第435話 円陣
10時からクラブの店番、11時からはクラスの劇。13時から寮の当番、15時からはまたクラスの劇と立て込んでいる。
生徒会のカフェや、先輩たちの出し物はなるべく見たいと思っている。時間との勝負だ。
もふさまと一緒に、寮の出店を見に行った。
お揃いのエプロンをつけてスタンばっていた。誰でも取り出せる収納袋を渡しておいたから準備もバッチリだ。
看板も目立っている。
各種〝具〟もいい具合に置かれている。
馴染みのないものだけど、イラストで解説してあるし、トッピングもわかりやすく図式してある。
「シュタインさん、門までお迎えに行ってくれるのよね?」
マイナ先輩から言われる。
「あ、はい。これから。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
みんなが手を振って送り出してくれる。
王都の家から学園までは、父さまがみんなの家族を連れてきてくれる。フォンタナ家に泊まった方たちはおばさまたちか、フォンタナ家の人たちが送ってくれるだろうから心配していない。
ウチの家族は父さまだけの参加となった。少し前にノエルがやらかして、今謹慎をくらっているのだ。町の子と殴り合いの喧嘩をした。ノエルも相手も決して理由を言わなかった。相手はただ泣きまくるだけ。双子の上に4人子供はいるが、そういう強情さはなかった。父さまはエキサイティングしてしまい、言わないのなら、王都行き、わたしたちの学園祭には連れて行けないと条件を出した。かなり前から楽しみにしていたこともあり、そう言えばノエルは理由を言うと思ったそうだ。ところがノエルは口を閉ざした。父さまも一度口にしてしまったため、緩めることはできず、ノエルの王都行きはなくなった。ノエルが家に留まるなら母さまも留守番となり……エリンは最後まで行きたがったようだが、父さまもいないのに母さまと弟を家に残しておくのは心配だったらしく、結局残ることになった。そのわりに、ネチネチとノエルに恨み言を言っているようなので、ノエルにはものすごいお灸となっただろう。
わたしは門まで父さまご一行を迎えに行くのだ。
あ、出遅れたか?
門が開いたようで、人の波が押し寄せてくる。
端によるしかない。
うわぁ、すれ違っちゃうかな?
もふさまを抱きあげて、キョロキョロしていると、フワッと抱き上げられる。
「迎えにきてくれたのか?」
「父さま!」
わたしはもふさまごと父さまに抱きついた。
父さまにおろしてもらう。
父さまの後ろには何人かの、誰かのお父さんやお母さんがいた。ウチに泊まった方々だ。
「ご機嫌よう、リディア・シュタインです。皆さまには仲良くしていただいています」
カーテシーでご挨拶。これ、レニータたちに頼まれたんだよ。お嬢さまの〝挨拶〟が見てみたいって言ってたそうなので。
「ご丁寧に。こちらこそ、娘たちと仲良くしてくださってありがとうございます。さらに、泊めていただき、とても助かりました」
「寮の屋台にご案内しますね」
わたしは先陣を切って歩き出した。
みんな手には配られた地図があった。学園内の出し物の配置が書かれている。学園祭の時は位置を変えないようにって頼んでいるそうだけど(誰にだかは謎)、確かではないそうだ。それから園内から出ると何も書かれていない紙になるはずだ。その地図は第313回学園祭でのみ効力を発揮する不思議な地図。
出店には早くも人が並んでいた。
ドーン女子寮の出店に近づけば、みんなこちらに向かい手を振っていた。
再会を喜んでいるのを見てから、わたしは断って、父さまと部室に向かって歩き出す。
店番はわたしとエッジ先輩のはずだけど、部長もユキ先輩もいらして、父さまと挨拶をした。そのために来てくれたのかもしれない。父さまはエリンにユキ先輩の描いた小鳥の絵と、母さまに部長が作った椅子を買った。それからエッジ先輩のお菓子も。
父さまはこのまま双子のクラスに行き、11時からの劇を見にきてくれるというので、その時にと別れた。
部室は屋上にあるから、こんなところに人は来てくれないのではと思ったけど、前からの部長やユキ先輩の創作物のファンがいて、混みまくりはしなかったけど、ひっきりなしに人がきた。部室を開けている時間自体少ないからかもしれない。
お釣りを一度間違えそうになったことはあったけど、そこはご愛嬌。
包装も何も言われることもなく、結構捌いたのではないかと思う。
お客さんの途切れたところで、部室を閉めた。
次の販売時間を書いた紙をドアに貼っておいて、エッジ先輩と別れた。
劇か。ドキドキしてきた。今まで忙しくてよかったかも。
更衣室で妖精の衣装に着替える。衣装は自分の分は自分で!が基本だったけど、手先の器用な子にずいぶん助けてもらった。フォンタナ家からもらった、小さくなってしまった服の数々がとても役に立った。それを切ったり付け足したりして、舞台衣装としたのだ。
妖精の衣装は最初はノースリーブのストンとしたタイプのワンピース予定だった。けれどみんなで案を出し合って、割と斬新なものになっている。膝上ぐらいまで何箇所にも切り込みを入れている。そしてシフォンのような布で、前あきのふんわりスカートを巻きつけた。普通の衣装より足の露出が多い。
なぜだか知らないが、女性は足を見せるものではないという謎の文化。ここ数年で少しずつ変わってきている。ふくらはぎの半ばぐらいまで短くするのはアリとなってきたし、スカートは膝丈まで短いけど、その上からシフォンやオーガンジーのような透ける素材を巻き付けて、足を見せるというのも流行ったりした。
ぜひ、短い丈のものもありにしてほしい。小さい頃は余計にだ。裾が長いとそれだけで転ぶ確率が上がるんだから。
クラスまでその姿で歩いていくのにジロジロ見られた。ある意味奇抜だからね。それで興味を引きつけて、客を連れてこいという意味もある。
でもちょっと視線が痛いね。
手が伸びてきて、手首を掴まれる。
何?
「その衣装、どこで何やるの?」
わたしより頭半分ぐらい背の高い男の子。銀髪で意志の強そうな目だ。
「劇です。1年D組です」
「そっか、頑張ってね」
わたしはこくんと頷いて頭を軽く下げた。
「なんだよ、Dか」
通り過ぎた後に声がした。
あんだって?
今の子の声だったよね、来なくてよろしい!
わたしはぷんぷんしながら、教室へと急いだ。
キャストで戻ってきたのは、わたしが一番遅かったようだ。
わたしの前でアダムがいきなりしゃがんだ。
「ど、どうしたの?」
具合が悪くなったのかと思って焦る。
「これ、足見せすぎじゃない?」
前世の記憶があるため足を見せることに忌避はないが、じっくり見定められると話は別だ。
「って言いながら、じっくり見ないでよ」
思わずちょうどいいところにあった頭を叩く。
「いや、見せられたら、見るだろう」
「ほら、そこ、じゃれてないで、集まって」
レニータがみんなを呼び集めた。
キャストも裏方も、この回には出番はないけど、他に用事がない子は集まっていた。コホンと喉を整えている。
「楽しもう!」
スコットが比較的大きな声で言って、左手をみんなに向かって突き出した。
その手の甲に掌を乗せるようにしてレニータも言う。
「楽しいを伝染」
「あがりませんように」
「楽しんでもらえますように」
「うまくいきますように」
みんなが目標や願いを言って、手を重ねていく。
「裏で控えてる。詰まってもどうにかするから、安心して演じて」
アダムが真摯に言った。
「照明でみんなに光を当てるわ」
「いっぱい練習した。だから大丈夫!」
「大きい声でね!」
「きっと成功する」
わたしも手を重ねる。
「わたしたちの世界に引っ張り込もう!」
最後にイシュメルが手を乗せた。
「よし、いいか? 絶対、勇者に救ってもらうぞ!」
イシュメルが言って手を力強く押した。
「おう!」
みんなの声が重なって今度は反動の力で手は戻り解散する。
言い得て妙なので、みんな笑ってしまった。
そう、わたしたちは勇者に救ってもらうのだ!