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第452話 月が見ていた

 えっ。


「イシュメル!」


 アイデラの叫ぶような声。


「君は僕と行こうか」


 オスカーの声がする。


 輪に加わり、イシュメルと向い合って、お辞儀をする。

 進行方向に向かい手を組んで、ツーステップを始める。


「劇、俺たち頑張ったよな?」


 イシュメルを見上げると、赤い顔でそっぽを向いた。


「……うん、すっごく頑張った!」


 イシュメルがわたしをくるりと回した。強く引き戻される。

 目が合うとニカっと笑うから、わたしも笑った。

 お互いに礼をして、パートナーチェンジ。


 ニコラスだった。


「学園祭、楽しかったね」


「うん、すっごく楽しかった!」


 知ってる子とは一言、二言話す。そしてパートナーチェンジ。


「君、1年生の劇の、妖精やった子だろ?」


「そうです」


「面白かったよ」


「ありがとうございます!」


 背の高い先輩に言ってもらったり。

 オメロと踊ったら足踏まれたり。

 フォンタナ家のビクトンには、くるりと回るとき上に放り投げられた。

 ケラも見ていたのかやろうとしたので、あんたは落ちてきたわたしを抱えるのまだ無理でしょと先に釘を刺したりした。


 兄さま!

 パートナーチェンジで兄さまが相手となる。


「初めての学園祭はどうだった?」


「とっても楽しかった!」


「それはよかった」


 ひとりひとりのパートは短い。くるっと回ればすぐにチェンジだ。


「リディー、抜け出そう」


 くるっと回らせられたかと思うと、お互い礼をするところで手を引っ張られた。

 え?

 そのまま輪を抜けて走っていく。


「に、兄さま」


「輪に入るのも、抜け出すのも、絶対に相手と一緒になんだ」


 ふたりで踊るものだから、急に片側だけ人が増えたり減ったりするのは困るものね。


「に、兄さま、どこ行くの?」


 輪から出るのはわかるけど……。


「ふたりきりになれるところ」


 え。

 兄さまがわたしに合わせてゆっくり目に走ってくれる。ふたりで手を繋いで。

 え、中庭突破? いいの? 完全に抜け出すことになるよね?


「兄さま、いいの?」


「恋人たちは、こうやって抜け出すんだ。それから告白に使われたりもする」


 兄さまは人差し指を立てて、茶目っけたっぷりにウインクした。

 そんなところもキュンとしちゃう。わたし、重症だな。


 あ、もふさまついてこない。またふたりきりにしてくれたのかな。

 半分嬉しく、半分ドギマギする。

 うわぁ。つまづきそうになる。すると兄さまに抱っこされた。お姫さま抱っこだ。何のご褒美?


 え、え、兄さまはそのまま軽く走って跳んだ!

 うえぇええええええ、中二階の渡り廊下だ。

 わたしを抱えたまま2階まで飛ぶって……。

 兄さまが渡り廊下の柵にわたしを座らせた。


「将軍孫はどうだった?」


「普通の子だった」


 柵に置いた左手の上に手を合わせられる。ち、近い。

 いつも見下ろされているのに、今は同じ目の位置だ。


「リディーのそういうところが心配だ」


「そういうところ?」


「すぐに気を許してしまうところ」


「気を許してなんか……」


「いいよ、そんなリディーで。わたしがリディーの代わりに周りに目を光らせて守るから」


 なんか一瞬で甘い雰囲気になったんですけど。


「私は()いたみたいだね。……警戒されてる」


 兄さまに左手で鼻を摘まれた。

 ええ?

 兄さまはいつもの優しい顔で笑った。


「どこからその自信は出てくるんだって、いつもイザークに言われてる」


 え?

 兄さまは少しだけ切なげに目を細めた。


「どうも私は自信過剰気味らしいけれど、リディーのことだけには余裕がなくなる。周りには凄い奴しかいないから、リディーが誰かに惹かれてしまうんじゃないかって怯えている」


 初めてみる兄さまの怯えたような表情。


「そう思うといてもたってもいられなくなる。怖くて、恐ろしくて。リディーに触れて安心したい。嫌われてない、嫌がられてないって確かめたくなる。胸にずっと抱いていたくなる。少し触れると、もっともっと深く触れたくなる……。嫉妬したんだ。ロサ殿下にも、ラストレッド殿下にも。それからエンター君にも。それで急いて、リディーを怖がらせてる」


 わたしは片方の乗せられた兄さまの手をとった。そのまま、兄さまの手を自分の頬に持っていく。


「怖くないよ。は、初めてだったから驚いたし、恥ずかしくていっぱいいっぱいになっちゃったけど、兄さまは怖くない」


「……ああ、リディー、口付けていい?」


 兄さまを見たまま、小さく頷く。

 兄さまが近づいてきて、今日はどこまでも優しい唇が重なる。

 物を言わない月だけが、そんなわたしたちを見ていた。




 手を繋いで会場に戻った。もふさまやみんなと合流して、知っている人と会えばちょっと話して。小さくなっていく篝火を見ていた。

 最初は学園祭と言われてもピンとこなかった。意見を出し、少しずつまとめていって、初めてのことに戸惑うこともあったけれど、やっぱり楽しかった。

 お祭りがこれで終わっちゃうんだと思うと、淋しい気持ちに揺すられる。

 この2日のために時間をかけて用意してきた。それをその日のうちに壊して、焼いちゃって。潔いというか……。


「またいるときに作ればいいんだから」


 イシュメルの言葉が蘇る。

 でも、そうだ。いるときにまた作ればいい。


 目に見えるところになくなっても、わたしたちの中に残ったことがいっぱいある。クラスが一丸となったよね。みんなで助け合って。寮の先輩たちともギュッと仲良くなった。クラブもそうだ。新しいことをやると、人の新しい面も見えてきて、またそれで仲良くなった。

 終わってしまうのは淋しいけど、残ったものはいっぱいある! 胸の中に確実に。


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