第470話 火種⑨後のこと
それからガネット先輩も含めて、みんなで寮に帰った。
夕方以降、学園以外への大脱走だったので、みんな仲良くポイントを3引かれた。わたしは寮長として、次の日のお小言付き。その上、寮長会議で気を緩めないようにと言われたばかりであるのに、止めるどころか率先していたことがバレて、特別に総寮長からも自覚がなさすぎるとお叱りがあり、43分間こってり絞られた。おまけに、こんなことを二度と起こさないようにするための提案書を、次の日までに書いて提出するよう言われた。
反省だけすればいい反省文ではなくて、提案書ってところがやられたって感じだ。
寮には帰ってきているけれど、ガネット先輩はしばらく、体が本調子に戻るまで保健室で授業を受けるそうだ。そういうことにして、カウンセリングをしながら見守るってことだね。ドーン女子寮生はみんなカウンセリングを受けた。わたしも初めてのことで新鮮だった。
カウンセリングといっても、シスターとお茶を飲みながらお話をしただけだけど。今回のことに対して自分がどう思って、何を感じたのか、ひとつひとつ整理していくのは、嫌なことでなかった。
このカウンセリングの結果を受けて、収穫祭から帰ってきてから、メリヤス先生にあらましを聞き、わたしは打撃を受けることとなる。
でもこの時はまだ何も知らずに、またみんなと寮で暮らせることを、ただ喜んでいた。
先輩たちは、仲が良かった。
同じ辛いことを乗り越えた仲間だからこその絆もあると思う。
だけど、それぞれに秘めている感情はあり、今回それが露出した。
1年生はわたしの部屋によく遊びにくるようになった。宿題をみんなでやったり、特に話があるわけでなく、来てくれることも多い。
カウンセリングがあってから、なんていうか、診てもらっていて安心感もあるんだけど、同時にそんなことをしてもらうぐらいの状態だったのかな?と思うのか、どこか落ち着かない気持ちになる。
みんなで話していると、やはり自分がガネット先輩と同じことになったらという話題になりがちだった。
「私がそんな目にあってたらと思うと、叫びたくなるよ」
「わかる! でさ、同じように考えて、同じことしちゃったかも」
「うん。それで、きっと言えずにいた……」
貴族から槍玉に上がるのは簡単に想像できることだ。こんなことがいつまで繰り返されるんだろうと思ったら、〝負け〟て〝終わらせ〟たくなるのもわかると、1年生も同情的だった。
「こういうことってあるんだね」
「ねーーー」
みんな頷いている。不安なのはそこなのかもしれない。
自分だって、いつ同じようなことが起こるかはわからない。未来に〝絶対〟はないのだから。
今仲良しだけど、仲良しゆえに、こんなことも起こり得る……。そう目の前に突きつけられたことが、わたしたちは不安なのかもしれない。
「私たちも、あるのかな」
ロレッタが呟いた。
「あのさー、言いたいことは、言おう。言っちゃおう!」
「仲良くいるために、喧嘩もしよう」
「なんでも言い合おう」
周りを見て、少しばかり不安そうに言い募る。
歯に物を着せずの言い合いは怖いので、釘をさす。
「言い合う時は、思いやりを持って、優しくにしようね」
「でもさ、これも全部A組に突っ掛かられなければ、起きなかったことじゃない?」
ケイトが口を尖らせた。
「そうだけど……でもそうじゃないんだよね」
「どっちよ、ジョセフィン?」
マリンが怒る。
「どっちもよ。確かにきっかけとなったのは、吹っかけられた一連のことよ。でもそれだけのせいだったら、ガネット先輩だって、ヤーガン先輩が悪いって思えたわけでしょ。でもさ、きっかけはヤーガン先輩でも、したことも、自分の中で生まれた思いも、全部自分のもので、だからガネット先輩は辛かったし、みんなその気持ちがわかったんだよ」
「えー、何が違うの?」
「だから、もし、誰かにヤレって命令されてやったことも、どんな理由があっても、やりたくなかったことでも、やった時点で自分のしたことになるってこと」
……カークさんがまさにそうだったな、と思う。
「命令されたら、仕方ないじゃない」
マリンが口を尖らせる。
「でもさ、それじゃすまないんだよ、世の中ってのは」
「じゃあ、やりたくないこと命令されたら、どうするのよ?」
「だから、それを〝どう〟するかを考えられるようになるために、私たちは学びにきてるのよ」
「難しい。私にはよくわからないわ」
そう言ったのはアンナだ。周りの子たちは一斉に頷く。
うん、難しいよね。とっても……。
「うーーん、なんて言えばいいんだろう? だからさ、例えば2人が同じことを言われて、みんな考えることは違うと思うのよ」
みんなが眉根を寄せる。
「私が、あなたは私の言うことだけ聞いていればいいって言ったとする。マリン、あなたが言われたら、どう返す?」
「え? なんでそんなこと言われなくちゃいけないの? 絶対いうこと聞かないわ」
ジョセフィンは満足げに頷いて、キャシーを見る。
「キャシーは?」
「ええっ? ジョセフィンは頭もいいし、悪いことはしたりしないと思うもの。言うことをきくわ」
「まあ、性格とかもあるし、思うことが違うのはわかるわ。でもそれが、どう関係するの?」
ライラが首を傾げる。
「マリンのいうことも、キャシーのいうこともみんなわかるでしょ? みんなの中に素養はあるの。それが良くも悪くも発展して、その人を形作る。それが外に出て悪いこととなった時に、中にあった〝素養〟は〝火種〟と呼ばれるの」
ジョセフィンの目が暗い色を帯びた。
「わかんない!」
ブーブー文句が出た。
ジョセフィンは肩をすくめている。
ジョセフィンの言いたいことは、なんとなくわかった気がした。
わたしたちの中にはいつだって、火種になるかもしれないことがあるってこと。
火種を持つのはいつだって自分だってこと。
「だからさ、A組とのことがなくても、他の全く関係ないところで、その素養が〝火種〟になって何かしら起こったかもしれないってこと」
「〝火種〟は自分が持っているから?」
そう呟いたロレッタに、ジョセフィンは頷く。
なんとなくわかった子は視線を落とし、ピンとこない子はわからなーいと大騒ぎだ。
「ええと。よくわからないけど、きっかけを作られたのは事実なんだから、だから、年末の試験と、魔法戦、頑張ろー!」
クラリベルが手を挙げた。
「そうだよ、A組に、一泡吹かせてやろう!」
「おーーーー!」
ケイトの掛け声に、みんなも手をあげる。
「リディア、回答欄に書き込む時、気をつけてね」
え?
ウォレスはとても真剣に言っている。
「なんかリディアって、素でやりそうだよね」
メランがうんうん、頷いている。
どういうこと?
「そうなのよ。そんなポカしたとこ見たことないのに、なんでそう思っちゃうんだろう?」
ラエリンが首を傾げている。
「私、思うんだけどさー、リディアがガサツだからじゃないかな?」
はい?
「そう! お遣いさまのブラッシングはすっごく丁寧にやるのに、どうして自分の髪はちゃっちゃっとしか梳かさないの?」
え。
「髪を結ぶ時、髪の毛を取り残して、全部結べてなくても平気でいるよね?」
「そう、鏡があるのに、どうしてそうなるの?」
「そう、雑なんだよね、リディアって」
「そう! お嬢さまなのに、どうしてそうなの?」
「作るご飯もおいしいし、彩とかも考えているのに、よそう時に一気に雑になる」
「そうなのよ、そういうところが、不安になるのよ!」
「それだ! 納得いった、すっきりした」
いや、わたしはモヤモヤしてくるのだが?
「そうだ、だからなんかリディアのやることを見届けなくちゃって気になるのね」
「そうそう!」
あなたたち、本人目の前にして、よく言うね。
「ちょっと、ひどいんじゃない?」
「あら、反論できるの?」
チロンとライラに見られた。
少し思いを巡らす。……確かにそういうところもあるかもしれない。
「反論は……できない」
わたしが認めれば、みんな大笑いするのだった。
収穫祭休み前に解決してよかった。
収穫祭休みの前日、わたしはクラブを休み、王都の家に帰った。領地に転移するのに、公爵さまが来てくださるからだ。
親戚の皆さま方はシュタイン領を気に入ってくださって、月いちでカトレアの宿に泊まりに行っているそうだ。海の幸がお気に入りなので、ウチで食事をとったりもしているみたい。下の双子もかわいがってもらっていて、どこかに連れて行ってもらったりしているようだ。