第440話 大丈夫か?
「なぁ、リディー、大丈夫か?」
「大丈夫って?」
「同じクラスに、第1王子殿下の〝影〟がいて」
噛むのをやめて父さまを見あげる。自分の心を見つめ直す。
「エンターさまなら大丈夫みたい。もし、ご本人だったり、あの方が出てきたら、ちょっと自分がどう思うのか想像はつかないけど……」
うん、アダムなら大丈夫。本人だったり、王妃さまが現れたらちょっとわからないけど。
「そうか」
食べ終わった父さまは、そう言ってわたしの頭を撫でた。
「それよりね、わたしは……公爵令嬢と会いたくないの」
父さまは、わたしの頭をまた撫でる。
「……学園にいれば、会うこともあるだろう」
そうなんだよね。あの件があってから、幸いわたしはまだメロディー嬢に会っていない。あんなことをしておいて、何事もなかったようになるシステムもよくわからないし、メロディー嬢の心の動きが怖い。
だから会いたくないのだ。
「リディア、父さまは言った。学園は勉強以外にも人との付き合い方や、いろいろな考えを学べるところだと。人を思い合ったり、力を合わせることを体験できるところだと」
わたしは頷いた。
「いろんな思いや考えを学べるところであるけれど、理解はしなくてもいい。あると知るだけでいいんだ」
「理解しなくても?」
「人はみんな違うし、今まで生きてきた環境も何もかも違う。それをわかろうと歩み寄るのはいいことだけれど、全てを理解できると思うのは傲慢だ。同じ人間ではないのだから、相手のことが全部わかることは決してない。
わからないものなのに、その気持ちもわかる、それもわかると理解できるものだと思っていたら、リディーは人の気持ちにがんじがらめになって、自分の気持ちがわからなくなってしまう。あくまで人の気持ちは人の気持ちでいいんだ。公爵令嬢の気持ちは彼女自身のもの。リディーがわかる必要はない。無理して考えなくていいんだよ」
考えたくなくて、寄り付きたくないと思っていた。逃げているような気がして、それも心に少し重たかった。
でも父さまがそれでいいと言ってくれると、考えなくていいと言ってくれると、少しだけ心が軽くなった気がする。
「あ、リディアさま」
「アイリスさま」
アイリス嬢はフォルガードの王子と一緒だった。あら、仲良くなったのね。
アイリス嬢は父さまにも挨拶をして、王子も父さまに挨拶をした。
父さまも無難に返している。
ふたりは講堂でやるときの劇を、見に来てくれると言った。
お礼を言っておく。
あ。言ってたそばから……。
「リディアさま」
『我が乗せて走ってやろうか?』
わたしはお礼代わりに、もふさまを撫でる。
すこぶる笑顔で歩み寄ってきたのはメロディー嬢だった。
歩いてくるだけなのに、スポットライトが当たったように輝いて見える。
その後ろには公爵さまもいらっしゃった。
わたしは立ち上がって、ふたりに向かってカーテシーをし、父さまも礼を尽くした。
公爵さまもメロディー嬢も先日の件はひとつも触れず、輝かしい笑顔で、学園祭を楽しみましょうモードだ。なんかいろいろ話しかけられた気がするけれど、頭の中には入ってこないで、わたしを通り過ぎていく。
では、と別れに導かれる言葉が出たとき、ほっとした。
でも、メロディー嬢に手首をもたれ引き止められ、わたしの顔は引きつっていたと思う。
それを知ってか知らずか、手を離し、劇を見に行きますね、と言われた。わたしはペコリとする。
手を持たれたとき、全身に鳥肌が立った。
ずいぶんナーバスになっているみたいだ。
心のままに、しばらく近寄りたくないと思ってしまった。
寮の出し物に向かう。
「父さま、お腹にまだ余裕あるよね?」
『我も余裕があるぞ』
「しょっぱい系と甘い系どっちがいい? わたし作るよ」
「そうだな。しょっぱいのにしてもらおうかな」
『我は両方だ』
「はーい」
ふたりに近くのベンチで待っていてもらう。
うわー、結構並んでるね。
「あれ、シュタインさん、まだ早くない?」
「家族に食べてもらいたいんです。こっちで作らせてもらってもいいですか?」
「もちろん、どうぞ」
わたしはエプロンをした。そして奥に行き水魔法で手を洗った。
ひっきりなしにいつも並んでいるという。すごいね。
看板には「クレープの店」と書かれていて、できあがったクレープのイラストも描かれている。
メニューにもわかりやすいよう、イラストの解説付きだ。
メニューはしょっぱい系のものと、甘いモノに分かれている。
しょっぱい系は、甘いものが苦手な人のために取り入れた。
生地は小麦粉にミルクと卵を溶いたもの。これを薄く伸ばして包む皮とする。
中の具材が様々だ。
しょっぱい系は、ソーセージのみ、チーズのみ、ソーセージとチーズ両方がある。
かける調味料は、塩、トマトンソース、カラシ、マヨソースを揃えている。
甘い方は生クリーム、ベリー、バナーナ、そしてチョコレート!
単品でもいいし、トッピングをプラスすることもできる。
単品だと600ギル、トッピングが各100ギル。チョコレートトッピングだけ200ギルだ。チョコのみの単品だと700ギル。
わたしは父さまのソーセージチーズクレープ700ギル。もふさまの生クリームバナーナチョコの900ギル。もふさまの合わせて1600ギルと、父さまのと合わせて2300ギルを払った。
そしてふたりに持っていくのを作らせてもらった。
視線を感じる。
「え、どうしました? コンロ使います?」
しょっぱい系注文とチョコ単品注文の時しかコンロは使わない。コンロは2つあるから、使っても平気かと思ったんだけど。
「ああ、そうじゃないのよ。不思議だと思って」
「何がですか?」
「シュタインさんがやると、どこか危なっかしく見えるのよね。でもお料理上手なの知ってるし、見栄えはまぁ……だけど、でもおいしそうにも見えるのよねー。だから全然心配ないと思うんだけど、やっぱりなんかやらかしそうなのよ」
ひどい評価だ。
わたし5歳から台所に立っているのに。
……その時は、本当に立って指示してただけだけど。




