第464話 火種③遭遇
なんかガックリきちゃったなぁ。
本当のところ、ヤーガンさまが平民をそこまで毛嫌いしていたわけじゃないと知れたことは、多分いいことのはずなのに。
恋とか愛とか、非常に厄介になることも知っている。
わたしも恋愛ごとでめちゃくちゃになり、思考回路も行動も大変乱れたのは、まだ記憶に新しい。
カラ先輩が、辛く当たってしまう気持ちもわかると言っていたこともわかるのだ。
もちろん、そうだとしてもヤーガンさまのしたことはよくないと思うけど……。
なんだけどね、でもそれがさー、あのチャド・リームに向かっていた思いだと思うと、なんか〝ケッ〟って言いたくなってしまう。
『リディア、心を鎮めろ』
『そうだよ。水を見るといいんだろ?』
そう、落ち着けると思って池にきたのだが、なぜだか突っかかってきたチャド・リームの顔が頭に浮かんで舌打ちをしてしまう。
「リディア、いらいらしてるでち」
「考えを他のことにしたいから、またグレーン畑の話して」
わたしは強請った。もふもふ軍団が共和国から帰ってきて何度もしてくれた話を。
もふもふ軍団は兄さまのお父さまがエレブ共和国にて持っていた土地、グレーン農場の偵察に行ってくれていた。いうなればその農場が他国に情報を受け渡す場所の隠れ蓑と思われ、持ち出し禁止に当たる地図の切れ端があり、国家機密漏洩の容疑者として、兄さまのお父上であるバイエルン侯爵が捕らえられた。その土地は国がとりあげ、そして現在メラノ公爵家の持ち物である。
その農場に怪しいところはないか、人の出入り、目に入るもの、聞こえること、できる限りの情報を手にするために赴いてくれた。
3カ月近く、もふもふ軍団はグレーン農場にこもってくれた。
ちょうど収穫の時を迎えて、グレーンが鈴なりだったそうだ。それを持ち帰ってくれて、わたしたちもいただいたけど、渋みの少ないグレーンだった。
お酒にしないグレーンも育てているようで、そっちの甘いのはとても好みだ。すでにミラーダンジョンに植えて、グレーン食べ放題となっている。
農場にはいつも人が溢れていたそうだ。
グレーン酒を寝かせている倉庫?が永遠かと思えるほど続いていて、何十年ものというのもあって、それも売れているらしい。
50年ものと、30年ものと、10年ものと、5年もの。2年ものと去年の。それからその農場で作っている数々のものを、もふもふ軍団は持ち帰ってきた。
ひょっとしなくても、これは泥棒?と青くなったけど、ミラーダンジョンで出た、金塊と宝石を置いてきたから大丈夫と胸を張っていた。でも、向こうは泥棒って思うよね、金塊や宝石が置いてあったって。っていうか誰かが入ったって大問題になっているのでは?
これについては深く考えないことにした。だってウチの子たちがやりましたっていうわけにもいかないし……。
ただ、30年ものや50年ものは、兄さまのお父さまが農園をやっていた頃のものを引き継いだと思われるので、これは兄さまが持っているべきだってみんな思ったみたいで、兄さまに渡された。
ところで。初めて知ったのだけど、もふもふ軍団は人を顔で見分けるのは得意でないらしい。長く一緒にいれば別だけど。じゃあ、どうやって?と言うと、魔力とか瘴気とかそういう部分で人を区別しているみたい。だから魔力が特に多いとか、少ないとか。瘴気が多いとか少ないとか。念を出しているとか。そういうのが特化している人は覚えやすいそうだ。
で、農場には本当にいっぱいの人が来るんだけど、その覚えられた人たちが、農場で働いているところでは見かけなかったそうだ。
グレーン畑、果樹園? で収穫の仕事も、お酒をしこむそれぞれの過程でも、次に植えていく畑の準備をしている人たちの中にもね。
それで変だなと思って確かめたら、地下にも部屋があって魔力が多い人や瘴気が多い人は、そこに詰めていると突き止めたそうだ。でも地下には入っていける隙がなくて、それ以上のことはわからなかった。
その突き止め方も無茶をしていた。
レオが子供ドラゴンの大きさになって、畑に降り立ったという。魔力の多い人たちが階段を登って地下から総出で出てきた。それで地下で何かやってるってわかったんだそうだ。攻撃されなかったのか聞いたところ、される前に飛んで、小さくなってまた戻ったという。ふぅ。怪我をしなくてよかったよ。
と、あとおかしな話を聞いたんだけど、それは今調べている。
わたしのお気に入りは、グレーン畑の様子だ。
味のいい実がなるように、水をあげながら優しい声で歌うのだそうだ。
『夜が明ける時、魔物の寝息みたいな音が聞こえる』
『ズーズーって』
「山の谷間から朝日が昇ってくるでち」
『グレーンについた朝露が日の光を反射して、それはきれいなのですよ』
『日が渡ってくると、並んだ家から女の人たちがいっぱい出てくる』
『みんなで歌を歌いながら水を撒くんだ』
『眠れ坊や もう少しもう少しだけ 母に抱かれて眠るといい
あまーくおなり すっぱくおなり すっぱいダメだ 渋いのもダメだ
あまーくなって 大きくなって おいしいグレーンになっておくれ』
明け方は風が強いことが多いらしく、風が闇を振り払っているように感じるそうだ。朝は鈴なりのグレーンに朝露が日の光を反射する。
日が渡ってくると、女の人たちが出てきて、歌を歌いながらお水を撒く。
外国の農園の様子が目に浮かんでくるようだ。
もふもふ軍団はというか魔物は、高位になってくると人の言葉がわかるらしい。〝言葉〟とは正しい定義ではないかもしれない。だって、彼らはユオブリアの言葉も外国語も関係なく〝わかる〟みたいだから。
違う言語も同じように理解するのに、ユオブリアの人、エレブ共和国の人と、そうじゃない人がいたっていうから、それまた意味がわからないんだけど。言葉で区別しているわけじゃなく、見かけで区別するわけじゃなく……なのに、なんで人の属している国がわかるんだろう???
アオたちがぬいぐるみ防御をかけて転がった。
探索を出すと黄色い点。知り合い?
かき集めて、もふさまのリュックに仕舞い込む。
「リディア嬢、久しぶりだね」
「ジェイお兄さん!」
わたしは隣の人に気づいて顔をしかめた。
彼は二度ほど咳払いをする。
「ご機嫌よう、リディア嬢」
「ご機嫌よう」
全く〝噂をすると影〟とはよく言ったものだ。
まさか、チャド・リームと遭遇するとは……。