第424話 囚われのお姫さま②騎士
これからどうするの?
そう尋ねようとしたが、アダムはスタスタと宿屋に入っていく。
高級な部類の宿屋だ。アダムはもふさまも促した。
もふさまも入っていいの? 大丈夫?
わたしはもふさまを抱えた。
出入口も広く開けていて、清潔で、いい香りがした。
入った先に受付らしきところがある。
わたしたちは子供ふたり、プラスもふさま。まぁ制服じゃなければアダムは成人してそうにも見えるけど。
保護者はいないし、動物付きなので泊まり客には見られないだろうし。
聞き込みするの? ここで子供を拉致ってない?って? それで頷く人はいないだろう。
受付スペースにアダムは何か手札を出した。すると、受付の人は深くアダムに頭を下げた。
どこの言葉? 外国語をペラペラと話し、アダムは何かにサインをした。
スキル〝翻訳4〟は、全く知らない言語を耳から聞いた場合、リアルタイムでは難しく何度も頭の中で思い返す必要がある。書かれたものならかなり広範囲で、すぐにわかるんだけどね。
反芻する。3日泊まるとして前払いをしたようだ。
アダムはわたしを振り返り、手を引いた。
もらった鍵を弄びながら2階へと赴く。
2階からは絨毯が敷かれていて、足が沈んだ。
「さ、入って」
鍵を開け、ドアを開けて、わたしを促す。
ふた部屋続いた広い部屋だった。ふかふかの絨毯。部屋には、ベッドとテーブル、2脚の椅子。棚が2つと、窓も2つ。続き部屋は少し狭くて、ベッドがあるのが見えた。調度品はシックにまとめられていた。
中に入るとアダムは内側から鍵を閉めた。
「兄さまはここにはいないの? どうするつもりなの? なぜ部屋を取ったの?」
「リディア嬢、落ち着いて。まず、座って」
椅子に促されたが、わたしは立ったまま、少しだけ抵抗してみせた。
「座るのはいいから説明して?」
「君は婚約者の無事を確かめたい。婚約者の行方を知りたい。婚約者に無事に帰ってきて欲しいんだよね?」
「そうよ!」
「それなら、これが1番の近道だ」
「何を言ってるの? 兄さま、どこにもいないじゃない」
もふさまが兄さまの魔力が感じられないと言った。兄さまはここにはいない。
わたしが部屋を出ようとすると、素早くドアに背を預け、通せんぼする。
「あなた、ふざけてるの? 魔力が多く使われている宿がここなのよね? でも見張りとか人が多くいる気配もないし、この部屋にいても情報は入ってこないわ」
「鍵をかけたから心配してる? 君の〝もふさま〟がいるから、大丈夫だと思ったんだ。僕たちは外国の商隊の子供ということになっているから、シュタイン令嬢の悪評が立つこともない。鍵をかけたのは念のため外からの侵入者を防ぐためだ」
一室にアダムとふたりきり(もふさまもいるけど)になるのを嫌がってのことと思ったようだ。
「……これだけは覚えておいて。僕は決して君に危害を加えない」
「アダムがわたしに何かするとは思ってないよ。でも、この部屋に籠っていても兄さまを探せないでしょ。それは時間の無駄だわ」
「本当に君は勇ましいな。まるで囚われのお姫さまを、救い出す騎士のようだね」
わたしはため息をついた。
「いいわね。わたし騎士になって兄さまを守るわ。上等じゃない。それで、説明する気はないの? だったらわたしは行くわ」
「気が短いなぁ。言った通りだよ。この宿に魔力がふんだんに使われている。ここは怪しいんだ」
「怪しくても、兄さまはいないじゃない」
「宿を全部改めたわけでもないのに、確信しているね。〝もふさま〟がそう言ったの?」
「アダムがどう思おうと自由だけど、わたしはとにかく兄さまを早く助けないとなの!」
「今リディア嬢が動くことが婚約者の足を引っ張ることになったら? 見つけることが逆に助けることにならなかったら?」
??
「どういう意味?」
「君の婚約者は学園で3番目の腕なんだろう? いや、それも怪しいな。学園では手を抜いているんじゃないか? だって武力に定評があるシュタイン伯からも、前ランディラカ辺境伯、現ランディラカ辺境伯、武力一族のフォンタナ家も一目置いているとか。そんな腕前で、頭もとても切れると聞いたよ。3年生とはとても思えないとね。そんな彼が、護衛としてあって、行方不明になるのはおかしくないかい?」
わかりきっていることを、いちいち確認されて怒髪天を突いた。
「だから心配で探しているんでしょう!」
わたしは叫ぶように言って、アダムをどかすように力任せに押した。それでもちっとも動かない。
「ごめんよ、泣かせたかったわけじゃない。だからね、彼は行方不明なのではなくて、姿をくらましているんじゃないかと思うんだ」
アダムは手を伸ばしてきて、わたしの涙を掬う。
「彼だって、姿をくらませたら、君や家族が心配することはわかっている。それでもそうしたのは、相応の理由があると思うんだ。そうしなくちゃいけない理由がね」
「そうしなくちゃいけない理由?」
わたしは考えを巡らせる。
……あれ? わたしは根本的なことに気づいた。
「アダム、……思い返してみると、あなたわたしに何も決定的なことを言ってないわ。ただわたしがアダムは兄さまに何が起きたかを知っていて、犯人の情報をつかんでいて、魔力が多く使われているこの宿に兄さまが捕らえられているって思ってしまった。早合点して確かめなかったわたしも悪いけど、あなたはわたしにそう思わせたかったのよね? わたしは一刻も早く兄さまの無事を確かめたい。ここにいても何もつかめないままだという気がするから、わたしはここを出る」
「お遣いさま、僕をしっかり〝見て〟ください。僕は嘘をつきません。リディア嬢に危害を加える気はないし、リディア嬢がここにいることが、誰も傷つかない道なんです」
「ちょっと、どいて!」
全然、動かない。もう魔法使ってやる!
『リディア、そやつは嘘は言っていない』
嘘は言っていなくても、本当のことも言っていないもの!
「リディア嬢、ごめんね」
花の香り……そう最後に思った気がする。
『リディア、起きたか』
「もふさま?」
隣に横たわっていたもふさまが、顔をあげて尻尾を振っていた。
「お嬢さま、お目覚めですか?」
体を起こすと、成人したてぐらいの優しそうな女性が、椅子から立ち上がってこちらを見た。
『あやつの使用人だ。お前の世話を任されている』
わたしは周りに目を走らせる。あの宿だ。わたしはベッドで眠っていたみたいだ。ってことは眠らされたってことよね? 何が〝わたしに危害を加えない〟だ!
「アダムはどこですか?」
「アダム?」
「ゴーシュ・エンターさまはどこですか?」
「あと1時間ほどでいらっしゃると思います。汗を流されますか? それともお食事に?」
「結構です」
「では、お飲み物をお持ちします。それから着替えましょう」
着替え? と自分を見てみると、白い夜着を着ていた。
「もふさま、どういうこと?」
女性が出ていってから、わたしは鼻息も荒くもふさまに尋ねた。
『リディアが眠ってから、あやつの話を聞いた』
はぁ? なんでわたしを眠らせて、もふさまにだけ話す必要が?
っていうか、〝もふさまに、話した〟?