第423話 囚われのお姫さま①行方不明
翌々日、朝一番に応接室へと呼び出され、そこには青い顔したアラ兄とロビ兄とアルノルトがいた。
な、何?
このメンツなのに、兄さまがいないことに不安を覚える。
「に、兄さまに何かあったの?」
ロビ兄が目を逸らし、アラ兄がわたしの手を取った。
「昨日から帰ってないんだ」
兄さまとメロディー嬢が行方不明だという。
な、なんで? どこで、どうして?
寮に届いた脅迫状は本物だったの?
詰め寄ろうとすると、先生たちが何人も入ってきて、わたしたちは椅子に座わるよう促された。
現段階で学園がつかんでいることは。
昨日は兄さまが護衛をしていた。
放課後、ふたりで学園の門を出ようとしているところを目撃されている。それを最後にふたりの目撃情報はなく、ふたりとも寮に戻っていない。
自警団に届け、街中も探してもらっているが、その後ふたりをみかけた情報は出てきていない。門のところで途絶えている。
嘘だ。
兄さまはかなり強い。それは学園内部だけでなく、父さまもシヴァも、フォンタナ家からもお墨付きだ。
聖樹さまの守りは強くなっている。学園内で連れ去られたとは考えにくい。
学園を出てからなら、blackの目があるはず。
それなのに行方不明なんて。
バタンと応接室のドアが開いた。
背の高い紳士が入ってきて、声を荒げた。
「娘をどこへやった? 護衛もできないのか? この責任はきちっと取ってもらうぞ!」
「メロディー公爵さま、落ち着いてください」
先生のひとりが、男性をとりなそうとしている。
メロディー嬢と同じく、髪は銀色で瞳は青い。
「メロディー公爵さまに申し上げます」
落ち着いた、けれどいつもより幾分か低い声を出したのはアルノルトだ。
「そちらもお嬢さまの行方がわからず、心中お察ししますが、こちらも同じく心配しております。せめてご子息・ご息女の前では言葉をお選びください。それにフランツ・シュタイン・ランディラカさまの王都での後見人である我が主人が、再三、生徒の護衛は如何なるものかと申し上げました。それを聞き入れてくださらなかったのは、公爵さまと学園側だと聞き及んでおりますよ」
そう言われればフンとあらぬ方に首をやり、先生たちはこちらに頭を下げた。
「何より、ふたりを見つけるのが先決です」
先生が言う。
どうやら今日は事情説明だったらしい。
最初に聞いたことを、重複して聞いた形で終わりとなった。
部屋を出てから、アルノルトは父さまに連絡を取ること、こちらで調べるのでわたしたちは何もしないようにと先手を打たれた。
足早に去るアルノルトを見送ってから、もふさまに尋ねる。
「もふさま、兄さまの魔力を辿れる?」
『近くまで行けばな』
わたしは通訳して、アラ兄とロビ兄と頷き合う。
「でも、リーは学園にいて。兄さまはオレとロビンともふさまで探す」
「わたしも行く」
「ダメだよ。その時になんかあったらどうするの?」
『リディアは学園にいるといい。今だったら聖樹さまの加護がしっかりあるから、ここは我がいなくても安全だ』
「「ね」」
双子に畳み掛けられる。
ふたりは授業をさぼったようだ。夕方遅くにもふさまが戻ってきた。街のあちこちに行ったが兄さまの魔力は感じられなくて、辿れなかったそうだ。
それから逃げられたけれどblackらしき者がいたそう。よく家の周りをぐるぐるしているけど、あるところから入ってこない気配。もふさまはそれがなんだか確かめに行って、それがblackだったと知った。その気配が街の至る所にあるそうだ。
夜に伝達魔法が届いた。父さまからだった。双子ともふさまで動いているのがアルノルトにバレたらしい。父さまに伝わり、怒りの手紙だった。わたしには動かないよう、大人しくしているよう、そんな言葉ばかりが並んでいた。
授業にも身が入らない。気持ちだけ焦る。
自警団もblackも、父さまから頼まれてフォンタナ家の人々も、すでに兄さまたちを探してくれている。今更わたしが加わっても何ができるわけではない。何もできることはないのだ。それはわかっているのだけれど、心が納得していない。
次の授業の教室へ移動中、わたしは会話には加わらずみんなの一番後ろを歩いていた。
もふさまが視線をやるから右に折れる廊下を見る。
そちらの廊下から腕を引っ張られた。
ええ?
アダム?
彼は人差し指を口元に立てて、しーっと合図をした。
さらに引っ張られ、廊下の端までつれていかれる。
わたしに向き直り、そして言った。
「婚約者のこと心配だろう? 心あらずって感じだものね」
「……無駄話する気はないの。放っておいて」
ある意味気心がしれているのか、心のままにつっけんどんになってしまう。
「婚約者に会いたいだろう?」
わたしはキッとアダムを睨みつける。
「こんな時にからかってるの?」
「酷いな。会いたいだろうと思って、教えてあげようと思ったのに」
もふさまがわたしのスカートを引っ張った。
「何を知ってるの?」
「知ってるだろ、僕が情報通なこと?」
情報を得たということだ。
「本当に?」
アダムは笑った。
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「なぜ、教えてくれるの?」
「……何事も起こってほしくないから」
「え?」
「君だって、これ以上何かあったら、学園を辞めさせられるかもしれないんだろう?」
差し出された手を、なぜか取っていた。
わたしは初めて授業をサボった。
どうやって学園を出たかをよく覚えてないんだけど、アダムが用意した馬車に乗り込んだ。
見かけは商人がよく使う、おとなしい色の一般的な馬車に見えた。けれど、中に使われている素材はいいもので、クッション性も抜群によかった。
座ると膝にもふさまが飛び乗ってくる。
「本当にいつも一緒なんだね」
後から乗り込んできたアダムは、わたしともふさまを見て目を細める。
「何を知っているの?」
わたしは同じ質問をした。
アダムがドアを閉めると、少ししてから馬車が走り出す。
あまり揺れなかった。
「目撃者がいないって? 自警団が出ているのに」
わたしは頷いた。
「怪しい者が出入りしているとか、人を隠せそうなところも場所が上がってこないんだよね?」
わたしは頷いた。
「ということは、怪しくないように繕っているということだ。子供といっても、公爵家令嬢と辺境伯弟をだ。それに辺境伯弟は腕がある。それなのに1日捕らえられ、そして情報が出ていない。ということは……」
「……魔法?」
「正解」
アダムは笑った。
「魔力が必要以上に使われているところがないか調べてみた。ひとつの宿屋。普通に栄えている場所だ。そこで魔力が必要以上に使われているのがわかった。今、そこに向かっている」
『なぜそれを公爵家に教えてやらない?』
もふさまの問いかけにハッとする。
「アダムはどうして、それを公爵家や学園に知らせなかったの?」
「……だから君に知らせている」
縋るような目で見られて、心がギュッとする。
「あなた、犯人を知っているの?」
なぜかそう思った。
思わず口にすると、アダムは無表情の仮面をかぶってから、そっと笑う。
「着いたら僕が先に馬車を降りるから、このカーテンを閉めて、これに着替えて」
渡されたのは、大人しめのワンピースだ。制服だと目立つから、と。
馬車が止まる。アダムが出ていった。
馬車の窓のカーテンを閉める。
「もふさま、兄さまの魔力を感じる?」
『いや、感じない』
ハズレか。
アダムの用意してくれたワンピースに着替える。サイズがぴったりなのがちょっと怖いんだけど。
馬車のドアを開けると、どこで着替えたのか制服でないアダムが、手を貸してくれた。ひとりでも降りられるけどね。