第436話 夜明けの勇者(前編)
教室から不必要な机と椅子は運び出してある。教室の半分のところに幕をおろし、その後ろを舞台スペースとしている。さらに平行して幕がかけてあり、場面展開のために使用する。舞台も観客席も関係なく、出入り口を抜かして壁に沿って机を配置した。ダンジョン内を演出するためだ。観客席とするところの中央に、7脚だけ椅子を置いてある。
わたしたちは幕の隙間からお客さんたちを覗き見た。
椅子の数を少なくしているので立ち見が多い。父さまが最前列の椅子を陣取っていた。
ダブルキャストのAグループの主人公はイシュメルだ。
ある村の出生の秘密がある子供役。ちなみにBグループの主人公はメラン。こちらは女の子が主人公となる。そしてこのふたりが〝勇者〟との掛け合いが多いので、勇者を見繕うのはふたりに任せている。
初の劇のお客さんは、多分、D組の家族だ。ほぼ〝お父さん〟に埋め尽くされている。生徒は全然いない。
イシュメルは隅から隅まで目を走らせて、見定めたようだ、頷いた。
そのサインをレニータがナレーターのジニーに送る。
ジニーが頷く。
「本日は貴重なお時間を、我が1年D組に使っていただき、ありがとうございます。
只今より劇『夜明けの勇者』を上演いたします。どうぞ心を寄せ、心のままに、ご参加いただけるよう、お願い申し上げます」
一旦照明が消される。
「3日森の中を彷徨い、やっとたどり着いた村でした。人々は大変だったなと言って水と食べ物を分けてくれました。固いパンに野菜の欠片が浮いた薄い塩味のスープでした。寝床も用意してくれて親切にしてくれていますが、とても貧しい村というのはすぐにわかりました。
その村は森に囲まれた小さな村でした。あまりにもひっそりしていたので、村のことを知るものはあまりいません。証拠に迷い込んだ誰ひとり村の名前を知っている者はいませんでした。
畑を作り、獣を狩り、森の恵みと、そしてそれらを街で、森では手に入らないものと交換をしてなんとか暮らしていました。
人数も少ないので、みんなで助け合って生きていました。子供たちはみんな兄弟のように仲良しでした。
みんな暮らしに満足していましたが、嵐の夜、村守りと呼ばれていた大きな木に雷が落ち真っ二つに割れてしまったのです。守りの木が枯れてしまうと、そこから魔物が入ってくるようになりました」
明かりがついて、幕が開く。
「今度は酒を用意しろと」
顔に傷跡のある村人C役の、体の大きなドムが困ったように言う。
「この間は食べ物だった。それにここにやってくる間隔も狭くなっている」
「魔物は人の言葉が話せました。
家を壊そうとするので、壊さないでと言うと食べ物を用意しろと言いました。村人たちは食べ物を渡しました。また別の日、お酒を用意するように言われました。用意しないと村の中で大暴れして全部壊してしまうぞと言いました。
そうされては困るので、お酒を用意しました。次はお金を用意するように言われました。村は自給自足で成り立ち、買い物も物々交換が基本です。村にはお金なんてありません。すると魔物はお金がないなら、子供をもらっていくからなと言いました。子供たちは大人からそう聞いていました」
村の子供たちが舞台中央で泣き崩れる。
「レズリーが魔物に連れて行かれた!」
「食べられちゃったのかな?」
「そんなはずない、レズリーは生きてる!」
誰よりも通る声でイシュメルは告げた。
「助けに行こう」
「だけど大人たちは行っちゃいけないって……」
ジニーのナレーションが入る。
「人々は増長する魔物の要求に疲れ切っていました。魔物はとうとう痺れを切らしたのか、村の子供を連れて行ってしまったのです。大人たちは嘆き悲しみましたが、どうしたらいいのかわかりませんでした」
村の子供役が大きな声をあげる。
「こんな時、勇者さまがいてくれたら!」
「勇者さまって?」
「勇気ある人のことだよ!」
「あの村に迷い込んできた人たちは、助けてくれないかな?」
舞台の子供たちが一斉に、観客たちを仰ぎ見る。
「俺たちの弟が、魔物に連れ去られてしまったんだ! お願いだ、一緒に行って魔物を倒してくれない? レズリーを助けてくれない?」
イシュメルは勇者役に、父さまを選んだっぽい。
ど真ん中の椅子に座っている父さまに狙いを定めて話している。
父さまは顎を触っている。他の人たちはいきなり観客に話しかけたイシュメルに驚いている。
「魔物と言ったね。どんな魔物なんだい?」
父さまが尋ねた。
「村で一番大きなドムさんより頭ひとつは大きくて、ふさふさで真っ黒の毛皮なんだ。おじさんたち、騎士なんでしょう? 昨日言ってたもん。強いんだよね? レズリーを助けて!」
イシュメル迫真の演技だ。
「心のままに、参加、そういうことか」
父さまが呟く。周りの大人たちも最初のアナウンスの意味を理解したみたいだ。
「君に聞こう。その魔物は話せるの?」
イシュメルは頷く。
「最初は食べ物、次は酒、そして金を欲しがったんだね?」
イシュメルは深く頷いた。
そんな質問をするってことは、父さまは予想がついたみたいだ。
「よし、私も騎士の端くれだ。魔物からレズリーを救出しよう!」
乗ってくれた!
2枚目の幕の後ろでわたしたちは、みんなで手を取り合った。
イシュメルと子供たちはお客たちをみんな立たせて、魔物討伐に行ってもらうことになった。幸先がいい!
ジニーのナレーション。
「子供たちは森の中を迷いなく歩いて行きました。そしてたどり着いたのはまだ焼け跡が痛々しい、真っ二つに割れた守りの木でした」
真っ二つに割れた気の絵が描かれた巻物の留め具を外す。
巻かれた重みで下に落ち、絵が見えるようになる。
イシュメルが勇者たちに説明した。
「守りの木に雷が落ちたから、魔物に見つかってしまったんだ」
再びジニーのナレーション。
「しばらく歩いていくと、口を開いた洞窟が見えてきました」
「あれが、魔物が根城にしているダンジョンだ」
「ダンジョン?」
誰かのお父さんが驚いた声をあげるいい反応だ。
「大丈夫だよ、1階までは俺たち子供もよく行くんだ。騎士のおじさんたちなら楽勝さ。レズリーをさらった魔物は上の階にいると思う」
照明が消えて、次に明るくしたときにはアイデラのスキルが発動している。
教室は岩のゴツゴツした背景となっていた。
「これはまた」
「魔法ですな」
「なんとも!」
感心したような声が。
「イエローマーモットだ!」
ベンが叫んでから指を差す。
幕から躍り出たのは黄色い服をきた子たち。トランポリンを中敷きにした靴でポンポン飛びながら勇者さまたちに向かっていく。
「水魔法!」
イシュメルが叫んで手を広げる。
ミストシャワーを舞台と客席に降らせる。
「なんだ?」
顔や手にふりかかったミストに驚いてる!
飛び跳ねていたイエローマーモットたちは「キュー」と口々に言って丸くなりイエロー部分の服をまくりあげ、下の灰色の生地を見せる。灰色の衣装で丸まっていれば〝岩〟にも見えるはず。そして彼らは持っていたお宝を撒くことも忘れない。
「魔石だ!」
「魔石?」
「戦って勝つとこうやってお宝を落としていくんだ」
スライムの魔石をみんなで磨いたものだ。