第445話 夜の散歩と銀髪の少年
『リディア、眠れないのか?』
「あ、ごめん。うん、なんかね」
何度も寝返りをうったからだろう、もふさまに尋ねられた。
『侵入者はすぐに捕まった。フォルガードのお家騒動みたいだ。聖樹さまの力がリディアの魔力で強まったおかげで、口を割らせずともフォルガードの者とわかった。すぐにそれぞれの機関が動き出したそうだから、心配することはない』
「あの時、もふさまは何か起こりそうってわかってたの?」
『いや。レオから気を利かせるようにずいぶん言われたのでな。リディアとフランツがふたりきりになれる機会だと思ったのだ』
レオったらそんなことを。
『リディアは、寝不足で体を壊すのだから、早く寝ろ。明日は後夜祭などいうものもあるのだろう?』
あ、そうだった。
あの後、兄さまと、無駄に歩きながらなんとか迷路を脱出した。迷路自体は工夫がされていた。きれいな場所があったり、小噺みたいのが所々に貼られていて、あ、これさっきの続きだとか、一個話飛ばしちゃってるとか楽しめるものもあり。最後の方は歩き疲れていたので「残念、行き止まり!」メッセージにキレそうになったけど。
外に出てからは、もふさまに侵入者の話を聞いた。
さらにわかったことがあるかもと、生徒会に行った。ラストレッド殿下を拐おうとした者が現れたらしい。すぐに捕まり、フォルガードの者とわかったそうだ。ラストレッド殿下は王太子ではないけれど、王位継承権を持つだけに、狙われることは割とあるらしい。せっかくの学園祭に水をさしたと気にしたようだ。けど、ロサたちが聖樹さまの警護がしっかりしていることが知れ渡っただろうし、もう不安はないだろと励ましたそうだ。
心配事はない。
明日もいっぱいすることがあるから、早く眠らないとと思うのに、どうにもうまく行かない。
目を閉じると、兄さまの熱っぽい瞳を思い出してしまうのだ。
『リディア、どうした? 興奮してるぞ』
「興奮してるって言わないで」
もうもうもうもうもうもうもうもうもうもうもうもうもうもうもうもう、どうしたらいいんだ?
『仕方ない。リディアはずっと頑張っているから褒美だ』
もふさまは大きくなって、乗れと言った。
わたしを乗せたまま、窓を鼻で押して開け、夜空に駆け出す。
万一にも人に見られないように、上へ上へと駆けあがる。
「きれい……」
街の明かり。呼応するように天には小さな星々が瞬いている。
兄さまの熱っぽい瞳を思い出してしまった。
ああ、なんだって思い出しちゃうの?
…………色っぽいから悪いんだ。
その後、強く……何思い返しているの?? もう、やだ……。
嬉し恥ずかしの思いの先には、兄さま慣れすぎ問題もあり。
『リディア、何も考えるな。眠ってしまえ。我は落とさない』
何も考えないってのは難しい。考えないようにしているのに、兄さまの顔が浮かんじゃうんだもの。
もふさまが急降下した。
「キャァーーーー」
そしてまた上にあがる。
「もふさま?」
『考えずに景色を楽しめ』
あ。星を眺める。時々街の明かりを見て。夜のお散歩だと、もふさまの毛並みに顔を埋める。何度目かの急降下の後、星を眺めているつもりで、わたしはいつの間にか眠っていた。
睡眠をとったので、気持ちよく朝を迎えられた。もふさまに感謝だ。
食堂では寮生たちがウキウキしている。
昨日700枚クレープが売れた。喜びがそのまま続いていて、今日も売りまくるぞーと闘志を燃やしていた。
今日は10時からクラブの朗読。11時からクレープ。13時から講堂で劇をして16時からはクラブの店番だ。しっかり朝ごはんをいただいて、出陣する。
朗読には、父さま、兄さま、アラ兄。それから先輩たちやジョセフィンも聞きに来てくれた。知らないおじさんたちもいた。決して短くはない時間なのに、みんな聞いてくれて、最後には温かい拍手をもらうことができた。
次はクレープだ。鼻歌を歌いながら出店に行くと、長蛇の列。
中はフル回転、すごい速度で回していた。クレープの作り手をさらに同じ具の担当制にしてスピードをあげている。
エプロンをして厨房側に回ったが、こっちは足りているので、列に並んでいる人の誘導を頼まれた。
前からくる身なりのいい服装の、わたしと同じぐらいの背の少年を見たときに嫌な予感がした。わたしより年下かなとは思うけど、きれいな金髪に紫の瞳。王族だ。
「おい、娘」
わたしだよな。
わたしは下を向いたままカーテシーをする。
「面をあげよ。お前はこのクレープ屋の者だな?」
「はい、そうです」
「甘いのをひとつ食べてみたい、持ってきてくれ」
「すみませんが、お並びいただけますでしょうか?」
「何?」
護衛の人、なんとかしてと思ったけど、なんとなく止められそうもない雰囲気だなー。
「学園祭です。身分の上下は関係なく、皆さまに順番に並んでいただいております」
丁寧に頭を下げる。
「お前、名を名乗れ」
「はい、わたしは……」
「別にいう必要はないんじゃない?」
あ。声をかけてきたのは「なんだよ、Dか」の少年だ。あの、人に頑張ってと言いながら、後ろでバカにしていた。
「紫の瞳ってことはユオブリアの王族? 見たとこ第3王子ってとこかな?」
第3王子? あー、ロサの義弟か。仲は良くないと言っていた。
でもこの人、王子ってわかってて、こんなぞんざいな口を? 何者?
「お兄さんたちのいる学園祭を見にきたの? そこで騒ぎなんか起こしていいの?」
銀髪は畳み掛ける。早口で言い募るので、紫の瞳の少年は口が出せない。
「もういい! 誰がそんな庶民の物を食べてやるか!」
少年は踵を返して、行ってしまった。
無礼者ってならなかった! 偉そうにしていたけど、まだピュアなのかも。
大事にならずに済んだのは良かったけど……。助けてもらったのかな? お礼を言うべきかと悩んでいると。
「礼はいいよ。ただ言いたいから言っただけだから」
とても自然な感じで言われた。
「ありがとうございました」
銀髪の少年に頭を下げる。
「自分ひとりで対処できたって顔だね」
「いえ、助かりました」
わたしだけに降りかかる〝何か〟ならいいけど、今ここで問題を起こしていたら、クレープ屋に並んでくれた人が逃げたかもしれない。あんなに頑張ってくれてる寮のみんなの努力を無駄にしてしまったかもしれない。
「D組ってことは平民だろ? 王族ってわかってるのになぜ突っかかった?」
自分もだろ?と思わないでもなかったが……あ、そうか。
その言葉で自分を省みる。わたしは自分が貴族だから突っかかったんだ。心のどこかで守ってもらえると思って。そう思えば急に恥ずかしくなった。
平民と貴族の垣根をなくしたいとは思っている。でもそれはすぐにどうにかできることではないだろうと思う。だから貴族の権力を持って、守れるところは守り、いつか変えていきたいと思っていた。それでも意識的にはなるべく貴族と驕り高ぶりたくないと思っていたのに……〝貴族〟が染みついている。
「ユオブリアはどうだか知らないが、ウチの国だったら平民が王族に盾つきでもすればみんな罰せられる。処刑だってあり得る。学園が守ってくれるなんて思うな。命を大切にするんだな」
彼は言い捨てるように忠告をし、行ってしまった。




