もふさまのお腹に顔をぐりぐり押し付けると怒られた。
気を入れ替えてもふもふ軍団と、朝の挨拶をそれぞれにしていく。ぎゅーっと抱きついてツルッだったり、ショリッだったり、ザラッとした毛に顔を埋める。
至福の時間だ。
さて、今日は町に行って、お昼はカトレアの宿で、皆さまが双子の誕生日を祝ってくれることになっている。
ミニーんところの、収穫祭の用意を手伝うか。
わたしはざっくり予定を立てて起き上がり、大人しめのワンピースに着替えた。顔を洗ってから居間へといくと、もうみんな揃っていた。
賑やかに朝食を食べて、みんな自分の予定を話す。
わたしもミニーのところへ行って、それからお昼にカトレアの宿へいくと伝えた。双子はおめかしして、母さまと一緒に昼にカトレアの宿へ。
兄さまたちも友達の家の収穫祭の準備を手伝って、お昼には宿に合流するという。
父さまは午前中は王都の家で仕事をするそうなので、幌馬車で町の家に行くことになった。ケインは母さまたちの馬車をひく予定なので、ケインのお嫁さんのアニーに引いてもらう。
あれ? 町に近づくにつれて、微かではあるけど違和感。胸が塞がってくるというか、変な気持ちになる。
「どうした、リディー、気分が悪いの?」
馬車を止めてもらうか?と兄さまが続けて言ってくれたが、首を横に振る。
昨日はバタバタしていたから気づかなかったけど、なんか気配が気持ち悪い。
『リディア、どうした?』
もふさまが、わたしのほっぺを舐める。
「なんかよくない気配がある」
『よくない気配、か?』
「よくない気配?」
もふさまとアラ兄が同時に反応した。
「……悪意が入り込んでる」
シンシアダンジョンであの赤い木を、もふさまは〝悪しき物〟と言った。それでわたしの中で〝悪しき〟が確立した。だからわかる。この変な気持ち悪さは悪しき物が由来しているのだと。近くに、わたしの魔力が行き渡っている中のどこかに、存在している。
『シュタイン家へか?』
わたしはうーんと唸る。
「それは、わからない」
とても小さな、微かな違和感だけど、覚えのある嫌な感じだ。
もふもふ軍団も鼻をクンクンさせてくれたけど、わからないと落ち込む。
『ここはリディアの魔力が染み渡っているから、リディアが一番感じられるのだろう』
ともふさまが言った。
でも、それがどこから、誰からくるのかはわからなかった。
漂っている感じだというと、兄さまに頭を撫でられた。大丈夫というように。
わたしもそうだねと頷く。
今までこういう〝嫌な気〟は、嫌だなと思っていると時間が経つと離れていった。
だけど、これは明確な意思があると、なぜかそう思った。
せっかくの双子の誕生会だし。せっかくの年に一度の収穫祭だ。
士気を下げてはいけないと、忘れることにした。
一応、父さまには告げ、そしてそこでみんな別れ、それぞれの友達のところへと行く。
わたしはミニーの家へ。
おばさんが気づいて、ミニーを呼んでくれた。
ミニーはすぐに現れた。けれど……。
「ミニーどうしたの?」
「どうしたって何が?」
「だって、目の下、すごいくま」
ミニーは下を向き、大きなため息をついた。
ど、どうしちゃったの。
「あたし、すっごい嫌な子なの」
ええ?
「わ、わたしはミニーが大好きだけど、何があったの?」
ぐりっとわたしに視線を合わせ、抱きついてきた。
「帰ってきたの、ペリーが。あたし、みんなみたいに喜べなくて、おかえりって心から言ってあげられないの」
ペリー? 聞いたこと、あるような気がする。記憶をかすめる。なんだけど……誰だっけ?
「お嬢さまは知らない子だよ。お嬢さまたちがくる前に、領を出て行った人だから」
あ、聞いたことがある。みんなに好かれていたという、ペリーだ。
男の子たちが揃って好きだったていうマドンナ!
「ペリーと何かあったの?」
尋ねれば、ミニーは顔を横に振った。
「でも、すぐわかった。ペリーはビリーを今も好き」
あ。彼の初恋の人が現れて、彼女は今も彼を好き。
なるほど、それは心穏やかでいられないね。
「帰ってきたってことは、町に住むの?」
「うん。商会で働いているんだって。男の子たちは帰ってきたお祝いも込めて、早速ペリーの商会の物を買ってる」
「ビリーも?」
「あたしの髪留め買ってくれたんだけど……、しないでいたら気に入らなかったのかって話になって……」
あーーーー、拗れたのね。
「ミニー、わたし、ひとつだけわかることがある」
「なあに?」
「ビリーが今、誰よりも大切にしているのは、ミニーってこと」
ミニーは顔をくしゃっとさせて、再び抱きついてきた。
背中を叩く。
ビリーの初恋がペリーだったとしても、今はミニー一筋だと思うよ。だって、仲のいいわたしにやくぐらいだもの。
わたしがミニーとべったりすると、すぐ兄さまに、わたしをほっぽっておきすぎなんじゃないかって、文句言ってるの知ってるんだから。
少し落ち着いてから、ミニーの家の受け持ちは〝コイタ〟さま作りだというので、それを作るのを手伝った。少量の水を含ませた粉を捏ねて伸ばし、長方形にしてオーブンで焼く。
大昔は硬貨も四角かったんだって。その硬貨を模したものなのだ、〝コイタ〟さまは。広場に秋の実り、それから獣たちを狩って、祭壇を作りあげて祀る。コイタさまも至る所に山積みにする。
その祭壇にお酒を振って、秋の実りを感謝するのだ。野菜、果物、獣、を用意する係、祭壇を用意する係、祭儀中の見回りの係など、領地の人たちが分担している。
「お嬢さま、わかってると思うけど、砂糖入れないでね」
「何年前の話よ?」
初めての収穫祭参加の時、コイタさまを作るのに砂糖入れたんだ。後でみんなで食べられると思って。そしたら、祭儀中に虫にたかられてとんでもないことになった。あれから、収穫祭の度に言われるのだ。