第446話 主役はあくまで勇者さま
どんよりした気持ちを払拭しようと、頭を振った。
客呼びでもするか。
「おいしいクレープはいかがですか? メニューが多くて迷ったらトッピング付け足しは100ギル! チョコは200ギル! 甘いのでおすすめは、生クリームにバナーナとチョコのトッピング。ベリー好きな方は、生クリームにベリーとチョコをトッピング。甘いものが苦手な人にはちゃんとしょっぱいのもありますよ。ソーセージとチーズ、ピリッと辛子をきかせたマヨソースが人気です!」
声を張り上げた。
人を呼び込んでいるうちに元気になってきて、メンタルも回復してきた。気がつけば劇に向かう時間だ。
わたしはみんなに挨拶をして、快く頑張っておいでと追い出された。
相変わらず、売り上げはわたしに預けられた。収納ポケットに入れてある。
妖精の衣装に着替えて、講堂に赴く。
手を引っ張られて驚く。すっと横道につれていかれ、ギュッと後ろから抱きしめられ、耳に囁かれる。
「私の妖精は、こんな衣装だったんだね?」
「に、兄さま!?」
な、なんか、きょ、距離を縮めすぎでは?
「まったく、かわいいけど、他の人に見せて欲しくないな」
み、耳に息がかかる。
昨日の今日で、刺激的すぎるんですけど!
うわーん、もふさま。もふさまを見ると、もふさまが兄さまの足を踏んだ。
兄さまは小さく息をついて、わたしを離す。
「リディー、止められると思って、内緒にしてたんだね?」
「そ、そういうわけじゃないけど」
見上げると、兄さまが今度は上を向く。
「まいったなぁ。かわいすぎる。人に見せるのは危険だ。閉じ込めてしまおうか」
「兄さまのわたしを見る目が甘いだけだから大丈夫。ねぇ、わたし、少しあがってるの。兄さま、励まして送り出して」
お願いすれば、兄さまはいつものように優しく微笑んでくれた。
「そうだね。私のリディーはいつもなんだって乗り越えていく。どんな出来事があっても君はうまく乗り切れる」
兄さまはそう言って、わたしのおでこにおでこを寄せた。
「コホン」
?
咳払いしたのはアダムだ。後ろにはアイデラ、イシュメル、オスカーが揃っていた。
見られたと思うとカーッと顔が熱くなる。
「前の人たちが終わったら、すぐ次の上演だって。裏に入ってって」
アイデラが教えてくれた。
「リディー、客席で見てるよ。頑張って」
「うん、ありがと」
兄さまに答えて、みんなの後ろについていく。
アイデラに肘で突かれた。
「な、何よ」
小さい声で抗議する。
「いいわねー。婚約者の励まし?」
「お前ら、気ぃ抜いてんじゃねーぞ?」
アイデラの発言にかぶせるように、イシュメルが言ってきた。
「はーい」
とアイデラが答える。
別に気を抜いてなんか。
舞台裏に入っていくと、きれいな歌声が聞こえてきた。この声はヤーガンさまだ。わたしたちの劇の前はコーラスクラブだったようだ。独唱を終え、他の人たちの声と合わさる。それでもヤーガンさまの歌声とわかるぐらい響いている。
聞いてると清々しい気持ちになっていくと言うか、なんか背筋が伸びる気がする。
みんな集まっていた。円陣はさすがに組めないので、みんなで手だけを合わせる。イシュメルが小さい声で、勇者はやりたい人の先着順となることを告げる。やりたがる人ではあるけど、好意的であるかはわからない。でも、俺たちは役になり切って、最後の公演を楽しもうと結んだ。そうだ、Aグループはこれが最後の公演だ。
わたしたちは頷き合った。
歌が終わり、伴奏もやみ、拍手が割れんばかりに。
コーラスクラブの演奏が終わり、1年D組の劇が始まるとアナウンスされた。
ジニーのナレーションが始まった。端から幕の外を覗き込むと、かなりな観客数。ごくんと唾を飲み込む。これ、頭の中が真っ白になりそう。
音楽隊での経験がなかったら、あがっちゃってヤバかったかも。
そのときアダムが小声で、めちゃくちゃいいことを言った。
「主役はあくまで勇者さまだよ。僕たちはそれを盛り立てるだけ」
ああ、そうだ。勇者さまを引き込んで楽しんでもらおう。
「あの村に迷い込んできた人たちは、助けてくれないかな?」
心底助けを求める声がする。
舞台の子供たちが、一斉に観客たちを見ているはずだ。
覗き込むと観客数でびびりまくってしまいそうなので、もう見ないことにした。幕の後ろで物語の進行を見守る。
「俺たちの弟が、魔物に連れ去られてしまったんだ! お願いだ、一緒に行って魔物を倒してくれない? レズリーを助けてくれない?」
アダムがナレーションを入れた。いつもより、心持ち声が高い気がする。あがってるのかな? ……あのアダムが?
「さぁ、子供たちと一緒に魔物を倒し、レズリーを助けてくださる勇者さまはいませんか? 参加してくださる方は、合図の後、挙手をお願いします。先着5名さまに舞台に上がっていただきたく思います。では挙手を」
「そちらと、はい、そちら。後、はい、はい、はい。舞台までお願いします」
イシュメルが指を差すかしたんだろう。
すぐに挙手をしてくれたみたいで、一瞬で決まったようだ。舞台へも急いで上がってくれたみたい。少しざわついたけれど、物語は順調に進んでいく。
魔物を倒すシーンでは「これは愉快だ」と言う声が聞こえた。
水魔法と言われれば、ミストシャワーを撒いた。舞台裏から舞台を見ずにやる。〝全体に撒く〟だから、できることだ。客席にもちょっとお裾分け。
驚きの声があがってる。
さて、祝福の剣が出たので、わたしの出番だ。
「うるさいわねー、ちっとも寝られないじゃない!」
プリプリ怒って登場。何気にこのシーンは好きだ。わかりやすい感情は演じやすい。そして勇者さまたちとご対面して、大いに驚いた。
ひとりはあの銀髪の少年だ。屋台で助けてくれた人。その割に辛辣な言葉で諫めてきた人。
もうひとりは、わたしにクレープを持ってこいと言った王族の少年だ。
あと5年生かと思える背の高い先輩に、なんか怖そうな先輩。
それとケラとよく一緒にいる1年生だった。
パニックになりかけたが、すんでのところで持ち直す。
わたしは妖精だと名乗り出て、そして助けを請う。ごねられたらどうしようと思ったが、すんなりと助けると言ってくれてほっとした。
そして一緒に魔物を倒す際、背の高い先輩に足を引っ掛けられた。
転ぶ! トランポリンの下敷きがあるから、余計に弾みをつけてすっ転びそうになったところを、銀髪にグイッとかかえられてことなきを得た。
「あ、ありがとう」
「おい、お前、今わざと足をひっかけただろう?」
王族少年が、背の高い先輩に食ってかかった。
「違いますよ、その妖精が勝手に引っかかったんです」
いや、足がニョキッと出てくるのを見た。それも彼がいく方向と違う方に。絶対足を引っ掛けられた。喧嘩を吹っかけられた。売られた喧嘩は買う主義だが、今は劇中。
「勇者さま、ありがとうございます。わたしが足を引っ掛けました。そちらの勇者さまも申し訳ありません。そんなことより、あっちから魔物がやってきます。魔法を!」
魔石を投げたり剣を振るったりして魔法を使い、2階も制圧。3階へと赴く。元村人のリキより真相が語られた。