第456話 シンシアダンジョン③溢れ
「子供たち、脱出しろ!」
父さまが魔物と戦いながら叫んだ。
「脱出口まで援護する」
フォンタナ家の第1隊長のジョインさんとキースさんがわたしたちを見た。
兄さまの班が一陣だ。次がビクトンの班。そして、アラ兄の班。わたしの班で、ロビ兄の班だ。
鍾乳洞タイプの5階を現在地のセーフティースペースから、斜めに突っ切ったところが脱出口だ。真ん中には数えるのは鬱陶しい量の魔物がいる。
溢れだとしたら、これが外に出てしまったらどうなるんだろう。
町だって近いのに。
一瞬、思いを巡らせた時に、わたしに向かって何かが飛んできた。
『リディア!』
もふさまの声でハッとしたが、間に合わない!
けれど、シールドのおかげで怪我はしなかった。
「いち姫!」
「当たってない!」
そう言って、地に転がった魔物に剣を突き立てた。
動かなくなったのに、消えない。
「父さま、倒しても消えない!」
わたしは大声で言った。
「こっちもだ、消えない!」
なんで? 溢れであってもダンジョンの中だったら、魔物はダンジョンに還るはずなのに。
「単純な〝溢れ〟じゃない?」
パオロおじさまの声がした。
単純じゃない?
ジョインさんとキースさんたちが魔物と戦闘になった。ラエリンとロレッタを守りながらも兄さまが時々加勢している。
その魔物を鑑定した。
ビヌーレ:4つ足で走る素早い魔物。剣の攻撃が可能。
やはり目が赤く……ん? 胸のあたりに魔石みたいのが見えて、それが赤く見える。鑑定を解くと、赤い魔石は見えなくなった。
「もふさま、あの魔物の胸に魔石が見える?」
小さな声で尋ねると、もふさまは
『魔石は身の中にある。見えるものではないぞ』
と言われた。
次々に鑑定をかけていく。
「もふさま、あのちっちゃいの、あの胸を狙ってみて」
もふさまは走っていって、ちっちゃい魔物の胸に爪を立てた。
魔物は倒れ、消えた。
あの赤い魔石を壊せば、消えるようだ。
わたしたちが脱出口にたどり着く前に、父さまたちは魔物を殲滅した。
肩で息をしている。
「な、なんだったんだ」
ジョインさんが呟く。
「他の階もこうなのか?」
誰かが言った。
その言葉に被せるように咆哮が響いた。
いきなり横の壁が崩れて、一軒の家より大きい蜥蜴の親分みたいのが現れた。目は赤い。
これさ、やっぱりここで倒さないとなんじゃない?
蜥蜴に近いわたしたちみんな危険だから、そっと誰にも気づかれないよう風で防御幕を張り、そして小さな水人形を出して蜥蜴を足止めする。
それに気づいた兄さま、ロビ兄が、正面から蜥蜴に飛びかかる。
そこに大人たちが加勢した。
蜥蜴が向きを変え、尻尾が動く。
ラエリンとロレッタのいる方向に。
風の刃が蜥蜴の尻尾を切った。
アダムだ。魔力量が半端ない。
それを皮切りに蜥蜴の近くにいた子供たちが一斉に攻撃をかけた。
攻撃すればそれはもちろん塵も積もっていくだろうけど……。
「バラバラにやったんじゃ効率が悪い」
わたしが呟くとアダムがわたしを見た。
「イシュメル右手。オスカー左手。切る時、火魔法できる人、剣に魔法をのせて」
アダムが言った途端、イシュメルが走った。一拍遅れてオスカーも走る。
ロビ兄と誰かが火魔法をのせたみたいだ。短剣だとゴツイ皮膚に跡が少しつくぐらいだったが、それより深い傷になったようで、魔物が暴れた。
「風の防御!」
ふたりを守るカーテンを新たに張る。
兄さまとロビ兄が同時に走った。蜥蜴の後ろから首のところに飛び上がって剣を突き刺す。一瞬動きが止まったところに、大人たちが剣を突き刺した。
白目を剥いた蜥蜴が倒れた。
父さまが手を挙げた。
「普通の〝溢れ〟ではないようだ。他の階でも同じようなことが起こっている可能性がある。それに魔物がダンジョンから出るのを止めたい。だから2班に別れて行動だ。ダンジョンの外に出て、衛兵に伝え、避難を促す班。……もしかしたらすでに外に魔物が出ていて、戦いとなるかもしれない。ダンジョンの中、外、どちらが安全とは言えない」
父さまはまず子供たちを、外に出る班と、ダンジョンで行動する班を選ばせた。わたしはダンジョン内の班だ。赤い魔石が気になる。
ラエリンとロレッタ、スコット、レズリー、ニコラス、オスカーは外組。
残りの兄さま、アラ兄、ロビ兄、ビクトン、イシュメル、アダム、リキはダンジョンに。
バランスを見てだろう。
父さまと第1隊長のジョインさん、キースさん、それからジンとガーシさんを残し、あとはダンジョンの外の方にまわってもらった。次期男爵であるパオロおじさまがいれば、対町の避難もうまくいくだろう。
決まれば、すぐに外班は脱出口に向かう。
お互いに気をつけてと声をかけ合う。
いっときも時間を無駄にはできない。わたしたちは上に向かうことになる。
上に向かいながら、主力で戦うのは、父さま、ジョインさん、キースさんだと言われた。後のみんなで3班に分かれお互い守りながら魔物と対峙することにした。
ジン組=ビクトン、イシュメル、アラ兄。
ガーシ組=ロビ兄、リキ、ケラ。
兄さま組=もふさまとわたし、アダム。
わたしは父さまに赤い魔石のことを伝えた。鑑定をかけると目が赤い魔物は胸に赤い魔石が見えて、それを傷つけると魔物は消える。魔石を傷つけなければ、残ったままだと。
父さまは微かに頷いた。
6階では、恐らく冒険者と魔物が死闘を振り広げていた。
「加勢する!」
父さまが言って、跳んだ。剣が動いたと思ったと同時にでーんと大きな音と土埃をあげて魔物が倒れる。
「助かりました、ありがとうございます」
5人組の冒険者だ。あちこちに傷を負っている。
わたしは魔法の水をかけ傷口を洗って、軟膏を塗った。
「ありがとう」
脱出するという冒険者たちと分かれて、進んでいく。
魔物がいっぱい倒れていた。
亡くなっている冒険者もいた。キースさんが冒険者カードの紐を切り落とした。報告をするのだろう。わたしたちは亡骸に礼を尽くして、さらに奥へと進んだ。大きな魔物の亡骸ばかりだ。この魔物を倒してくれた冒険者たちは、恐らくさらに上に行ったのだろう。被害を最小限に留めるために。でもこれができるってことはすっごく強いってことだ。