表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【コミカライズ決定】プラス的 異世界の過ごし方  作者: kyo
12章 人間模様、恋模様
469/1134

第469話 火種⑧何をしなかったのか

 次の日、夕方寮に帰り、ローマンおばあちゃんから報告を受けて、鞄を落とした。身を翻すと、リズ先輩に言われる。


「どこ、行くのよ?」


「……会いに」


「やめなさい。ガネットは私たちを見るのが辛いの。だから、家を選んだの!」


「そういうことにすれば、会わずに、自分は傷つかずにすみますよね? でもそれ、逃げてるだけですよ」


 リズ先輩の顔が赤くなって、わたしに向かってくる。

 手を振り上げて。

 あ。間一髪でシールドを解いた。パーンと小気味いい音がわたしの頬で鳴る。

 あ、という顔をして、自分の赤くなった掌をリズ先輩は見ている。

 もふさまも、わたしを見上げた。


「向き合う相手、間違ってますよ」


「リ、リディア、大丈夫?」


 ダリアに頷く。けっこう痛かったけど。

 いつもシールドに守られているから、こういう痛みは久しぶりだ。


「ガネットは決めたら覆さないわ。今から何を言ったって無駄よ」


「そうやってここで手を離したら、永遠に会えませんよ? 次に会う約束ぐらい取り付けておかないとでしょう?」


 先輩たちは泣きそうなのを我慢している顔だ。迷い子みたいな表情。


「光魔法でも治せないものがあります。……心の傷。光の使い手だって、魔法で心の傷は治せない。けど、人の思いだけがそれを癒せるんです」


「どうしたら、ガネットを癒せるのよ?」


「わかりません」


「わかりません?」


 リズ先輩は、わからないくせに、じゃあなんでそんな話をしたのよと言いたげだ。


「わからないから。わからなければ、今の精一杯でぶつかるしかないでしょう? わからないなら、知らないなら、今ある自分の知識やら経験を総動員して、やれることを、思うことを精一杯するしかないでしょう? それ以外に方法あります?」


 なんだってそうだよ。いつだって正しい対処法というのがわかるものなら、解決方法というのが決まっているなら、いい。それをすればいいんだから。

 でもわからなかったら、知らなかったら、今ある自分の精一杯のことをするしかないじゃないか。


「ほら、行きますよ。帰ってくる日を聞かなくちゃ」


 大股で歩き出すと、泣きながらも、みんなついてきている。

 わたしはズルをしてもふさまに大きくなってもらって、背中に乗る。学園へ。ガネット先輩のいるところへ導いてもらう。



「ガネットは、休園することになりました。家で療養すると」


 ローマンおばあちゃんの声が蘇る。


 後ろを向くと、みんなすぐ後ろを走ってついてきていた。


『リディア、迷い子は学園から出たようだ』


 多分もふさま、聖樹さまとコンタクトをとった。

 ……帰るとしたら転移門か。


「転移門に向かったみたいです。先に行って引き留めます」


 わたしは首だけ後ろに向かって言って、もふさまに早く走ってもらった。

 

『あれだ』


 保健医の神官の魔力を感じるそうだ。メリヤス先生が付き添いなんだろう。

 その馬車に並走してもらって、ガネット先輩を呼んだ。

 というか、もふさまに乗って走っているわけだから、馭者さんたちには、わたしが見えているわけで。

 ガネット先輩が乗っている馬車は止められた。


 メリヤス先生が降りてくる。


「シュタインさん、何事ですか?」


「挨拶をさせてください」


 先生はわたしの正面で、膝に手を置いて少し屈む。


「ガネットさんは体調が悪いんです。今はそっと……」


 馬車のドアが開いた。


「ガネットさん?」


「挨拶、します」


 ガネット先輩がよろよろと降りてきた。

 その憔悴ぶりにわたしは息を呑んだ。

 目の下のくまもだけど、頬がげっそりしている。目だけがぎょろっと目立つ。

 たった1日でこんなに……。


「シュタインさん、私、具合が悪くて……」


「ガネット!」


 叫ぶような呼びかけに、先輩が後ろをみた。

 制服姿のドーン寮生が、次々と到着する。みんな肩で息をして、まだ話せない。


「……みんな……」


 リズ先輩が、ガネット先輩の両肩を掴んだ。


「……あんた、……逃げるの?」


 荒い息の合間に言葉を紡ぐ。

 ガネット先輩の顔がくしゃっとした。


「……どうしていいか、わからなくなっちゃった」


 ガバッとリズ先輩が、ガネット先輩に抱きついた。


「言うなって、止めてごめん。私を叩いて!」


「リズは私のためを思って止めてくれたの、知ってるよ」


「ガネットのためじゃない。私たち、知ってたの、とっくに。最初から知ってた。でも、何も言えないから黙っていただけ。それをガネットに知られたら嫌われると思ったから止めたの!」


「え? 知ってた?」


「私たち5年も一緒にいるのよ? ガネットの成績だって知ってるわ。よりによってあの時の試験でのあの点数、なんでわからないと思うの?」


 ガネット先輩の顔が歪んだ。


「ご、ごめんなさい。私、あの時」


 口元に添えられた手がブルブル震えている。


「ガネット、言わ……」


 止めようとしたリズ先輩をわたしは止めた。首を横に振ると、リズ先輩も泣き出しそうになっている。


「わざと、答えをずらして書いたの。負けた……勝負の差は5点だった。あの時、私があんなことをしなければ、みんな大変な思いをすることはなかった!」


 ボロボロと涙が溢れている。


「……なんで、そんなことしたんですか?」


 4年生のリコ先輩が静かに尋ねた。


「辛かったの。勝ったら、また寮長会議で槍玉にあがると思って。それなら負けて従えば、許されると思った」


「……私も同じことをしたと思います」


 リコ先輩がそう言えば。


「私だったらもっと前に挫けてます」

「手が出てたかも」


 いくつもの意見が飛び出す。


「ごめん、ごめんなさい」


 ガネット先輩が崩れて、地面に膝をつく。


「先輩が謝るなら、私も謝らなきゃです。私、知ってました。会議で辛くなっているのも、いろんなことにガネット先輩が耐えているの知ってました。でも私が寮長を代わる勇気はなかった。怖くて、できなかった。だから、見て見ぬふりしてました。ごめんなさい」


 代わる代わる懺悔が続く。

 そうだよね。一緒の学園に通い、一緒の寮に住んでいる。

 ガネット先輩がどんな目にあっていたか、みんな知っていた。

 シヴァルリィ寮長であるカラ先輩だけじゃない、渦中のドーン寮のみんなこそ辛かったに違いない。ガネット先輩を見ているのも、何もできない自分も。


「ガネット先輩、私たちの謝罪を受け入れてくれますか?」


 リコ先輩が不安そうに聞いた。


「受け入れるも何も、あなたたちが謝るような……」


「謝罪を受け入れてくれますか?」


 強い調子でガネット先輩の言葉を遮る。

 ガネット先輩は頷いた。


「……受け入れます。許します」


「ガネット先輩、私たちも、ガネット先輩のしたことを許します」


 ガネット先輩が〝無〟表情になる。それから目と口のあたりが揺れて、涙が溢れた。

 リズ先輩が再びガネット先輩を抱きしめた。

 今度はガネット先輩の手がリズ先輩の背中に回って、ぎゅーっとした。


 ああ、もう大丈夫だ。そう思えた。

 あ、ここ、普通の道だった!

 あれ、薄い幕に覆われている?


『その神官が魔力を使った。外から干渉されにくくなっているようだ』


 わたしの〝路傍の石〟と同じような、神力なのだろう。

 みんな泣きまくったので目が真っ赤だ。

 ふたりが手を解いて、顔を見て、ぐちゃぐちゃの顔で笑った。


「……メリヤス先生」


 ガネット先輩は、先生を振り返った。


「私、寮に帰りたいです。だめでしょうか?」


「あなたが望むなら、そうするのが一番いいでしょう」


 わたしたちはその言葉で湧きあがり、慌ててお互い静かにするように制しあった。

 メリヤス先生の路傍の石が解かれて、周りの目があることに気づいたからだ。

 でも薄暗いから、制服の女の子たちがいっぱい何してんだ? って感じだったけどね。うん、この時間でよかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ