第449話 直球
着替えて更衣室から出ると、外で待っていたのはアラ兄ではなく、機嫌の悪そうなロビ兄と、対照的に機嫌のすこぶるいい将軍孫だった。
もふさまと顔を見合わせる。
どう話が決着づいたのかわからないけれど、ロビ兄と将軍孫とわたしは、これから一緒に過ごさないといけないようだ。カゴチ将軍孫だけど、父さまから危険はないと判断されたってことだろう。
「劇は甘い考えだとは思うが、作り手の考えはわかったよ。途中で口を挟んで悪かったな。でもあのまま〝勇者〟の決断のままに終わると思ったんだ」
当たり、と心の中で思った。
「そちらは裏のテーマでしたので、納得されない方が出なければ、伝えはしませんでした。表のテーマで楽しんでいただけるので十分ですので」
内情を伝えれば、そういうことかとすんなりと頷いた。
「わたしは平民ではありませんので、ガゴチさまの思惑から外れると思いますが、本当にわたしと過ごされますの?」
「ああ、もちろん。妖精の宝は俺がもらったからな」
まったくどんなシンキングタイムでそんな話になるんだ。
「聖女候補誘拐事件」
将軍孫がいうから、わたしはキッと少年を見た。
「それにシュタイン嬢は巻き込まれたんだよな? 我が国の者も加担者がいたと聞いた。それについては、心より謝罪申し上げる。申し訳ない。我が国でも総力をあげてかかわったものを探している」
その首謀者があなたのお爺さんなんじゃないの?と言えないのが腹立たしい。
「……ご存知でしたか。わたしたち、とても怖い思いをしました。そこであなたの国の話を聞きました。正直に言いますと、あなたの国が怖いです。だからあなたと過ごすことが、わたしは怖いです」
「直球だな」
何でそこで笑えるの?
「何で笑うんだって顔だな。やっぱりシュタイン嬢は面白いって思ったからだ。聖女候補のカートライト令嬢も、第1王子の婚約者のメロディー令嬢も、対外的な言葉で繕って断ってきたのにさ」
わたしだって強制的でないお誘いだったら、同じように対外的に断ったさ。異性なら、伝手がなければ断わるのが一般的だし。
「約束するよ、シュタイン嬢に危害は加えない。一切触れるなとも言われているしね。何もしないよ。異国の地の学園祭、ひとりで回るのも味気ない。付き合ってくれよ。妖精の宝は絶対に願い事を叶えるんだろ?」
「当番がありますから、そんなに回れませんよ」
「いいよ」
人目があるところで、何かするわけはないか。もふさまも全く警戒してない。
『リディア、いい匂いがするぞ』
もふさまに言われて意識したが、いい匂い?
もふさまが少し走って振り返る。
本物の犬みたいだ。
「では、まず、あちらに」
何だかわからないけど、もふさまについて行ってみよう。
「ロビ兄?」
距離を置いて後ろについてくるロビ兄に声をかける。
「おれのことは気にするな」
いや、気になるよ。
「一緒に行こうよ」
「はは、俺は構わないぞ」
ロビ兄の手を引く。
あ、もろこしの焦げる匂い。野菜好き同好会のやっているモロコシ屋だ。
いい匂いがしているのに、誰も並んでない。
もふさまが、ワンワンと吠えた。
鉄板の上で、黄色いモロコシが、いい具合に焼けている。
「甘味たっぷりのモロコシです!」
みんな食べるというので4本お願いした。
涙目でありがたがられる。
熱々のをワセランより強度がある、厚紙みたいなので巻いて、渡してくれた。
早速アムっと齧る。
コーンだ。あましょっぱくておいしい!
「まぁ、大口開けてはしたない」
ああ、原因はそれか。
モロコシを齧るのは、お嬢さまには敷居が高いか。串焼きも女子はほとんどいなかった。同じ立ち食いでも、お菓子になればイケるらしい。その境界線はわかるような、わからないような。
将軍孫は大きく口を開いてガブリとやり、おいしそうに咀嚼している。
もふさまは……芯まで丸ごと食べている。ワイルド!
「ロビン、リディア嬢!」
ロサだ。
両手でモロコシを持っているので、どうにもならない。置くという選択肢は考えられず、わたしはなんとなく頭を下げた。
ロビ兄も簡素な礼をした。
「おいしそうだな、私も食べよう」
ロサ殿下自ら屋台でモロコシを買い込んできて、立ったまま大きく口を開けた。
「これは甘くてしょっぱくて〝うまい〟な」
いい匂いだったし、気にはなっていたんだろう。王子殿下のロサがパクついたことで、弾みがついたようだ。パラパラと人が並び出す。
野菜好き同好会、大喜びだ。
「ロサ……殿下、おひとりなんですか?」
尋ねれば、
「フランツと一緒に劇を観たんだ。勇者にはなり損なったけど」
とチラリと将軍孫を見た。
「あと、聞いたんだけど、義弟が〝クレープ屋〟で突っかかったって? 申し訳なかった」
「劇に参加してくださったあのお方は、第3王子さまですか?」
「ああ、バンプーだ。根は素直で悪い奴ではないんだが、それゆえに周りに担がれやすい」
素直そうだね。それに劇中にわたしが足をかけられたのも、見過ごせないようだった。正義感があるってことだものね。
「ユオブリアの王族は、いち貴族にもずいぶん親しげなんですね」
「君ほどではないと思うけどね」
ロサは将軍孫を知ってるの?
「お初にお目にかかると思いますが?」
ロサはニヤリと笑った。
「お会いしたことはありませんが、お噂はかねがね」
「ガイン・キャンベル・ガゴチです」
将軍孫は胸の前で左手をパーにして、右手の拳を左手の掌に叩きつけた。そして黙礼する。ガゴチの礼なのだろう。
ロサは片手を胸に置き、軽く目を瞑った。
「ブレド・ロサ・ミューア・トセ・ユオブリアだ」
なんか静かな火花が散っている気がする。わたしはモシュモシュとモロコシを食べ続けていた。みんな食べ終わるのが早い。
「俺は異国の者ですから、こちらに知人がいないのは当然として、殿下はひとりで回られているのですね?」
「仲間はたまたま当番でね。そうだ、リディア嬢、一緒にまわってもいいかい? あ、劇の中の〝願い〟を叶えている最中なんだっけ? それなら君に聞くべきかな?」
「リディア嬢が良ければいいですよ?」
問われた将軍孫は微笑んだ。
ご馳走さまをして歩き出す。
将軍孫にどのあたりをまわったのかを聞く。
展示はあまり見ていないようなので、近いところから入ってみることにした。